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アダルトグッズ業界で 妖光を放つダークヒーローたち

海を渡ったオナホールの誕生秘話

─シリコンを使って女性器を型取り、細部までリアルに再現したオナホールを作った。ついてはこのオナホールのモデルとなる女性を探して欲しい─

 そんな仕事の依頼を受けたことがある。今からだいぶ前、かつて筆者がアダルトの仕事に携わっていた頃の話だ。
 ちなみにご存知ない方のため最初に説明しておくと、オナホールとは男性が自慰に使うための、女性器を模した「穴」である。大きさはコーヒー缶かペットボトル程度のものが一般的で、かつてはスポンジ製が多かったが、技術革新により今では柔らかいプラスチックを使ったものが主流となっている。

 最初この件を持ちかけられた時、先方の言っていることが理解できなかった。型取りして作ったオナホールと寸分たがわぬ秘部の構造を持つモデルを探して欲しいとはいかなることか…。
 「型取りさせてもらった人が行方不明になったので探して欲しい」というのなら、探偵にでも頼めばよいことだ。また、この世にもしかしたらいるかもしれない、瓜二つの女性器の持ち主を探せというのであれば、それは無理すぎる。依頼者の頼みというのは、想像の斜め上を行くものだった。

 「いや、正直言いますとね、いい女性器が型取れたので先に作ってしまったんですよ。まあ後出しジャンケンですな。こちらとしては有名なヌードモデルだったら誰でもいいんです。モデルさんが触ってみて『これは私のモノと同じ』と言ってくれればそれで充分なので、ひとつ頼まれてくれませんか?」

 100%リアルに再現できる技術を持っていながら、まさかの「モデルは誰でもいい」宣言。もちろん売り出す時には正真正銘本人のモノから型取りしましたと謳うわけだから、適当にもほどがある。
 真面目に考えたら土台無茶な話で、完全一致の人を見つけ出すのはダライ・ラマの生まれ変わりを探すよりもハードルの高いミッションである。ところがアダルトというものは今でこそコンプライアンスが厳しくなったものの、ひと昔前までは「なんでもあり」の世界。知り合いのモデル事務所に電話したら「あ、そっすか。いっすよ」と即答でOKが出た。むろん本人確認、まるでなし。

 こうして生まれたオナホールはさっそく量産体制に入りバカ売れした挙げ句、日本だけに留まらず中華圏でもヒット商品となったのだが、そのことを後にモデル本人に話したら、「へー、そうなんだ。すごーい」と果てしなく他人事でさらに衝撃。いやいや君の女性器、海を渡っているんだよ…と心の中で思ったが、本人がどうでもいいと考えている以上トークは盛り上がらず、その話はそこで終わった。

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 なんていい加減な、と感じる方もいるだろう。しかし、アダルトグッズというのは、これも今はだいぶまともになったとはいえ、基本いい加減よきにはからえの3乗で成り立っている業界だ。そこに巣食う人々は海千山千の猛者であり、彼らは女性器型取りの見切り発車など朝飯前でやってのける。
 カスタマーにとっては、たまったものではないかもしれない。だがあえて言えば、アダルトグッズ界の「山師」たちは、常識外れであればこそ魅力的で、面白い。少なくとも自分にとっては、絶好の人間観察の場であったことは間違いない。アダルト業界のダークヒーローといえば最近ドラマ化された村西とおる監督が有名だが、筆者としては「他にも面白い人、いっぱいいるよ!」と叫ばずにはいられないのである。

 ここではそんな日本アダルト業界史に埋もれてようとしているヒーローたちの武勇伝を、皆さまにお伝えしたいと考える次第である。

未完に終わった天才科学者のバイブ開発

 最近はもう「おとなのおもちゃ」などとは言わず「アダルトグッズ」「ラブコスメ」などと呼んだりするらしい。違和感を覚える人はきっと、筆者と同じく時代に取り残されつつある旧世代の人間だ。
 オナホールやローターなどがそれなりに市民権を得てきて、ドラッグストアでも買える昨今。かつてじめじめした路地裏で密かに売られていた性玩具たちが堂々とお天道様の下を歩けるよう、ふさわしい呼び名を与えねばならぬということだろう。
 でも、言いたい。おとなのおもちゃを何と言い換えようが、その本質は変わらない。業界の中で魑魅魍魎のごとくうごめく性玩具の作り手たちに、「今日からラブコスメと呼びましょう」などと呼びかけたところで、彼ら自身は同じままなのだ。

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 これから紹介する人物は、まさしく「おとなのおもちゃ」世代の人物。まだ存命ゆえ実名は伏せるが、かつて某大学で教授まで務めながら、本業の傍らアダルトグッズ研究に打ち込み、やがて日本にいられなくなる事件をしでかして国外脱出した日本人科学者の話である。

 ある日、編集部でアダルトグッズメーカーから送られてくるチラシを何気なく見ていたら、この教授が顔出しで載っていた。「◯◯◯大学◯◯教授完全監修、性科学に基づいて生まれたバイブ」。もともと怖いものなしの人とは知っていたが、まさか大学名まで出してバイブの監修をしてしまう胆力の持ち主とは。事情を聞こうと教授に連絡を取ったところ、なんと地球の裏側にいるとのことだった。
 時差を物ともせず教授が語ってくれたところによれば、今回は監修だけで実質的には製作に携わっていないが「できればこの手で唯一無二のバイブを手がけたい」と研究意欲まんまん。なんでもまだ大学の教壇に立っていた頃(電話した時には既に大学は籍を置くだけになっていた)、デジタル式バイブの研究をしていたものの実用化には至らず、今も心残りであるらしい。

 「世の中にあるバイブは全てアナログなんですね。デジタル式バイブの製作は試作まで行ったけれど、振動で生じる熱の制御がどうしてもうまくいかなくて、プラスチックが溶けるほどのものすごい高熱になってしまう。これでは使えないと断念したわけです」

 そんな話を聞いてしまうとマッドサイエンティスト以外の何者でもないと思われる方も多いだろうが、実は世界的科学専門誌『ネイチャー』に論文を書くほどの高名学者。有り余る知性をなぜバイブ研究に使ってしまうのか、天才の考えは我々凡人には分からない。きっとアダルトグッズには学会で認められるかどうかなどといったことを遥かに超越した、知的好奇心を刺激する何かがあるのだろう。
 ちなみに教授は既に御年70代後半という高齢ながら、いまだに現役。科学者人生で積み重ねた知識をフル動員し、南米某国でセックスによる健康、そして不老不死を研究する日々を送っている。その努力が実を結び、寿命が伸びるバイブなどというシロモノが地球の裏側で誕生する日も、そう遠いことではないかもしれない──。

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山師たちはアダルトグッズに見果てぬ夢を見る

 前段でアダルトグッズを生業とする人のことを山師と呼んだ。リスクはあるが当たればとんでもなくリターンが大きい商売ということも理由の1つだが、それ以前にアダルトグッズ界の大御所でかつて本当に金を掘っていた人を、自分は二人知っているからだ。

 ひとりは南アフリカ、もうひとりはペルー。ご両人とも海外で金を掘り当てることはなかったものの、おとなのおもちゃでひと財産を築き上げた。ゆえに山師という呼び名は蔑称ではなく、アダルトグッズの世界に生きる人々の性質を表したものと言っていい。オナホールやバイブの山には、確かに金が埋まっているのである。
 とはいえ、アダルトグッズ作りはひと掘りで大判小判ざっくざく、などという簡単なものではない。また言うまでもないことだが、仕事としてはヨゴレ中のヨゴレ、これ以上世間体の悪い仕事はないと言い切れるほどだ。
 「お父さんはな、オナホールを作っているんだよ」と娘に胸を張って言える父親は、きっと少ない。でも、そこにゴールドラッシュの夢がある以上、男たちはオナホールやバイブ作りに言葉通り人生を賭ける。職の貴賤など考えるまでもなく、どうでもいいことなのだ。

 編集者だった頃、アダルトグッズ界の生ける伝説と呼ばれる大経営者とオナホール工場を取材したことがある。ありあまる財産を持ちながら遊びにはビタ一文金を使わず、またほとんど自宅に帰ることもなく会社の倉庫に寝泊まりしてアダルトグッズ研究に励んでいる見上げたお方で、そんな天才が作るオナホールはまさに芸術品と呼べる完成度。ではあるのだが、その芸術品を生み出している工場は、甘く言っても「地獄」のひと言に尽きた。

 まず、呼吸ができない。オナホールはたい焼きのごとく金型に材料を流し込んで作るのだが、加熱して液体になった肌色のプラスチックがジュウウゥ…という香ばしい音とともに猛烈な煙を上げ、それが工場内に充満している。こんなところにいたら1日で肺にオナホールの膜ができそうだ。
 さらに、吐き気をもよおす化学臭。オナホールを手にとったことがある方ならばきっと体験しているに違いない、何とも言えないあの不快な臭いを10倍強烈にしたものと思っていただければよい。ここで汗を流して働いている人たちには本当に申し訳ないが、自分は今すぐにでも逃げ出したい気分だった。
 ところがこのお方、臭かろうが吐き気がしようが、液体プラスチックの飛沫が飛んで来ようがお構いなし。それどころか「中国のオナホール工場はこんなものじゃないですよ」とひと言。アダルトグッズとてその他の産業と同じく国際分業があり、このお方も年のうち数カ月は中国工場で生産指導に当たっている。筆者には想像も及ばない、地獄の釜の底を突き抜けたさらなる地獄が海の向こうにはあり、それを恐れていては成功は掴めないということなのだろう。

 もっとも、このお方が汚れ仕事だろうが地獄だろうが、微塵もためらいを見せないのは、ある意味当然であるかもしれない。金山が目の前にあるのに「しんどいから」などと帰ってしまう山師は存在しない。女性器を象ったグロテスクなプラスチックの塊は、このお方にとってはまぎれもなくカネそのものである。単なる自慰の道具としか目に映らない男には、金脈を探し当てることは永遠にできないのだ。

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性玩具界の英雄たちを継ぐ者は現れるか?

 危険を顧みず、後ろ指をさされることを恐れない性玩具界のレジェンドたち。皆さんいずれも紛うことなき英雄ではあるが、中にはこう思う方もいるかもしれない。

 「なぜその才能をオナホールとかバイブ作りに使うんですか?」

 間違いなく言えるのは、アダルトグッズ業界にはこの手の人が少なくないということだ。自分は、こう理解している。他の事業でも成功する才覚があったり、または立派な本業があったりしながら、普通の業界には収まりきらないのは、人間の器が大きすぎるためである。また、アダルトグッズには一攫千金のロマンがある。ゆえに勢い余ってエロの世界へ飛び出してきてしまうのだ。 
 そう、人間としての器量は間違いなく大きい。筆者は性玩具界に一大コンツェルンを築いた前述の経営者に聞いたことがある。アダルトグッズはいろいろとグレーな業界、役所から詰められたことだって一度や二度ではないはず。もう充分稼いだのに、いい年して子供にも言えない仕事をなぜ続けるんですか? 
 そのお方はオナホールやらダッチワイフが無造作に転がる応接室で、視線を遠くにやりながら目を細めてこう答えた。

 世のため、人のため──。

 最近はアダルトの世界もサラリーマン化が進み、このお方の後を継ぐような大物にはとんとお目にかからなくなった。アダルトグッズが「おとなのおもちゃ」と呼ばれた時代に妖しい光を放った巨星たちの英雄譚はあまりにも壮大で、ここでは到底書ききれない。
 是非読者諸兄におかれてはビデオBOXでオナホールを手にした際にでも、それらを生み出した天才たちの物語に思いを馳せていただければ幸いである。

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<執筆者プロフィール>
もがき三太郎
出版業界で雑誌編集者として働いていたが、やがて趣味と実益を兼ねた海外風俗遊びがライフワークとなる。現在は中国を拠点に、アジア諸国と日本を行き来しながら様々なメディアに社会問題からドラッグ事情まで、硬軟織り交ぜたリアルなルポを寄稿している。


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