東京拘置所_モノクロ

【医療ミステリー】 裏切りのメス─第4回─

【前回までのあらすじ】
 天才外科医・吉本竜馬が東京拘置所に収監されたのは、慕っていた元天才外科医の教授による嫉妬が原因だった。吉本は重い口を開きその経緯を語り出した。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)ほか多数。


 吉元竜馬から逮捕容疑が強制わいせつだったと聞いても、さほど驚かなかった。医師が性犯罪で捕まるケースは少なくないからだ。私が医療コンサルタントとして開業医を相手に商売していたころも、そうした事件に遭遇したことがあった。

<開業医への疑念の萌芽>

「下川さん、助けてください」と悲痛な声で連絡があったのは12年前の春。電話の相手は東京の下町で診療所を開業する60代前半の内科医だった。その半年ほど前から経営相談に乗っていた。来院した高校1年の女子生徒の親から訴えられそうになっているという。

 胃腸の調子がおかしいと訴える女子高生に初診で整腸剤を処方したが、症状は改善せず、2回目の診察では腹部を中心に触診。家に戻った娘の様子がおかしかったので、両親が問い詰めると、診察の際におなかだけでなく、胸や股間なども撫でまわすようにさわられたと話した。激怒した両親は翌朝、診療所に怒鳴り込んできた。

「断じて、いかがわしいことなどしていない。通常の医療行為をしただけだ」と内科医は私に釈明したが、ほとんど信じていなかった。経営相談を受け始めてから3ヵ月がたったころ、場末のクラブに連れていかれた。そこで内科医は私たちの席についた中国人女性のホステスが中座するたびに尻をさわるのである。しかも、卑猥な言葉を連発。あまりの下品さに私はあきれていた。密室になっている診察室で、この男がいかがわしいことをしていても少しも不思議ではなかった。

 とはいっても、放っておくわけにもいかない。警察に駆け込まれて内科医が刑事告訴でもされたら、医療コンサルタントの出番はなくなってしまう。あとは弁護士の仕事だ。顧客を失いたくなかった私は、内科医に代わって、被害者の両親と交渉することにした。

 加害者である本人に謝らせるべきかどうか迷ったが、思案の末、交渉の場には連れていかなかった。内科医が普段見せる不誠実な態度がいつ出るとも限らず、得策ではないと判断したのだ。そもそも、両親が抗議に訪れた日も、看護師からそれを伝えられると、午前を勝手に休診にして雲隠れするような無責任きわまりない人物だった。

 怒りをあらわにする母親をなだめながら、なんとか表沙汰にしないように頼み込んだ。被害者の女子高生にはトラウマが残るかもしれず、私の金づるにも罰が下されるべきだと思ったが、口から出たのは「お子さんの将来のためにも、ここは穏便にすませたほうがいいと思います」と親たちを懐柔する言葉だった。自分でも狡い言い方だなとつくづく嫌になった。

 結局、この手の示談金の相場よりかなり高い150万円を支払うことで相手には納得させた。内科医は「ちょっと高すぎるんじゃないか」と文句を言ったが、「裁判になって有罪にでもなれば、医師免許取り消しになりますよ」と脅したらしゅんとなり、すぐに被害者の口座にその金額を振り込んだ。

 私に対しては、一言の礼もなかった。こんな破廉恥な奴らのために、いつまで尽くさなければならないのだ。開業医相手のけち臭いビジネスからはなるべく早く足を洗わなければという気持ちがこのころから芽生え始めていた。

 だが、このうっそうとした森を抜けるにはどうしたらいいのか、私の錆びついた頭にはその道筋がまったく見えていなかった。樹海の森で出口を探して、ただうろうろと徘徊するばかりで、いつのまにか同じ場所に戻ってきてしまうのだ。

 一条の光が差すのはそれから4年後、東京拘置所で天才外科医、吉元竜馬と出会ってからだ。ただ、この時点ではどんな道筋が待っているのか、皆目見当がつかなかった。

 私も吉元も刑事被告人として裁判を待つ身である。将来の見通しなど、わかるはずもないのに、初対面のとき、私はなぜか幸運が舞い降りてきた気がしていた。彼が売り出し中の若手脳外科医であることには気づいていたので、多少の先入観があったのかもしれない。だが、それ以上にこの男から出る得体のしれない強いオーラを感じていた。ピアニストが繊細なメロディーを奏でるように、細く長い指で自由にメスを操る姿を想像していたのだった。

 この貴公子に強制わいせつという罪名は似合わない。しかしその一方で、ろくでもない医者を数多く見てきた側にとっては、ありえない話ではない気もしてくるのだ。

 拘置所の屋上にある運動場で面会を重ね、次第に私に気を許すようになっていた吉元は少しずつ、逮捕されるに至った経緯を話し始めた。結論を先に言ってしまうと、あくまでも吉元の主張だが、強制わいせつは仕組まれた冤罪だった。あらかじめ、吉元をおとしめるためのシナリオが用意されていたというのである。

<女性患者のたくらみ>

 崎田美穂という29歳の女性患者が脳神経外科の外来に来たのは8年前の11月だった。朝方になると、しばしば頭痛に襲われるという。脳腫瘍が疑われる場合の特徴のひとつだ。2回目の診察日にMRI検査を行ったが、異常は見つからなかった。その結果を診察室で吉元が伝えている最中に事件は起こった。

「突然、崎田さんが僕の右手を握り、自分の左胸に押し当てたんです。あまりに強く引っ張ったので、そのまま二人は椅子から転げ落ち、僕が彼女にのしかかるような態勢になっていました」

 崎田がキャーと悲鳴を上げると、隣の部屋にいた看護師の杉本莉緒が飛んできて、「先生、何しているんですか」と叫んだ。

「いったい何が起こっているのか、僕にはまったくわからなかった。看護師の声で崎田さんの上に倒れ込んでいることに気づき、急いで立ち上がり、彼女のからだも助け起こしたのです」

 その後、とんでもないことが進行していく。崎田が「押し倒され乳房を強く握られ、からだを撫でまわされた」として、吉元を所轄の警察署に刑事告訴したのである。被害届ではなく、最初から刑事告訴に踏み切ったところに、崎田の強い意思が感じられた。被害届の提出があっても、捜査をするかしないかは警察の判断になる。一方、刑事告訴を受理すると、警察は捜査を開始する義務が生じるのだ。

 警察の捜査に対し、崎田の強力な援軍が現れた。看護師の杉本である。告訴内容を裏づけるように、「悲鳴を聞き、急いで診察室に入ると、崎田医師が馬乗りになり、患者のからだをまさぐっていた」と証言。さらには、「性的なさわり方に見えた」とつけ加えたのだ。杉本の証言が決め手となり、吉元は逮捕され、その後、起訴された。

<黒幕>

「狐につままれたような感じでした。事件を最初から振り返ると、そもそも、崎田さんの頭痛自体おかしかった。本当に頭が痛いようには見えなかった。僕が外来の診察をするのは週1回。その曜日に合わせて病院に来たということは、最初からターゲットが僕だったとしか思えない。だけど、崎田さんとは一面識もなく、なぜ僕をはめる必要があったのか、すぐにはわからなかったのです」

 吉元は所轄署の留置所にいるときに、自分がどうしてこんな目に遭っているのか、記憶の糸をたぐってみた。一番、解せないのは、看護師の杉本が吉元を奈落に突き落とす証言をしたことだった。

「特に仲が悪いわけでもなく、過去に彼女を傷つけるような言動や行動をとった覚えもない。いくら考えても、思い当たるふしがなかった」

 起訴が決まり、東京拘置所に移送されて数日後、吉元はある場面を思い出した。看護師の杉本の姿をときたま、脳神経外科教授の若山悠太郎がいる教授室で見かけることがあったのだ。

「杉本さんは当時30代前半で役職は副主任くらいだったはずです。看護部長や看護師長といった役職の人が教授と相談することはあっても、副主任クラスが直接、教授と話す機会は少ない。と考えると、若山先生と杉本さんの間には教授と看護師という関係以上のものがあるのではないか。そこでおぼろげながら構図が見えてきた。僕を犯罪者に仕立てる計画を立てたのは若山先生に違いないと──」


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あざます!
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