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【試し読み】『ダンス部ノート』(著・石原久佳)

わずか150秒の舞台のためになぜ女子高生たちは青春のすべてを賭けるのか!? 若者の成長と、一瞬の輝きと、歓びの共有。ダンス部女子たちの1年間を追いかけた情熱ドキュメント『ダンス部ノート』の中から「はじめに」と「第1章~品川女子学院~」を試し読みとして本書籍そのままに公開します。

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はじめに

 これまでの皆さんの人生の転換期には何が「きっかけ」になっていたでしょうか?
 
 ダンスを始めたのは?
 今の学校や会社に入ったのは?
 友達や恋人や趣味や好みや着ている服は?
 今ここにいるのは何がどうなってこうなった?
 
 大きな転換期にはまず、心に響く「感動」や「イメージ」があったんじゃないでしょうか?ダンスを見て震えた感動、自分がそのステージに立っているイメージ。
 
 感動とイメージ、人生はこの二つで大きく踊り出し、あなただけの「ストーリー」を紡いでいきます。そしてそのストーリーは共感を生み、また新たな感動とイメージを誰かに伝えていくのです。
 
 本書『ダンス部ノート』は、ダンスで青春を燃やす高校生たちのそんな「感動」「イメージ」「ストーリー」を詰め込みました。加えて、ダンス部員に役立つさまざまな情報やマニュアル、筆者の考えなども盛り込んであります。
 
 見て、読んで、共感して、感動して、学んで――動く。
 
 この本がそんな「きっかけ」になれば何よりです。

伝統の女子力で勝負「品女」たちの4年半
〈品川女子学院(東京都)〉

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女子力とセンスで勝負の女子校ダンス部

 日本の学校教育では、明治時代から100年余り、ダンスは女子の体育種目として実施されてきた。現在も、ダンス人口の約7〜8割は女性。高校ダンス部においては9割前後を女子が占める。昨今では少子化にともない女子校が共学校に再編される流れがあるが、品川女子学院(以下、「品女(しなじょ)」と通称併記)は「社会に貢献する女性を育てる」という方針のもと、90年以上続く伝統ある女子校である。そういう意味で高校ダンスの正統な流れを継ぐダンス部とも言えるのだ。

 創部は東京オリンピックが開催された1964年と古い。2019年の部員数は182名(注:中学・高校と一貫教育のため共に練習する。品女では中1を「1年生」、高1は「4年生」、高2は「5年生」と呼ぶ)。全国でも随一のマンモスダンス部でやはり困るのが練習場所や運営だという。

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「体育館を使っても部員全員が踊ることができないのです。それに、やはり180人をまとめるのは大変ですね」
と、丁寧な敬語で答えてくれる部長のアカリ(現在5年生)。最上級生全員からの推薦で部長に選ばれた彼女は、皆が口を揃えて「とにかく優しい」という人柄で、ダンス部の母親的存在だ。

「学校の方針で部活動は週3日。放課後の1時間30分しかできないので、効率よく練習を進めなくてはいけないんです」

 部長とコンビを組むのは、副部長のスウ(5年生)。受け答えは物静かだが、頭の回転が速く、マネジメント能力が高い。アカリにとって大人数の部活を回すには彼女の存在なくしてはあり得ないという。副部長として部をサポートしながら、体育祭の実行委員長もこなすというスーパーウーマンだ。顧問の前田先生も「処理能力が高く、論理的に伝えるのがうまい。新しいことを取り入れる柔軟性もあります」と評している。

 そして、5年生の学年責任者であり、ダンスリーダー的存在、ステージでもセンターをつとめるリナは、彼女に憧れて入部する生徒も多いという「品女のアイドル」的存在だ。高いダンス技術や存在感だけでなく、表現者気質だけにこだわりと気持ちが強く、自分のがんばる背中でまわりを引き込む力があるという。

「私は5歳ぐらいからダンスを始めていて、E-Girlsなどに憧れている子供でした。中学はダンス部があるところに行きたいなと思って、品女の文化祭でパフォーマンスを見て、『自分がやりたいダンスはコレだ!』ってピンときたんです」

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 今年の品女の作品のテーマは「コンテスト」。メンバー全員がビロードのドレスにタスキをかけ、さながらミスコンテストのように美の競演をダンスで繰り広げる。コンセプトのキャッチーさ、ガールズヒップホップをメインにした女性らしい動き、メンバーの個性を生かした演出など、品川女子らしさに溢れた作品だ。今では高校ダンスではコンセプト作品は当たり前の手法になったが、その元祖の一つは品川女子と言えるだろう。強力なダンス力やエネルギーで圧倒してくる関西勢に対して、東京勢は「センス」で迎え撃つ。その筆頭として、品川女子はこれまでもCA(キャビンアテンダント)や幼稚園児、お坊さん、スケバン、カメレオンなどに扮したバラエティ豊かな作品力で勝負してきた。今年の作品はさらに品女らしい女子力、「女子の憧れ像」をモチーフにしたミスコンテストがテーマだ。そのテーマに決定したのが、2018年の11 月15日。リナのノートには作品テーマが決まった「運命の日」がこう記されている。

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多数決でミスコンに決定!(学年内で)曲を出しあう

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曲①
来年、自分たちがやる作品だと思うと、
絶望感、不安
大丈夫かな、いい作品にしたい

 この作品でセンターを務めたのがリナだ。メンバーたちによる自己アピールや争いがダンスで表現された最後、ティアラをつけマントを羽織ってリナが登場するシーンは作品のハイライトと言える。

「最初は私でいいのかな? って感じでした。私は表情作りも苦手だし、大きく踊れるほうじゃないから……」(リナ)

 学業優先のため週三回の練習時間しかない品女だが、作品の振り付けもなんと生徒自身で行うのだという。コーチや顧問はいても作品作りには参加しない。ただ、要所でのアドバイスは非常に細かく厳しいとのことだ。

「作品のテーマ候補はいくつか話し合いで出ていて、最終的に残ったのが蟻(あり)とマネキンとコンテスト。コンテストに決まった時に、『メンバーの一人ひとりの個性を際立たせるように』と先生やコーチ方にアドバイスを受けて、それをダンスで表現するのが難しかったですね」(リナ)

「コンセプトを決める時は、まず自分たちのやりたいことと、自分たちの武器がなんだろうって部分を話し合いました。候補で出たテーマに対して、良い部分と悪い部分を話し合って、最終的に三つぐらいに絞って、それぞれの構成と選曲を考えて、最後は先生方とコーチと相談して決めました」(アカリ)

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 振り付けはリナを含めた四人が担当する。個性の表現、ストーリー性、構成、ダンス。ダンス力に関しては全国クラスでは見劣りすることを自覚しているので、そこをテーマや構成の質の高さで補っていくのが品女の戦い方だ。

「いつももめるのがメンバーの配置なんです。部員はみんな自分に自信を持っているから、後列になった場合に納得できないという不満が出る。そのために先生やコーチによるレベルチェックのテストをやっていて、一応それに基づいて配置を決めるんですが……」(リナ)

 ダンス部が大きな大会に臨むメンバーを決める際には、大きく二つの方法がある。

 ①最高学年全員が出演する方法②全学年のオーディションによる選抜制だ。

 前者はフェアだが、後者は実力主義。しばらくの間、前者の方法をとってきた品女はその葛藤に悩んでいる。

 振り付けを担当し、自らもストイックにがんばるリナはできれば選抜制をとりたい。作品のクオリティアップはもちろんだが、技術が向上していないのに大会に出られるメンバーがいることに不満を抱えているのだ。

「フリを作ってから、いろいろ言われると正直あまりいい気はしないです。でもそこを取り入れるのが振り付け担当の仕事じゃないの? と言われ、プライドを抑えてみんなの意見を取り入れました。ちょっと周りの意見に振り回されて自分の気持ちが揺らいでしまったこともあるけど、昔に比べれば私はだいぶ柔軟になったと思います。中学の頃はプライドが強すぎて、他人の意見を聞けなかったから」(リナ)

はじまりは「ダンスタ新人戦 東日本大会」

 そして2019年3月、修正を重ねてようやく完成した作品を携えて、品女は「ダンススタジアム(「日本高校ダンス部選手権」以下、「ダンスタ」と通称併記)新人戦 東日本大会」ビッグクラスへ挑む。「ダンスタ新人戦」とは高校1年生が3月に挑む大会で、高校からダンスを始めた部員にとっては初のステージとなることが多い。また、2年生で引退するダンス部にとっ
ては、この時の振り付けで次年度の夏の大会まで戦うこともあり、品川女子もその一つ。多作なダンス部もあるが、多くは一つの作品を丹念に修正を重ねつつ運命を共にするかのように半年間踊り続けていく。だから、その初披露には最初の「評価」が下されるために、かなりの緊張があるのだ。

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 当初「コンテスト」というテーマだった作品だが、まわりの反響や評判から「ミスコンテスト」というテーマに若干の軌道修正。〝ミスコン〞というと、その昔に女性差別云々(うんぬん)という意見が話題になり、自粛気味の時代があっただけに、この時代に、現代の高校生が、しかも女性らしさとコンセプト作品を武器にする品川女子が、このテーマに挑んだことは非常に興味深い点だ。そして、作品の「華(はな)」を担う各メンバーの個性とリナの存在感。近年にない自信とプライドを持って品川女子は19年3月29日の新人戦に挑んだ。

 作品の序盤は、熱帯ジャズ楽団の豪華なスイングジャズからスタートする。色とりどりのベルベット生地のドレスを纏ったメンバーが一気にステージに広がり、観客の期待感を浴びながら美の競演を演じるダンスを展開。曲がダンスビートに変わり、各メンバーがモデルウォーキングのように次々
にポージングや表情を決めていく。体のラインをセクシーに強調したジャズや、力強く華やかなパンキング(腕をムチのようにしならせてリズムをとる踊り方。「ワックダンス」とも言う)などダンス力やユニゾン(全員で同じ振り付けを踊ること)の面でもアピール。中盤ではリナとそのライバル役が牽制し合うシーンがアクセントをつける。
「中盤でも自分の存在感をアピールできるように意識しま
した」(リナ)

 クライマックスは一瞬、群の後ろに隠れたリナが、群をかき分けながら勝者の証であるティアラとマントをまとって颯爽と登場。女王まであと一歩
届かなかった他のメンバーたちが王冠に手を伸ばす最後の陣形が美しく印象的だ。

「終わったぁ!」「良かった! 良かった!」

 初陣を無事に踊り終わった後のメンバーたちの顔には安堵の色が。ここまで来るのに、何度もダメ出しを受け、何度も修正を重ねてきた苦労が、ひとまずは報われた気がする。あとは順位だ。メンバーの手応えは確実にあったようだ。

 席へ戻り、他校の演技を見つめる。華やかなジャズダンスの福生高校、スタイリッシュなノリの杉戸高校、新人離れしたスキルとフレッシュさで圧倒した千葉敬愛高校、プロ並みの振り付けの駒澤大学高校、独創性とユーモアに優れた四街道高校、創作ダンスのような表現に優れた大森高校、全国大会常連の狛江高校、構成力が抜群の横浜平沼高校、フォーメーションや衣装替えで見せる川和高校。見れば見るほど、先ほどの満足感と自信が揺らいでいく。メンバーの顔には徐々に不安の色が……。

「わぁ。すごい……」「大丈夫かな、ウチら」

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今のままでは強豪校にはかなわない

 そして結果発表。まずは部門賞がアナウンスされる。

「横浜市長賞は……八王子学園八王子高等学校!」

「キャー!」「やったぁ〜!」

 客席から上がるメンバーや応援団の歓声。ダンス部大会の結果発表はいつも独特のコントラストや感情が入り混ざる。入賞なんて無理、と思っていたダンス部は部門賞や特別賞に選ばれるだけで驚き喜ぶ一方、優勝を狙う強豪校にとっては先に部門賞や入賞に選ばれてしまうのは、すなわち「負け」に等しく、沈んだ表情でステージへ向かう。

 この日の品川女子は現実的にはどうだろう? 正直、優勝は難しい。強豪校のダンス力や構成力などを冷静に見れば、かなわないのはメンバーでもわかるはずだ。では、優秀賞? いや、作品の個性を気に入ってくれた審査員が特別賞に選んでくれるかも……?

「ストリートダンス協会賞は……立川女子高等学校!」

 呼ばれない……。続いてのベストスマイル賞、ベストインパクト賞、ベストビジュアル賞にも品川女子の名前はコールされなかった。

「もう……ダメかも」

 優秀賞5校、準優勝にも優勝にも品川女子の名前は呼ばれず、この日の初陣は手ぶらで帰ることになった。優勝したのは、千葉敬愛高等学校。あの1年生離れした圧倒的なパフォーマンスを見れば納得せざるを得ない。

「荷物を忘れないように。入口を出たら集合ね!」

 気落ちするメンバーを奮い立たせるように部長のアカリは声をかけ、副部長のスウは部員
の動きをチェックする。リナの頭の中は振り付けの修正部分でいっぱいだ。

「やっぱり今のままではかなわない……」

 会場の横浜文化体育館では、品川女子の制服であるベージュのブレザーを着た集団が顧問とコーチを囲んでいる。勝った時も負けた時も、こうやって品女ダンス部は大会の最後を折り目正しく反省をして締めくくるのだ。

 次は6月の「日本ダンス大会」。それまでにどれだけ作品を進化させることができるか……。

品女たちの葛藤と成長

 4月になり新学期を迎え、アカリ、スウ、リナたちの代は、部活では最上級の高校2年生(5年生)となった。新入部員である中学1年生もかなりの数が入部してきた。まだ幼さの抜けない彼女たちを見ると、かつての自分たちの姿が重なってくる。

「私は経験者だったから、中1の頃『早く先輩たちみたいに大会に出たい。目立ちたい』って気持ちが強くて……ちょっと生意気だったと思います(笑)」(リナ)

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 中1からダンスを始める同期と比べれば、5歳からダンスを始めたリナには7年ほどのアドバンテージがある。プライドと自信があって当然だ。スウにはダンス歴はなくても新体操の経験が。アカリには水泳の経験こそあれどもダンスはまったくの未経験者だった。

 品川女子の中等部は中学の大会(「ダンススタジアム」中学生大会と全日本小中学生ダンスコンクール)には出るが、実際に大会出場が本格的になるのは中2から。中学1年生はあくまで準備段階として、基礎練習や礼儀作法などを学ぶ。

「中1のときは挨拶とか礼儀とか言葉づかいとか、ダンス以外のことをたくさん先輩から教わりました。私は早くダンスをしたかったけど、今思えばとても大切なことを教えていただいたと思います」(リナ)

 そして中2に入ると、それぞれに「自我」が芽生え始める。ダンス技術の差、練習での力関係、振り付けでの配置、誰がリーダーになるのか、などなどを各自がソワソワと気にし始めるのだ。

 中学からリーダー的存在だったスウが振り返る。

「中学2年の頃は、私達の代はすごく仲が悪かったんです。私とアカリが学年の責任者になったんだけど、それを良く思わない人もいて……」(スウ)

 そして、未経験ながらスウと同じく中学のリーダーだったアカリ。

「私が唯一誇っていることは〝練習をほとんど休んでいないこと〞なんです。休んだのはインフルエンザになった時と、オープンキャンパスに行った時ぐらい。……でも実は、毎日部活に行くのが憂鬱で、毎日休みたいと思っていた。だからこそ、負けたくないから、休まなかった。未経験者なのに責任者や部長になってしまったプレッシャー、みんなの仲の悪さや嫉妬、部活と勉強との両立、将来への期待と不安、いろいろなことを感じながら部活動に向き合っていました。それがなくなってきたのは、高1の最後ぐらいじゃないでしょうか。……あ、最近ですね(笑)」(アカリ)

勝つために、弱点を隠し武器を最大限活用する

 今回で7回目を数える「日本ダンス大会」は、動画予選ののちに関東で決勝が行われる高校ダンス部大会だ。教育的要素は強いが、照明や演出が素晴らしく、審査基準と審査員のバランスも良い。品川女子も第1回大会から参加を続けている。年々、西日本からの参加校も増え、全体のレベル、特にダンス力においては厳しく審査されている。そして、6月の引退時期が多い公立高校にとっては3年生の集大成となる場合が多い。2年生が主体の品川女子にとって決して戦いやすい場所ではないのだ。

「『ダンススタジアム新人戦』を経て、また作品に修正を加えました。ストーリー性のある作品だけど、顧問の先生から『これでは伝わらないよ』と指摘される箇所がいくつもあって。センターである私がいけないのかな、とか悩みましたが、仲間が『リナが一番いいよ』と言ってくれて、自信を持てるようになりました。センターの私が自信を持ってないとダメですから」(リナ)

 そして結果は――またしても入賞ならず。出場47校中20位。審査得点の内訳をみると、「ダンススキル:56・5、構成力:58・3、協調性:57・4、印象:59、教育的側面:61・2(70点満点)」となっていた。作品力や印象は良いほうだ。ただ、ダンス力と協調性(ユニゾン力)が足りない。順位を見ると、やはりダンス力に秀でた学校が上位に来ている。ここにきて、またしても決定的な力不足を実感する品川女子であった。そこを自覚するからこそ、コンセプトやアイデアや自分たちらしさを武器にしてきたのが彼女たち
の伝統でもある。しかし、どうしても超えられない上位への壁……。

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 実はこの後、筆者は品川女子を訪れ、簡単に作品へのアドバイスをしている。数カ月でダンス力が急激に上がる期待は現実的ではないだろう。であれば、アラを目立たせない方法をとるべきだ、と伝えた。

 例えば、全国優勝に何度も輝き、社会現象ともなった「バブリーダンス」で有名な大阪府立登美丘高校は決して総合的なダンス力に秀でたダンス部ではない。初心者を含む公立高校の3年足らずの練習時間では、他を圧倒するような総合的なダンス力を身につけるのは難しいのだと登美丘のakane(アカネ)コーチもかつて語っていた。

 そこで彼女たちが選んだのは、振り付けを完璧に踊りこなすこと、それを踊りきるだけの技術と体力を身につけること、振り付けの個性やテーマ性やスピード感で目を奪うこと。さらに、技術の高いメンバーをダンスで目立たせ、そうではないメンバーは構成やフォーメーションで上手に隠すこと。いわば、何でも踊れる集団ではなく、登美丘高校の振り付けを日本一うまく踊れる集団に育て上げるのだ。

 品川女子の今回の作品の場合、コンセプトに「ファッションショー」的な要素があったので、ダンスではなくポージングを強調していくことが得策だと筆者は考えた。いわば動ではなく「静」の部分。印象的なポージングの連続により、さも踊っている風に見せかける手法は、ダンスCMでタレントを使う際の常套テクニックだという。ポージングを印象的に、バリエーション豊かに、より力強くハメていくことで、ダンス力の不足をうまくカバーできるはずだ。

 ちなみに、ダンスで言うグルーヴ(ノリのある高揚感)とは逆に、静から静へ移る「動」の部分をいかに表現するかの妙だと考える。緩急をつけたり、もたらせたり、加速度をつけたり、いわゆる黒人のソウルフルなダンスはこのニュアンスやタイミングで「らしさ」や「臭い」が生まれている。もっと言えば、品川女子に限らず、今のダンスにはこの「動」の表現が全体的に不足していると感じている。現在主流のダンススタイルに見られる、止め絵の連続、瞬間移動的なキレの表現、移動の少ない上半身主導の平面的な動き。これらはダンス表現の場がSNS中心になった弊害(あるいは進化)ではないかと筆者は考えている。

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リナを作品の主役に!

 話を戻すと、品川女子の作品のもう一つの特徴、それは主役の存在だ。

 大所帯が多いダンス部では、作品の中でユニゾンや踊り分けをすることが求められる。効果的なユニゾンもあればそうでないものもある。減点ポイン
トはやはり「揃っていない」こと。プロダンサーの中には「ビタ揃えすることがダンスじゃない。音楽を感じていればもっと個性があって良い」という意見もあるが、こと高校ダンス部のダンスにおいては協調性や練習量の現れであるユニゾンの評価は、やはりいかに細密に揃っているかに評価の重きが置かれる。ただ、そのユニゾンの精度を上げるのは並大抵のことではない。

 また踊り分けに関しては、うまいダンサーを引き立たせるとか観客の目線を刺激的に散らす効果があるが、うまく構成しないと散漫な印象を与えてしまう。ダンスを見る観客の興味というのは勝手なもので、2分30秒の間でもちょっとしたアラがあるとすぐに飽きてしまうのだ。ノリがつながらない。ストーリー性が伝わってこない。衣装の完成度が低い。構成や曲のつながりが悪い。どこをどう見て良いかわからない、などなど。逆に完成度の高い作品は当然アラが少なく、2分30秒をあっという間の時間に感じさせることができる。

 そこで興味の焦点を集中させる方法が、ソロパートを置くこと、あるいは主役を決めてストーリー構成するアプローチだ。ダンス部の活動では、「みんな一緒=フェアネス」に重きを置かれる風潮もあるが、勝つために、部員の公平さではなく「作品」を主役に置く意識を持てるならば、あるいはそれに相応しいメンバーがいる場合は思い切って選んでも良い手段だ。毎年全国トップを争う熊本の鎮西高校などはその手法でインパクトのある作品を残している。

 品川女子の主役といえばリナだ。ダンススキル、印象、ルックス、エネルギー、部員からの信頼感など、それに値する人材と言えるだろう。ダンススタジアムの新人戦でも、日本ダンス大会でも、リナを見て「かわいい」という声が客席からいくつも上がっていた。

 では彼女をより魅力的に見せ、それを作品の印象度につなげるにはどんな演出が必要だろうか。具体的には、作品のハイライトである、群衆を掻き分けてリナがティアラをつけて登場する場面。シンデレラ誕生の場面であるが、当初の演出ではその登場がそれほど印象的に伝わってこず、なんとなく駆け込んだ印象にとどまったのがもったいなかった。そこで筆者なりに具体的なアドバイスを伝えた。

 手前味噌だが、ダンス作品の仕上げには「足りない部分を見抜く。それを補う方法を考えつく」という能力がとても重要だ。友人であり世界的ダンサーの黄帝心仙人も「ダンス作品のほとんどは〝仕上げ〞ができていない」と断言していた。過去日本一を何度も獲っている同志社香里高校も、大会前日ギリギリまでこの仕上げ部分に時間をかけている。ひとまず完成させるのが目的ではない。全員が納得できる形が必ずしも正解ではない。音楽が、作品が求めている、理想的なカタチを具現化するのがダンス作品の難しさでもあり、面白さでもあるのだ。

奇跡の「ダンスタ全国大会」予選

「ダンス部人生の中で、『ダンススタジアム』で全国大会に行くのが最大の夢なんです。先輩たちが叶えてきた、あるいは叶えられなかった夢を追いかけて、中1からの毎日があると思います」(リナ)

 参加チーム数700校近く、全国8カ所13日間で行われる地区予選大会(品女は「関東・甲信越大会」に出場)。約100チームが参戦する全国大会。今年12回目を数える「ダンススタジアム」の全国大会は、全国のダンス部員の憧れ、いわば「ダンス部の甲子園」と言える。

 パシフィコ横浜で行われる決勝大会への切符を手にする争いは年々熾烈を極める。昨年の決勝で活躍した学校がまさかの予選落ちをしたり、予選をダントツの成績で通過した学校が決勝ではまったくの低評価であったり、成績優秀のシード校もなく、「保証」がまったくないのがダンスタの怖さであり、面白さでもある。

 品川女子の実績を見てみると、決勝大会に進出したのはこれまで6回。東京の私立では多い方であり、特別賞を受賞しているものの、上位入賞経験はいまだにない。当然、過去の実績や名声は審査に何も影響はしない。ダンスタ新人戦と日本ダンス大会での敗戦から来る不安と、それから修正を積み重ねてきた淡い期待。その二つの中でメンバーの心境は揺れ動いていた。ここで作品を切り替える学校もあるが、品川女子は「ミスコン」一本にかけた。

「『ダンスタ』の予選はとにかく思い切りいこうと思っていました。『ダンスタ新人戦』と『日本ダンス大会』では悔しい思いをしたので、次は必ずやりきりたい。練習ではとにかく揃っていない部分を揃えて、テーマの伝わりやすさはもちろん、スキルの部分もできるだけ高めてきました」(スウ)

 品川女子が出場したのは8月8日の初日Aブロックのビッグクラス。この日だけで41チームが参加し、全国への切符を手にできるのは優勝・準優勝・3位・優秀賞5校の合計8校。同じブロックには、武南、狛江、町田総合、東野、明大明治、川崎北、日大明誠、百合丘、鷺宮と、実力も実績もある強豪校がひしめき合っている。中にはダンス力に定評のある学校も多い。品川女子にとって決して有利な状況ではなかった。

「出番を待っている間は、他校の作品に圧倒されてしまって……、どんどん自信がなくなってしまうのですが、呼び出しがあってステージ袖に来た時には〝自分たちを信じてやるしかない!〞って気持ちになるんです」(リナ)

「踊っている時、ステージに出た時は覚えているんですが、あとはもう無我夢中で。あっという間に終わった感じと、楽しかった! 踊りきった! っ
て気持ちでした。賞に入れるかどうかはまったくわからなかった。……というより、正直自信はなかったです」(スウ)

 パフォーマンスが終わり。いよいよ結果発表……。

優秀賞は……品川女子学院!

「は、はいった……全国!」と部員たちは客席で一斉に立ち上がり、歓喜の涙。顔中グシャグシャになって、綺麗に仕上げたメイクも涙で流れている。

 アカリとスウは代表者としてステージに駆け上がった!

「やった、やった、やった〜!」

 みんなを信じて、作品を信じて、品女を信じて、がんばってきて、本当に良かった!

 2019年夏、品川女子に訪れた一つ目の歓喜の瞬間であった。

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汗と情熱の夏合宿、雨と涙と花火

 決勝大会まではあと10日。やれることは少ない。でも、ちょうど4日間の夏合宿がある。「ダンスタ」の決勝に向けて踊り込みや修正をするには絶好の練習期間だ。

 品川女子の合宿は、郊外の合宿所を借りて4日間行われる。参加するのは中1以外の約130名。

「練習はもちろんですが、部長の私は合宿を問題なく進行させることも大きな仕事なんです。合宿では大会練習以外に基礎練もやりました。今年は合宿の後にすぐ大会があったので、やる気が高かったと思います」(アカリ)

「大会メンバーの中で熱を出しちゃって参加できなかったコと足を怪我したコが練習についてこれなくなってしまって、それは大会出場ができないということなので……伝えるのが辛かったです」(リナ)

「合宿中にも振り付けを変えていくので、それは仕方がないことなんです」(スウ)

 合宿初日の意気込みと不安を抱えたリナのノートにはこう書かれている。

8/10
 今日は合宿初日。後輩にうまく指示が出せるのか、最高学年として
 合宿を回せるのかという不安や、全国大会を控えた私たちの作品
 をもっと良いものに仕上げられるのかという心配があるせいか、
 お昼や、夜ご飯はあまりのどを通らなかった。
 でも、最後の合宿というのもあり楽しみも沢山あった。
 1日を終えた今、想像していたよりもうまくまわせたし、
 後輩や仲間と過ごす時間が楽しかった。

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 合宿中の大会メンバーは、目の色を変えて練習に打ち込んだ。課題のある部分を指摘し合い、自分たちの武器である「女性らしさ」をいかに伝えるか何度も話し合う。

「そこ揃ってないよ!」「○○だけ遅れてる!」

 名指しでの指摘の声もバンバン飛ぶ。気にするのは人間関係じゃない。

 大事にするのは私たちの作品。

 私たちの最高を出すためには、たとえ嫌われ者になってもいい。だって、後悔だけは残したくないんだ……。

「合宿の練習はかなりやり切れたと思います。ただ……、3日の夜に花火をやるのが恒例なんですけど、花火の袋を開けた瞬間にびっくりするほどの大雨が降ってきて……。花火ができなかったんですよ。開けたままの花火を見ていたら、なんだか悲しくなってしまって……涙が出てきてしまいました」(リナ)

 涙も、汗も、情熱も、さまざまなエネルギーが交錯した合宿が終わり、8月16日のダンススタジアム決戦へ挑む――。

ダンス部の最高舞台へ!

 全国大会の会場であるパシフィコ横浜は臨海地区にあり、みなとみらいの海をバックに直前練習する出場校の姿はダンスタの風物詩とも言える。

 同志社香里、久米田、帝塚山……。いるだけでオーラが出ている強豪校に遠慮するかのように、広場の隅の方に品川女子の姿はあった。

「帝塚山学院が隣で練習していて、声出しや気合がすごいなと思いました。ウォーミングアップもすごいレベルだった。正直、ビビっちゃいました(笑)。ちょっと弱音を吐いたら『あなたがそういうこと言わないでよ!』ってチームメイトに言われてしまって……」(リナ)

 緊張するのも弱気になるのも無理はない。あと数時間後にはこの大会場で自分たちが踊り、その数時間後には結果が発表されるのだ。そんな緊張をほぐすように、リナが中心となり本番直前のルーティンのアップをこなす。

「時間で〜す!」

 スタッフの声とともに、各校が練習を終え、円陣を組み、掛け声を出す。その時、

「いくぞ〜〜!」

 と、ものすごい声量とエネルギーを放出して円陣を終えたのは、2連覇中の同志社香里高校だ。リナとスウは顔を見合わせる。武者震いなのか緊張なのか、震える手をお互いに握り合いながら、品川女子たちは「ダンス部の甲子園」である「ダンススタジアム全国決勝大会」のスターティングボックスへと向かった。

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 パシフィコ横浜の会場は広い。ステージも大きい。そして審査席は遠い。だから、いつものように踊っていては、自分たちの細さや小ささが目立ってしまう。より大きく、より表情豊かに、より鮮やかに。合宿で修正してきたことを思い切って出せば良いだけだ。

 そう思いながらも、次々に現れる決勝出場校のパフォーマンスを見てしまうと、どんどん不安が覆いかぶさってくる。出番は51チーム中45番目だから、品川女子は十分に他校からのプレッシャーを浴びながら出場することになる。

「作品で特に印象的だったのは、やっぱり帝塚山学院でしたね。練習での気合も基礎トレもすごかったですし、演技中の集中力や表情や構成力など、自分たちにはないものをたくさん持っているなと思いました」(リナ)

 そして、いよいよ品川女子の出番。これまで自分たちがやってきたものを、仲間との信頼とまわりへの感謝の気持ちをダンスに込めるんだ!

「舞台袖にいけば不思議と落ち着いた感じになります。いつもの気合い入れをやって、〝絶対大丈夫!〞と言い合いながら落ち着いて待機していました」(リナ)

「ステージに出た時は覚えていますが、あとはもう夢中で……。自分的にはミスもなく良い踊りができたなぁって思います」(スウ)

 実際、品川女子のこの日のパフォーマンスは素晴らしく、課題にしていたポイントもしっかりと修正されていた。また作風に関しては、同様のコンセプトが被る学校はなく、大会でのある種の「潰し合い」にも巻き込まれなかった。彼女たちが表現したかった「女性らしさ」はきちんと観客や審査員に届いていただろう。

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 ただ、コンテストは常に相対評価だ。そして、ダンス部の大会はさまざまなジャンルのダンスが入り混ざり、審査員のラインナップによって差が出てくる。ストリート系が評価される日、エンタメ系がウケる日、芸術系が上位を占める日。あまりあってはならないことだが、実際に「ダンススタジアム」の決勝ではこういった傾向が毎年出てくる。

 3連覇をかけたこの日の同志社香里のパフォーマンスは飛び抜けたものではなかったが、やはりすごい貫禄と気迫だった。帝塚山の表現力、久米田のパワー、堺西の高速の群舞、三重高校のフレッシュ感。印象に残ったチームを思い浮かべると、なんとなくビッグクラス上位は混戦模様が予想される。そして自分たちはどの位置に……?

 結果発表は、関係企業が選出する特別賞から。この4校に品川女子の名前は挙がってこない。コンセプト系の作品だけに、ここで呼ばれないのは厳しいか……。

優秀賞2校目、7位は……同志社香里高等学校!

 3連覇どころか同志社香里がなんと7位。ザワザワと騒然となる会場、涙をこらえてステージへ向かう同志社香里の部員たち。やっぱり厳しい戦いだ……。

 残りの優秀賞、準優勝、優勝に品川女子の名前は挙がらなかった。優勝は大阪の帝塚山学院
創作ダンス出身で2度目のダンスタ挑戦で初優勝を果たした。

「まぁ、当然か……」

 諦めにも似た気持ちで会場をあとにする、リナ、スウ、アカリ。審査結果は出場51チーム中で26位とちょうど真ん中。これは彼女たちのダンスにとって良い評価だったのか、悔やむべき結果だったのか。ダンスタの決勝に来れただけでも良かった、とはまだ思えない。モヤモヤした気持ちが残るが、まだ次がある。彼女たちにとって最後の大会、「全国高等学校ダンス部選手権(DCC)」だ。

最後の大会「DCC」で得たモノ

「悔いを残したくなかったから、ダメだった時に誰かのせいにしたくなかったから。同じ学年からダメ出しをされるのはイヤだったと思うんですけど、最後には遠慮なく言い合いました。私はそもそも選抜制にするべきだと思っていたから。上級生になれば自動的に大会に出られるという意識の甘さがイヤだった。それでも全員で出るんだって決めたのに、その意識の違いが『ダンスタ』の決勝の後にも出てきてしまったんです……」(リナ)

「私としては、できている人だけでじゃなくて全員で出ることに意味があると考えていました。その問題の子は最初『みんなに迷惑をかけるなら出ない』と言っていたけど、深く話し合って、最終的には『出たい』と覚悟を決めてくれたんです」(スウ)

 多くのダンス部が抱える問題だが、ステージでは一枚岩に見えるチームも、その裏にはさまざまな人間模様が隠されている。スキルの差ならば、努力してサポートして補えばいいし、最終的には構成などでカモフラージュできる。だが、やる気=モチベーションが揃わないというのは、練習過程においては致命的な弱点である。小さな綻びはやがて全体に伝染し、最終的なステージで大きく影響してしまう。「気持ちを一つに」とはよく言われるが、そこは学生チームにとっては本当に難しく、しかし、高校ダンスの意義として一番大切な命題なのだ。

 学生だから学業第一。それは当然だが、部員全員がそれぞれに抱える課題でもある。そこを練習態度や技術不足の言い訳にしてしまえば、軋轢(あつれき)は起こるだろう。「私の場合は」とか「私だって」とか、主語が一人称で飛び交う話し合いではエゴのぶつかり合いになってなかなか折り合いがつかない。事情という名のエゴ。エゴには、怒り、憎しみ、不安、不満、嫉妬、傲慢、執着などネガティブな感情が根っこに存在する。だからこそ「私たちにとって」という主語での話し合いや調整、判断が必要だ。そこに気づくことが、これからも組織の中で生きていく学生にとっての大きな成長につながる。協調性、調和、チームワーク。ラグビーで言えば「One for All, All for One」の精神を得ることなのだ。

 スウが言う「深い話し合い」の翌日、品川女子を訪れた。三人はわりとスッキリした表情で前日の話し合いを振り返る。

「昨日、真剣に話し合いをして、後列も1列目だと思ってやらないといけないとか、スキルの差や意識の差がまだあるんじゃないかとみんなで意見を言い合いました。具体的な課題がいろいろ出てきて良かったですね」(リナ)

「何度注意しても直らない部員もいるし、怪我のせいにして改善しない部員もいたから、やる気を確認しました。本気で大会に出るつもりがあるのかなどについて話し合いました」(アカリ)

 その後、「ダンスタ」での映像を振り返り、さらに細かい部分の指摘をし合う。中心になるのはリナの分析力と意見の強さだ。遠慮なく個人名を出して、足りない部分を指摘する。それを論理的にまとめるスウ。ムードを気にして言葉を添えるアカリ。見れば、幹部として非常に個性のバランスが取れた三人であり、そこを中心にチームが一つにまとまりつつある。

気持ちを一つに

 結果だけではない。「DCC」は、中学から5年間の苦楽をともにしてきた仲間との真のチームワークを完成させる場所でもあるのだ。

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いざ「最後の決戦」へ

「DCC」の会場は「舞浜アンフィシアター」。「東京ディズニーランド」に隣接する施設なので、地方からの参加校にとってはディズニー観光もセットにできる楽しみもある。が、心境はそれどころではないだろう。例年と違って、今年の「DCC」はダンスタ決勝のあとの日程で行われる。ダンスタの雪辱に燃える学校がいくつも出場するのだ。3連覇を逃した同志社香里、強烈なグルーヴの柴島(くにじま)や久米田。ストリートの京都文教、京都明徳、三重、北九州市立。表現力の高い汎愛(はんあい)、山村国際、日大明誠。東京勢に
は狛江、駒澤、目黒日大。そして話題の登美丘は昨年の優勝校だ。そのどれもが優勝候補に思えてくる。

 会場はすり鉢上の円形ステージなので、審査席からはやや見下ろす形で、客席は180度の範囲に広がる。直線的に見られる通常のステージとは違い、広角的かつ立体的に演舞をアレンジする必要があるのだ。

 また「DCC」が他の大会と大きく違う点は、「漢字二文字の表現性」を大きな審査点としていること。「JSDA(avex)」が主催するだけあり、過去にはエンタメ性の高いダンス部が高評価を得ている。品川女子が選んだ二文字は「美魂(ミスコン)」。有終の美を飾るにはもってこいの大会だ。

 さらに今回から大きく変わった点が審査発表のタイミングだ。通常はすべての演舞が終わったあとに集計があり順位が発表されるのだが、今回は演舞ごとに審査員の得点を回収、即座にビジョンで得点とその時点でのベスト3が発表されるという進行に変更された。序盤に出場しベスト3を外れていくチームには気の毒だが、イベントとしては非常にスリリングで劇的な場面が作れる、「avex」らしい演出だ。

 品川女子の出番は12番目。出場順はくじ引きだが、自分たちの位置を冷静に見て、出場36チーム中で大体12位のスタートという状況と思って良いだろう。

「少しでも、一つでも順位を上げてやる。そして今日こそ、ステージで表彰状を受け取るんだ!」

そう決意して品女のメンバーは舞台に臨む。

 品川女子の出番直前までで、1位は大阪の汎愛高校(表現力37点/技術力24 点/独創性15点=76点)、2位と3位は狛江高校の2チームがランクインしている。

 いよいよ出番。

 今年4回目。最後で最高のダンスを、最高の仲間と一緒に――。

「全部出す!」

 リナの掛け声がチームに火をつけ、スウが黙ってうなずく。アカリが部員一人ひとりの顔を見渡した。うん、みんな良い顔をしている。いろいろあったけど、やっぱり最高の仲間だ。ぶつかり合ってきたみんなと、こんな素敵なステージで最後を迎えられる。不思議な幸福感と満足感とともに28人のメンバーはステージのスポットライトに包まれていった――。

「品川女子学院……表現力37点、技術力19点、独創性16点。合計72点!」

暫定2位です!

 そのアナウンスでステージ上の彼女たちは歓声を上げ、飛び上がり、抱き合って喜び、泣き崩れた。

 たとえ一瞬でもいい。束の間の喜びでも構わない。やっと、やっと、チームが一つになれた……。

気持ちを一つに

 この夏、二つ目の歓喜の瞬間。彼女たちはついに、最終的にも12位だったという結果以上に、大きな、大きな、一生の宝物を手に入れたのだ――。

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後輩たちへ

 その約1カ月後。彼女たちの姿は学校の体育館にあった。

 品川女子の文化祭「白ばら祭」でのダンス部のステージは花形的な存在だ。

 以前は、観客が溢れてしまったために朝の時間帯に変更されたというが、それでも体育館は満席の状態。文化祭はこのステージで最後となるアカリたちの代は、来年は後輩たちにバトンタッチすることになる。

リナー!

 人気者のリナに声援が飛ぶ。
 入学を希望している小学生の女の子が彼女たちを羨望の眼差しで見つめている。

 そう、かつてのリナ、スウ、アカリのように。

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 初心者から部長になったアカリ。将来はダンス部生活の5年間を活かせる職業につきたいという。

「私みたいに5年の間で努力をして前の列になった人もいるから、後輩にはめげずにがんばってほしいです。団結の素晴らしさとダンス部を続ける大切さを伝えたいです。私もツラくてやめたい時期がありましたけど、本当に続けてきて良かったです。続けていたら、きっと、全国大会へ行けるまでになれますから」

 体育祭の実行委員長と副部長を兼任したスウ。

「私は伝えることやまとめることが好きだから、将来はメディア系の仕事に興味があります」

 5年後、きっと彼女なら持ち前の実務能力とセンスで良い仕事をこなしていることだろう。

 そして4年半の間、ぶつかり傷つきながらも最後まで自分の想いを貫き、センターとしてダンスリーダーとして逞しく成長したリナ。病弱な母親の姿を見て育った彼女は将来、看護師を希望している。

「後輩たちには、自分たちの強みを生かした作品を作ってほしい。独創性や品川女子らしさ。強くて、美しい女性像をダンスで表現してほしいです」

 品女たちの夏が終わり、ダンス部の4年半で得た大きな宝物を胸に、彼女たちは新たな旅立ちを迎える――。

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目次
はじめに
01 品川女子学院(東京都)
伝統の女子力で勝負「品女」たちの4年半
02 三重高等学校(三重県)
「謎の勢い(シリフレ)」を作った熱血顧問とキラキラセンター

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03 千葉敬愛高等学校(千葉県)
「敬愛一家」が守り抜く「自主」の軌跡

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04 広尾学園高等学校(東京都)
個性とぶつかり合いと成長と進学校を牽引した二人の「同志」

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Introduction 関西ダンスの「強さ」の秘密
05 大阪府立久米田高等学校(大阪府)
「日本一」から「つなぐ」へ

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Intermission① 完全自主、喜怒哀楽「汎愛の伝統」
Intermission②  凛とした女性らしさ「堺西」
06 同志社香里高等学校(大阪府)
3連覇へ向けて、絶対王者の「絶対評価」

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Conclusion それぞれの「ダンススタジアム」

おわりに

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