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【医療ミステリー】 裏切りのメス─第6回─

【前回までのあらすじ】
 拘置所で知り合った医療コンサルタント・下川亨と天才外科医・吉元竜馬は、刑期を終えた後、吉元の有罪判決の決め手となった証言をした看護師・杉本莉緒の自宅へと向かう。あっさりと自身の虚偽を認めた杉本は、その背景を語り始めた。そこには、新興宗教団体ヤーヌスの存在があった。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)ほか多数。


<看護師が明かした真相>

 脳神経外科の若山悠太郎教授が新興宗教団体ヤーヌス教団に入ったのは2005年春のことだった。肉体オルグとして教団の組織化を担う看護師の杉本莉緒と男女の仲になったのがきっかけだが、若山がだまされたというのは当たっていない。「むしろ、自分から進んで教団に染まっていった。まるで水を得た魚のようでした」と杉本は証言する。

「私はまもなく若山先生をオルグしたことが間違いだったと気づきました。あまりにこの教団にマッチしすぎていたのです。すぐに教祖のお気に入りに……というより、2人は意気投合してしまったのです」

 教祖の矢田慧と若山の共通点は、たぐいまれなる権力欲の持ち主だった点だ。となると、欲と欲がぶつかり合って、関係は破綻してしまうはずだが、そうはならなかった。逆に2人の間に引力がちょうどいい具合に働いて、緊密な関係が築かれていった。矢田は宗教界を、若山は医療界を制覇する夢を語り合った。

若山は入会から3ヵ月もたたないうちに、教団内で教祖に次ぐナンバー2に引き上げられた。そのことがかえって、権力欲を増幅させる結果となった。自分はとてつもなく偉大な存在であると信じて疑わず、医学部や大学病院で与えられている地位はそれに見合っていないと不満を募らせていったのだ。

「若山先生は教団に入って以降も、大学病院ではそうした雰囲気はおくびにも出さず、教授として医局を取り仕切っていました。ただ、秘書が帰ったあとは、しょっちゅう私を教授室に呼び、愚痴をこぼしていた。なぜ、病院長就任の声がかからないのかと。2006年春、病院長が代わったんですが、自分が有力だと思っていたのに別の教授が選ばれ、かなり荒れていました」

 杉本の話を私と一緒に聞いていた吉元竜馬が合いの手を挟むように、「若山先生は人望がなかったからな。本人はわかっていなかったけど」と呟いた。さらに杉本はこう続けた。

「先生の精神状態がおかしくなるのは、次に病院長が代わった2011年春です。今度こそと期待が膨らんでいたのに、ここでもまったく声がかからなかった。それまで自分以上の天才だとほめたたえていた弟子の吉元さんに対し、手のひらを返すように悪口を言いだした。もはや先生の頭には妄想しかなく、吉元さんが自分を追い落とそうとして、医局内はもとより、医学部の幹部たちに誹謗するデマをふれまわっていると思い込むのです」

「たしかにそのころだった。僕に対する態度が一変した。事務的なことしか口にしなくなった。僕のまわりでおかしなこともいっぱい起こった。自身の論文を入れていたUSBメモリがなくなったり、パソコンのデータが消されていたこともあった。若山先生の仕業だったのではないかと思う」

「そう、あれは先生に命じられて、私がやった」と杉本があっさり認めた。

<若山教授の乱心>

そしてついに、若山は悪魔の所業ともいうべき、世にも怖しい計画を立てる。すでに述べた吉元を破滅させる企てである。

「あいつを医療界から追放する。そのためには犯罪者にするしかないと。若山先生の医学部の同級生の中に、やはり患者に対する強制わいせつで、医師免許が取り消しになった人物がいるそうなんです。こうした強制わいせつの場面を意図的につくれば、吉元さんは医師ではいられなくなると若山先生は考えたのです」

 そのシナリオに駆り出されたのが杉本と、彼女の2歳下の崎田美穂だった。

「崎田さんは広告代理店に勤めていて、私より4年後に教団に入ってきた。彼女は上司によるセクハラに悩み、教団の門を叩いたのです」

教団は表の顔として、信者である弁護士を使って、労働相談を行っていた。そこに来た崎田を誘導して、教団に入れてしまったのだ。労働相談に訪れてからわずか2ヵ月後のことである。その短い期間に、彼女は完全に洗脳させられていた。

「労働相談を受けた弁護士は広告代理店に内容証明を送りつけ、会社側に1000万円の和解金を支払わせたのです。そのうち600万円は教団に、250万円は弁護士事務所、残りの150万円を崎田さんが受け取った。会社を退職した彼女はそのまま、弁護士事務所に就職。実質的には教団の専従です。組織化を担当するようになり、私と同じ、肉体オルグとなることを求められた」

 からだを駆使して信者を獲得するのが肉体オルグに与えられた任務だが、それだけではなかった。ターゲットをおとしめる役回りもさせられた。

「教団が借りている本部建物から追い出しがかかった際は、崎田さんが不動産会社の社長を誘惑して、それをネタに撤回させたことがあります。肉体オルグはいわば、陰謀を行う策動部隊としての性格もあった。そうした経験を積んでいた崎田さんが、医学部と病院の中だけで純粋培養的な育ち方をしてきた吉元さんを罠にかけるのは非常にたやすいことだったのです」

 ここまでよどみなく話すと、杉本はふぅと息をついた。吉元は一言も発さなかった。何か考えごとをしている様子だった。杉本はこう付け加えた。

「地裁で吉元さんが実刑判決を受けたあと、私は病院を辞め、教団も脱退しました。私の証言が有罪の決め手になったことで、つくづく嫌気がさしたんです。教団は私を引きとめようとし、もし辞めたら災いが降りかかると脅してきましたが、何かあれば、私が知っている事実をすべて公けにすると宣言した。結局、一切口外しないことを条件に、なんとか脱退が許された。といっても、これからどんな目に遭わせられるかはわからない。何が起ころうと、覚悟はしています」

<吉元の苦悩>

「そうか」と何かに気づいたように吉元が口を開いた。

「杉本さん、今度は僕のために証言をしてもらえないかな。いま話してくれたことを裁判所に出せば、再審請求ができると思うんだ」

 杉本の顔がみるみる曇った。それはそうだろう。真実を証言すれば、自身が偽証罪や虚偽告訴罪に問われることになる。さらに、教団からどんな反撃があるかもわからないのだ。言葉を探している杉本に代わり、私が口を開いた。

「それは酷というものだよ。杉本さんがそんなことをしようとすれば、教団は確実に命をつけ狙ってくるに違いない。吉元先生にあんなやり方を仕掛けてくること自体、常軌を逸した集団なんです。たとえ彼女の安全が守られて、再審請求したとしても、あと何年かかるかわからない。先生はいま、38歳と若い。いまのうちにやり直す方法を考えたほうがずっと賢いのではないですか」

 私も必死だった。実際に再審請求などされたら膨大な時間を無駄にすることになる。私の救世主となりうるこの天才外科医を裁判のためだけに待っているわけにはいかないのだ。

「このままでは名誉が回復されないばかりか、医師への復帰もできない。現実に医師免許は取り消されているのです。僕は再び、手術室に立ちたい」

 吉元は彫刻のような美しい顔を歪めながら、悲痛な声を上げた。たしかに彼が言うように、現状では有罪判決が冤罪だったと覆さない限り、医師に復帰できる見込みはまずない。

禁固刑や懲役刑を受け免許取り消しの処分が下ると、刑期満了から10年間は再交付の申請はできない。たとえ、その期間がすぎて申請しても通る保証はないのである。それどころか、近年、再交付を受けられたケースは皆無に近い。つまり、吉元は医師としては死刑判決を受けたに等しい状況にあるのだ。

 吉元が刑務所に入っている間、私は着々と準備を進めていた。彼の医師資格を回復させるにはどうしたらいいか、ずっと考えていた。やっと答えを見つけると、そのために駆けずりまわった。何しろ、彼は私にとって打出の小槌になるかもしれない存在なのである。

それはカネのためだけではない。医療界にかかわりながらも、底辺でうごめくことしかできなかった私を確実に引き上げてくれる男に違いなかった。吉元とコンビで何をやればいいか、私の頭には具体的なプランが湧き出していた。ダイナミズムあふれる世界がそこには広がっていた。

「あなたの医師免許は必ず、私が復活させます」

 私は自信ありげな口調で吉元に告げた。実はすでに、彼のための医師免許を突拍子もない方法で用意していたのだった。
(つづく)



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