プロのスタイリストが振り返る メンズファッション15年間の変遷
「平成」に続く新しい年号として「令和」が発表され、また新しい時代を迎えようとしている。元号の変遷と同様に、ファッショントレンドも毎年変化を遂げており、現代ではSNSの普及によってその変化のスピードがより一層増している。そのような目まぐるしいファッションシーンのトレンドを、この記事では今年2月に休刊となったメンズファッション誌『Men’s JOKER』の過去記事を参照しながら追ってみたいと思う。
解説してくれるのは、実際にメンズファッションの現場で長年活躍しているスタイリスト・金井尚也さん。創刊の2004年から休刊の2019年までの15年間のページから代表的なコーディネイトを選び、当時のトレンドについてコメントを加えた。15年前のトレンドとはどんなものだったのか、そして2019年にどのように続いていったのか? 当時のスタイリングとともに検証していきたい。
解説してくれたのはこの人
スタイリスト 金井尚也
メンズファッション誌を中心に活躍する実力派スタイリスト。最先端のトレンドはもちろん、ヴィンテージなどにも精通。幅広い知識に裏打ちされたスタイリングに定評あり。
15年前の2004年から5年ごとに振り返る!
2004年のトレンド【15年前】
――当時2004年(平成14年)はこんな時代
日本中がアテネオリンピックに沸いたこの年。水泳競技で金メダルを獲得した北島康介の「チョー気持ちいい」という名言は、この年の流行語大賞も獲得している。また先日、引退を発表した野球界のスーパースター・イチローがジョージ・シスラーのシーズン最多安打記録257本(1920年樹立)を、84年ぶりに更新。イチロー選手が世界を魅了したのもこの年だった。
トップスはタイト&コンパクトが常識
金井「まずパッと見でわかるシルエットに注目ですね。2019年の今だと、ユルッとした、いわゆるビッグシルエットというオーバーサイズのスタイリングが主流なんですが、15年前の2004年のトップスは、タイト(細め)に、ゆとりのないシルエットがメインでした。着丈(※1) はとにかく短くて、カッチリしたジャケットが流行していました」
※1 襟のつけ根から裾先までのこと
ジレとUネックカットソーがトレンドの象徴に
金井「2004年頃を象徴するアイテムとして、ジレがあげられます。今では、あまりカジュアルファッションでは見かけられなくなってきましたが、当時はみんな着ていましたよ。ベストに近いアイテムなんですが、より上品な印象を与えるのと同時にベストよりも薄く、レイヤード(※2)のしやすさも人気の要因だったのかもしれません。それと、レイヤードの組み合わせとしてスタンダードだったのが、トップスのインナーに幅が広いUネックカットソーの合わせ。トップスはデニムジャケットなど、合わせることで“男らしさ”を打ち出せるテイストが流行っていました」
※2 カットソーなどのインナーと、シャツなどのトップスの重ね着のこと
パンツは腰ばきで裾に余らせるのがマスト
金井「次はパンツです。この当時の基本形は、丈を長めにして余らせて履くスタイル。裾に引っかけて、かかとを隠して引きずるように履いている人が多かった印象です。さらには、1990年代後半から流行った腰パン(※3) 履きのブームが継続していました。これが足元を余らせて履くことに拍車をかけて、僕もかかとをやぶりながら歩いてましたね(笑)」
※3 パンツを腰骨より数センチ下の位置で履くこと
’60年代調のレトロテイストが再燃
金井「ヒッピー(※4)ファッションが流行ったのも、2004年頃。いわゆる、’60年代の香りがするレトロで、ナチュラルなファッションです。代表的なアイテムとしては、膝から大胆に広がるフレアパンツ、カラフルな柄のシャツやヘアバンド。こうしたアイテムを取り入れてファッションを楽しんでいる人たちがたくさんいました。ファッションリーダーとしてイメージしやすいのが、当時の堂本剛さん。独特な雰囲気をまといながら、自由さをアピールする姿は原宿あたりでも大人気でした」
※4 1960年代後半にアメリカで巻き起こった、伝統や制度など既存の価値体系を否定するムーブメント。「自然に帰れ」という主張とともに、当時の社会体制を否定し、反戦や人種差別の反対運動を行った
金井「ちなみに2004年、僕は20歳。大学を1年で辞めて、地元に帰って服の専門学校に入るために、バイトをしながら学費を貯めていましたね。懐かしいなぁ。田舎だったんで、情報源はファッション誌だけで、めっちゃ読みまくりましたよ」
次は10年前の2009年を振り返る!!
2009年のトレンド【10年前】
――2009年(平成21年)はこんな時代
1月にバラク・オバマ氏が黒人として初めてアメリカ合衆国大統領に就任。「Yes We Can!」のフレーズは日本でも流行した。年間のCD売上のTOP3を<嵐>が独占し、<嵐>旋風も。またファッション業界では、海外から<H&M>、<ZARA>、<フォーエバー21>などが上陸してきたことで『ファストファッション』という言葉が流行語となるほどの社会現象となった。
よりタイトシルエット志向に変化
金井「前述した15年前の2004年は下に向かって広がりがあったパンツが、この辺からスッとタイトなシルエットになり始めましたね。全身Aライン気味だったシルエットが、Iラインに変化しました。肩のシルエットもお腹周りもタイトめに着こなすように、シルエットのトレンドが変化していきます」
ハット×ストール×革靴の無骨なスタイルがトレンド
金井「この時代を象徴するアイテムには、ハットが挙げられます。“ヤバい”くらいみんなかぶっていた。シックなブラックのハットを、男女や年代を問わず、被っていました。シューズのトレンドも合わせるように革靴が流行。最近でこそ足元はスニーカーが定番になっていますが、ローファー、ウイングチップ、ストレートチップ、プレーントゥの革靴、またはブーツなどをみんなが履いていました。基本的に合わせる服が絞られてしまうのですが、流行していたのでストリート好きの人以外は違和感なく履いていましたよ。あとストール(※5)。ハットや革靴と方向性は同じなので、これも流行しました。上品で大人っぽいけど、少し“ハズし”の効くアイテムがトレンドだったのかもしれません」
※5 元来はレディース用の肩かけ。マフラーのようなものだが、マフラーよりも薄手でサラッとした素材感が特徴
デニムスタイルは男らしさを重視
金井「ジレがまだまだ流行していた一方で、インナーのTシャツはUネックからVネックに変化していました。少し切れ味をアップデートさせて、よりワイルドに大人っぽく、ギラついた香りがするスタイリングがベースになっていましたね。なので、デニムはクラッシュ、ペイント、ダメージなどの加工が施された“男らしい”ものが選ばれる傾向があり、はいている人が多かったですよ」
おしゃれ小物も同様に男らしくワイルド志向
金井「ファッションって、トレンドのテイストが軸になるんだなって、改めて感じました。“ワイルドで男らしいギラつき感”があったこの当時のトレンド。ウオレットチェーン、スタッズベルト、ロザリオ(※6)など、ゴリゴリしたおしゃれ小物はこの時代のスタイリングに欠かせませんでした。七分袖のVネックTシャツに、ジレをはおって、クロップドパンツを合わせて、ロザリオを付ければ、すごく時代性を感じる代表的なコーディネイトが完成すると思います。『時代を振り返る』ような企画にありがちな、『今見ると……』ですよね(笑)」
※6 元来はカトリック教徒が祈りの際に用いる数珠状の用具。トップに十字架が付いていることから、日本では一種のファッションアイテムとして浸透している
次は5年前の2014年を振り返る!!
2014年のトレンド【5年前】
――2014年(平成26年)はこんな時代
ディズニー映画『アナと雪の女王』が歴史的ヒットを記録し、日本中が「ありの~ままの~♪」と歌った2014年。ニンテンドー3DSのゲームソフト『妖怪ウォッチ』も社会現象を起こし、エンタメ業界に話題が豊富な一年だった。
パンツはフルレングスでスキニーがお約束
金井「2019年に向かって、徐々にシルエットがゆったりになりはじめましたね。それでもまだまだこの時代はスリムなデザインが人気で、パンツはより細身になっているんです。スキニーパンツ(※7)などが流行ったのはこの頃。ジャストサイズのサイジングが主流で、この少し前の時代に主流だった、クロップドパンツのような半端丈アイテムは激減しています」
※7 かなりの細身で、着用時に脚のラインがはっきりわかるデザインのパンツ
“短丈”アウターが再燃の兆し
金井「スタジャンが登場しましたね。スタジャンだけでなく、MA-1などを代表とする、短い丈のアウターが流行し始めました。この2年後くらいには、MA-1が街を席巻していくのですが、その先駆けとなった年のような気がします。革靴ブームは依然として継続していたのですが、主流がブーツになりました。ブーツのなかでも、ミドル丈の<ドクターマーチン>や<レッドウィング>のアイテムがすごく売れていましたね」
BBキャップ×肩掛けカーデがストリートで大人気
金井「それと若い層には、レディースのトレンドから派生したカーデの肩掛けや、カワイイBBキャップが一大トレンドに。過去には“テレビのプロデューサー気取り”とちょっとバカにされていた、“肩掛けコーデ”が原宿では大ブームになりました。トレンドの力の凄さを、改めて感じた一年でもありましたね」
いよいよ今年のトレンド!!
2019年のトレンド【今年】
ビッグシルエット人気が本格化
金井「一番の変化は間違いなくビッグシルエットですね。2年前から徐々に広まってきたトレンドですが、今年も勢いが衰えている様子はありません。春夏の各ブランドの新作を見渡しても、ビッグシルエットのアイテムばかり。しばらくは続くと思います」
現代的に進化したストリートスタイル
金井「テイストは、こちらも2年前からトレンドになっているのですが、圧倒的に“ラグジュアリーストリート”調が推しです。スポーツとストリート、アウトドアの要素をメインにしたスタイリングは、2019年もメインになっていくと思います。アイテムをあげるとすれば、トラックパンツ、ラインパンツ、あとアウトドアブランドが提案している高機能素材だったり、ナイロン素材のセットアップには注目です。」
足元のチョイスはスニーカー一択
金井「ストリートファッションが流行ってきたので、5年前と比べて、シューズトレンドにも変化が。一気にスニーカーブームが起きて、<ニューバランス>や<ナイキ>などから出ているハイテクスニーカーの流行を経て、定番化しました。キーワードとして浮かび上がるのは『‘90年代』というフレーズで『エアマックス』などがその代表でしょう。ガチャベルトなども世代を問わず人気で、ポイントとして使うとこなれた感じが演出できます」
コートはロング&オーバーサイズが気分
金井「コートの丈感も5年前とは変化。トレンチなどのロング丈が圧倒的なシェアを誇り、今年も継続中です。そして肩落ちしたオーバーサイズでゆったり着るのが“今っぽい”です。アクセをつけるなら、インディアンジュエリー、ターコイズアクセなど’60年代を思わせるアイテムをおすすめします」
'90年代と同様にアウトドアテイストがシーンを牽引
金井「最後に欠かせないのが、“アウトドア”テイストのムーブメントが3年前から起きており<ザ・ノース・フェイス>など、アウトドアブランドのアイテムが原宿であふれかえっています。もともと夏フェスの流行からファッション業界に流れてきたこのムーブメントですが、今や街中でもアウトドアで使われるようなハイスペックなアイテムを身に着けるのが当たり前になっています。機能性やデザイン性も各メーカーが競い合うようにグレードアップさせているので、今年からおしゃれを始める人は、必ずひとつは手に入れておいたほうがいいと思います」
15年間を振り返ってみて、懐かしさもありつつ、若い読者の方にとっては目新しく新鮮な部分もあっただろう。シルエットで見るとボトムスがゆったりしたAラインから全体的に細身のIラインへ、そしてビッグシルエットのトップスを活かしたVラインに。シューズひとつを取っても、革靴やブーツからスニーカーへシフトするなど、15年間でも大きな変化を遂げている。これからも時代を捉え、移り変わるファッショントレンドに注目していきたい。