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スピリチュアル界の名もなき奇人たち

編集部のアイドルだった彼女は
ある日、突然スピに目覚めた


 -子宮浄化サロン、始めました-

 かつての部下から届いた一通のお便りには、そんなことが書かれてあった。
 差出人はもともとアルバイトとして編集のお手伝いをしてくれていた若い娘さん。しばらく消息不明になっていて、そういえばあの子どうしたかしらと思っていたら、うっかりスピリチュアルに目覚めてしまったようだった。

 彼女の正確な年齢は覚えていないが、たぶん30半ばくらい。女子にとってはいろいろと曲がり角なお年頃、駆け込み寺とばかりに精神世界へ飛び込む人は決して少なくない。
 とはいえ、ウチで働く以前の彼女は帰国子女で元外資系金融会社勤務と、オカルト的なものから縁遠い子だったので、突然の子宮浄化サロン開業にはやはり驚いた。

 お便りには「ぜひ一度遊びに来てください!」と書き添えてあったが、男である自分は浄化すべき子宮を持っていない。そこでお店のHPを覗いてみたら、後戻りできないくらいの本気度で二度びっくりした。

『あなたは今、どんなタンポンを使っていますか?』私は初めて会った女性に、かならずこの質問をするようにしています。」

 かつて編集部のアイドル的存在だった彼女は、自分が知らない間にハードコアなスピ系女子に成長していたのだった。
 むろん、彼女自身は大真面目であるゆえに笑ってはいけない。とはいえ、初対面の人みんなに愛用タンポンの銘柄を聞く子がいたら、それは立派な変人である

 要するに彼女の商売は、生理不順や不妊症に悩む女性の子宮を、彼女が独自に編み出した癒やしの施術でDNAレベルまで浄化するというもの。
 よくある「ちつリフレ」を限界いっぱいスピリチュアルに寄せて、「愛と美の女神・イシュタルの恵みで子宮の扉、開きます」といった一体何をされるのか全く不明な施術を1セッション数万円という、なかなかいいお値段で提供しているようだった。
 しかし、結構お客さんは入っているようなので、子宮のお悩みを抱えているご婦人はきっと世の中に多いのだろう。

 で、ホームページを一通り見て、思った。
 彼女のスピリチュアルへの目覚めは本人が望んだものだろうから、できれば応援してあげたい。しかし、「本気の人」に比べたら、彼女が身につけたスピリチュアルは正直言って、にわか仕込みの域を出ていない。無理をしているのではないだろうか…と、ちょっぴり心配になったのだ。

スピ界へ行く覚悟はあるか

「本気の人」とは、例えば彼女と同じく施術を生業にしているケースなら、このような感じである。

 インドの山奥に行った時、日本人のヒーラーに出会った。その人、学生時代はバリバリの理系で、割といい大学の研究所で化学実験ばかりしていたらしいが、何を思ったかある日ふと違法薬物を合成してしまい逮捕。実刑をくらって出てきた後、異世界からの声が聞こえるようになり、以来その声に身を委ねて人を癒やすことを仕事にしているのだという。

 さっそくその人にマッサージをしてもらうと、生涯で間違いなくベスト3に入ると言い切れる確かな腕前。でも、なにやら様子がおかしい
 「はい。そうですね。ええっと、ここですか? こうですか?」といった感じで、手を動かしながらずっとボソボソ喋っている。

 「ここ? ここですか?」
 「あーそこそこ」
 とか相槌を打った自分に対し、ヒーラーさんの答えが秀逸だった。

 「あ、すみません。あなたに話しかけているんじゃないんです」

 つまり彼はマッサージの最中に異世界と通信して、コリの原因を聞いていたんである。
 その場に居合わせた知人は追い打ちをかけるように「彼はあっちの世界と繋がってるから」とひと言。
 あっちってどっちですか、などと聞くのは野暮。つまるところ、こういう人が実在するスピリチュアルの世界に、生半可な知識で足を踏み入れるのはそれなりの覚悟が必要ということだ。

 もっとも自分とて、そっち方面のアンテナが全くないにも関わらず、面白半分でスピをかじった口なので、人のことをとやかく言う資格はない。
 ここではせめて罪滅ぼしとばかりに、自分が出会ったスピ界の奇人、もとい名もなき英雄たちの業績を称える意味で、異次元に生きる人々の生態を書き残したい。

「全部わかった」は危険信号

 常人には感じられない方法でメッセージを受け取ってしまう人が、スピの世界には割といる。
 <動物たちの心の声が聞こえる人>という心温まる類のものもあれば、<水道の蛇口からポタポタ垂れるしずくの音に秘められた暗号を見つけ出す人>、もっとストレートに<宇宙人の声が四六時中聞こえる人>など様々だが、割とありがちなのは数字にメッセージを見出してしまうタイプである。

 ふと目の前を横切った軽トラのナンバーに、はたまたテレビで一瞬映った通販番組の電話番号に、自分にしか分からないように暗号が込められている…世界を揺るがす大陰謀を、何者かが自分にだけこっそり伝えようとしている…! 
 心の病と紙一重、というかそのものではあるが、そこに「宇宙」「あっちの世界」といった単語が加わると一気にスピリチュアル感を帯びてくるから不思議なものだ。

 もともと普通ではなかった友人が、ものの見事にドハマリした。「ダ・ヴィンチ・コード」さながらに、数字から宇宙の謎を読み解き始めてしまったのである。

 ある日、その友人が「全部わかった」とか言い出した。スピ経験がある方ならば同意していただけるだろうが、この手の人が言う「わかった」とか「悟った」は危険アラーム。本当に悟り切った人ほど全部わかったなどとは断言したりしないものだ。

 彼が言うには、普段何気なく目にしている数字には全て意味があり、それを的確に把握することで、これから起こることは何もかも予測可能とのことだった。
 以来、彼の頭はひたすら目に入ってくる数字を読み解く暗号解読機と化した。

 「暗号には結構ノイズもあるから気をつけないとね」と言いつつ電話帳をめくる姿は、友人として不安を覚えずにはいられない。しかし、頭ごなしに否定したりすると、このタイプの人は猛烈ややこしい反応をみせるので、自分にできることといったら刺激しないようやんわり話題をそらすくらいのものだ。

数字に隠された暗号に関する
聞かなければよかった話

 そんな彼の周囲で、不幸があった。ありとあらゆる数字を読み取り、危険回避をしてきたはずがまさかの失態。聞けば、ひっかけ問題とも言うべき落とし穴があったらしい。

「あの日、2月22日だったんだけどね。いや、まさかこんな簡単なメッセージだなんて思わなかったよ…」

 と言われても自分には何のことかさっぱり分からないので、燃料投下以外の何物でもないと知りながら突っ込んで聞いた

2月22日は、にゃんにゃんにゃんで猫の日なんだけど、実を言うとそれは誰かが勝手に作った話でさ。本当は不幸の『ふ』。「ふ・ふ・ふ」で不幸の日だったんだよ!」

 いやーやられた。俺もまだまだだわ。とか言いつつ宇宙がどうしたこうしたと話を続ける友人がさすがに心配になったので、ズバリ聞いた。
 その話、誰に教えてもらったの?

 彼の話は、要約するとこんな感じである。

■仲間と集団生活しながら十何年も数字に隠されたメッセージを調べている先輩に、どうしても納得できなかった今回の件について直接聞いてみたら、教えてくれた。

■その人がつい先日、病気で亡くなった自分の息子を火葬せず自宅の仏壇にご本尊として置いていたら死体遺棄で捕まった。本人は数字に隠された宇宙からのメッセージに『おまえの息子は救世主だから肉体は滅んでも魂は永遠に生き続けてやがて人類を救う』というものがあったと供述しているらしい。

■これからは先輩に頼らず自分の力で暗号を見つけないといけないから大変だ───。 

 うむ、そいつは確かに大変だ。
 あまりに高次元な話についていけず筆者にはそんな返事しかできなかったが、やがてその友人も数字に飽きて今は波動がどうこう言っているのでとりあえずはひと安心。
 でも毎年2月22日になると自分も友人もちょっと身構えてしまったりして、やはりこの世界は一度足を突っ込むとなかなか元に戻れない奥深さがあることを再認識している次第である。

スピ力でさらに香ばしくなる人

 マッサージを生業とする別の知人(以下先生)に、やたらと弟子を取るのが好きな人がいた。

 人生をかけて探求し続けた精神世界の知識と経験を、これからの若い人に受け継いでもらいたい───
 そんな高尚な目的なのだそうだが、その先生のお眼鏡にかなう若者というのが揃いも揃って奇人ばかりで、新たな弟子が増えるたびに周囲は、「先生がまたすごいのを見つけてきた」と噂をしていた。

 当然のこととして、「スピリチュアルにハマっている人=変な人」では決してない。言っていることややっていることは常識外れだったとしても、人間がしっかりできている立派な人はスピの世界にごまんといる。ただ先生いわく、世間の常識に染まり切った人には俺の話は分からない、規格外くらいでちょうどいいらしい。
 そんな感じで続々とどこからどう見てもビョーキとしか形容のできない逸材を発掘し、気功を教えて自分のマッサージ店で働かせるから客はたまったものではない。

 それでも先生、「彼に身体を触られると調子がおかしくなるからやめてほしい」というカスタマーの声を完全無視。この先生も「本気の人」ゆえに、基本人の話は聞かないタイプで、しかも弟子を取ろうと思うだけあってやたらと面倒見は良かったりするのだった。

 ところが傍目から見ている分には、先生がスピの教えを注ぎ込むほどに、もともと様子のおかしい弟子の人はますます成長し、取り付く島のないほどの奇人に育ってしまうから始末が悪い。最後の方は日常会話すら成り立たなくなっていたという。

 そんなお弟子さんが、ある日突然捕まった。
 容疑は、他人のクレジットカードで現金を引き出したというもの。ネットで知り合った見知らぬ誰かに頼まれて、困っているみたいだから助けようと思っての行動らしい。もちろん本人は罪の意識、全くなし。そもそも気功で人を癒やすのと犯罪の手助けをすることの違いがよくわかっていない模様で、これにはさすがの先生もショックを受けた。

 しかしそこは面倒見のいい先生、「ワシは弟子を最後まで見捨てん!」と言って身元引受人になり、情状酌量人として出廷。後に裁判の模様をこんな風に語った。
「いやあ、検事にいろいろ問い詰められていたけど、全然会話が成立していなくてね。弁護士もさすがに目を白黒させてたよ、ワハハハハハ」

 さすがは先生、豪胆である。

 ちなみに裁判の閉廷間際、そのお弟子さんは裁判官に「あなたね、自分のしたことがよくわかっていないみたいだけれど、自分の将来のことをどう考えているの?」と問われたらしい。そしてしばらくの沈黙の後に、彼は口を開いたという。

「あの、僕は、僕は…!」

 法廷で、そのお弟子さんは、高らかに言い放った。

「将来…、ビデオBOXで働きたいですっ!」

 そういうことを聞いてるんじゃないんだよなァ、と先生が漏らしたのは当然だが、そんな彼をここまで立派に育て上げたのもまた先生自身。ある意味期待通りの逸材であったと言えよう。

立ち止まってみる勇気

 さてここまで自分が触れてきたステキな人たちのエピソードを書き連ねてきたわけだが、まっとうにスピリチュアルをやっている人からは、「一緒にするな」とお叱りを受けるかもしれない。

 そんなつもりは毛頭ないが、自分はこんな風に思う。
 精神世界や科学で証明のできない何かに突っ走るあまり、時に世間からはみ出してしまう人々は、ある意味最も純粋にスピを探求する人々だ。

 真似ができない(したくない)ほどに高いステージへと駆け上がってしまう彼らの姿を見て、自らの戒めとすべきである。中途半端は、よろしくない。本気の人たちの姿を見て、我も続けと奮い立つか、それとも正直に「ああはなりたくない」と思うか。

 冒頭の子宮浄化サロンを始めたというステキ女子は、自分が知っている彼女であればおそらく後者のはずである。
 本物は本物を知る。客にガチの人なんか来た日には、一瞬で見破られてしまうだろう。

 幸か不幸か、自分は勇者たちの姿を見て、己の小ささに嫌というほど気付かされた。ゆえにスピに深入りすることなく、この世界を去ることになった。

 スピの世界は全ての人に等しく門が開かれていると信じる。そこへ行くのは言うまでもなく各人の自由に他ならない。でも、足を踏み入れる前にちょっと立ち止まり、自分の本気度を確かめてみてはいかがだろうか。
 できれば、帰ってこれなくなる前に…。

<執筆者プロフィール>
もがき三太郎
出版業界で雑誌編集者として働いていたが、やがて趣味と実益を兼ねた海外風俗遊びがライフワークとなる。現在は中国を拠点に、アジア諸国と日本を行き来しながら様々なメディアに社会問題からドラッグ事情まで、硬軟織り交ぜたリアルなルポを寄稿している。


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