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母子手帳を見つけた。エッ…ぼくは「異常」だったの? #母への詫び状 第8回

介護で見つかる幸福もある。
BEST T!MESで好評連載中の「母への詫び状」第1回から第10回をnoteで再掲します。今回は第8回。介護のため実家に戻ったときにふと見つけた母子手帳。そこに書かれていた自分の出生にまつわる、驚きの事実とは?

↑第6回、7回はコチラ

50年前の母子手帳を見つけた。エッ「異常」?

 母子手帳を見つけた。ぼくが生まれるときの母子手帳だ。

 実家で生活するようになり、両親の金銭面の管理や、土地・家屋の権利書などまで把握しておく必要に迫られた。それらの書類を整理していたら、いっしょに出てきたのが母子手帳だった。

 もう50年も前のものだから、全体に黄ばんでしまってシミもある。デザインもそっけなく、最近のカラフルでファンシーな母子手帳とはまるで違う。でも、さすがにこれは粗末に扱えない。そっと中身をめくってみた。

 出生時の体重や身長はもちろん、妊娠6ヶ月の時点から「胎位」やら「心音」やらが、毎月記録されている。生まれた後の「日本脳炎」や「小児マヒ」の予防接種の記録などもある。領収書が貼られていて「ジフテリア予防接種手数料 20円」とある。安い!

 そんななか、気になる記述を見つけた。分娩の「正常・異常」にマルを付ける欄があり、「異常」にマルが付いていたのである。 

「え、おかあちゃん。おれ、異常分娩だったの?」

 母に聞いてみたら、意外な答えが返ってきた。

「あらー、母子手帳にそんげんこと書いてあるかね。それはさ、お医者さんにお願いして、そうやって書いてもらっただけだて」

育休を3週間伸ばす裏技

 母によると、次のような事情らしい。

 当時はまだ働きながら子育てする女性に厳しい時代で、出産休暇は「産前産後6週間」しか取れなかった。育児休暇もなく、仕事を続けたければ産後わずか1ヶ月ちょっとで職場復帰しないといけない。そのため妊娠や出産を機に、仕事を辞める女性が多かった。

 ただし、ちょっとした裏技もあった。産婦人科のお医者さんに「異常分娩」の診断書を書いてもらうと、産後の休暇が3週間くらい延びたのだという。

 正しさの固まりみたいな人から見れば、これは「アウト」なのだろう。医師と共謀して虚偽の診断書を作り、出産休暇を引き伸ばした罪にあたるのかも知れない。

 でも、まあ、もう時効と言っていいだろう。というより、産休がたったの産前産後6週間で、育児休暇もなかったほうがおかしいのであって、仮に本当の異常分娩でも産後2ヶ月程度で職場復帰しなければならなかったことになる。

 母と同じく学校の教師だった母の妹(ぼくのおばさん)にも聞いてみたところ「そうなのよ。私が子供産んだときはもう、その辺がうるさくなっててね、お医者さんに頼んでも診断書を書いてもらえなかった。それでその後、私たちが一生懸命、日教組に署名運動をしてね、やっと産後1年まで休暇が認められるようになったのよ。あの頃は仕事を続けたくても辞めなきゃならなかった女の人が、いっぱいいたんだから」

 そう教えてくれた。誰でも彼でも簡単に出産休暇を延ばせたわけではないらしい。

 それにしても、よくぞ母は教師の仕事を辞めなかったものだと、今になって感心する。

 うちは男兄弟が3人。一番上と一番下は6歳差だ。男の子を3人産んで、育児休暇のなかった時代に仕事を続けるのがどれだけ大変だったか。どれだけ仕事に対する強い意志がないとできないか。あらためて考えたことがなかった。

「赤ん坊の二郎くんをおぶって行って、学校の近くに預けてね。お昼休みになると連れてきてもらって、おっぱいを飲ませたりしてたんだよ」

 これは母の妹から聞いた話。母からは直接、その種の苦労話を聞いたことがない。こっちも照れくさくて聞けない。

もうひとつ気になるところ

 母子手帳には、もうひとつ気になるところがあった。分娩日時として生年月日のほかに、何時何分まで記載されているが、この時刻が今まで知らされていた誕生時刻と2時間ほど違っていたのである。

 それまでは午後4時半頃と教えられ、そう記された何かの書類を見た記憶もある。星占いでは生まれた時刻を求めるものもあるから、こっちを使ってきた。

 しかし、目の前の母子手帳の記録では午後2時台になっている。どっちなんだろう。

「あらー、そうかね。なんでだろね、わからんねえ」

 母は大相撲中継を見ながら、にこやかに笑ってごまかす。息子の誕生時刻より、関脇で足踏みしていた稀勢の里(当時)の勝ち負けのほうが大事なようだった。

 こういう些細なことに頓着しないおおらかさが、男の子3人産んでも仕事を続けられた秘訣だったのかも。

文:夕暮 二郎(ゆうぐれ じろう)
昭和37年生まれ。花火で有名な新潟県長岡市に育つ。フリーの編集者兼ライターとして活動し、両親の病気を受けて帰郷。6年間の介護生活を経験する。ツイッター https://twitter.com/yugure1962

※最新回はBEST T!MESをチェックしてみてください。〈隔週木曜更新〉


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母への詫び状

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