【医療ミステリー】裏切りのメス―第54回―
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【医療ミステリー】裏切りのメス―第54回―

【前回までのあらすじ】
 事件の犯人と想定していた尾方肇のアリバイは固く、犯人探しは振り出しに戻ってしまった。一方、チーム小倉の小倉明俊こと吉元竜馬は、「安井会の天才赤ひげ先生」のニックネームがつくほどの活躍を見せていた。そんな中、科捜研に調べてもらっていた事件現場に残されていたワインコルクから微量の医療用麻薬が検出された。下川亨と佐久間君代を狙った殺人未遂事件であることがはっきりしたのだった。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<仲間が犯人なのか>

 警察沙汰にしたくなかったのは、安井会グループ10施設目となる病院の買収話が持ち込まれているという理由だけではなかった。何しろ、蒔田直也と白木みさおの件は殺人、私と佐久間君代の件は殺人未遂なのだ。隠したままにしておいていいわけがない。警察がいまだ、事故の見立てを崩していないにしてもだ。

 現段階で警察の介入を阻止したい本当の理由は別にあった。チーム小倉の中に真の犯人がいるのではと思い始めていたからだ。私が犯人ではないという前提で言えば、あとは3人に絞られてくる。湯本利晴、佐久間、そして小倉明俊になりすます吉元竜馬である。

 私が疑いだしていた相手は吉元だった。だが、その推理を口にすることはできなかった。それはすなわち、チーム小倉の崩壊を意味していた。この数年で築いてきた城が一気に消えてしまうのは明らかだった。しょせん砂上の楼閣だったと思えば、それまでのことだが、チーム小倉が再建した安井会グループはあまりに大きくなりすぎていた。グループとは別に、群馬県には新たにつくった医療モールもある。その影響は関東一円に広がっていた。

 いつから吉元に疑惑の目を向け始めていたのだろうか。実のところ、自身でもよくわからない。蒔田と白木が亡くなってまもなくだったような気もするし、今日(2017年5月1日)、吉元の顔を見て、そう思ったのかもしれない。ひとつ言えるのは、吉元を疑う根拠があったということだ。ただ、それによって導かれる怖ろしい答えを、私の深層心理が排除しようとしていた。意識の表層に現れようとするたびに、見えない力が頭を混乱におとしいれ、理性を失わせるのだ。

 吉元犯人説の一番の根拠は、彼が私の東京のマンションの事情をよく知っていたことだ。大学病院脳神経外科の上司、若山悠太郎教授の奸計によって塀の内側に1年間、閉じ込められる羽目になった吉元が出所したのは、2012年の暮れも押し迫るころだった。刑務所がある栃木県大田原市まで迎えにいった私は、途中で若山教授と関係のあった看護師の杉本莉緒のところに一緒に寄ったあと、そのまま吉元を自分のマンションに連れてきた。

 吉元には当面、私が住む隣の部屋に住んでもらうことにした。出所する吉元のために、老人ホームに入る老夫婦から格安で購入した部屋だった。ここに吉元がいたのは4ヵ月にすぎなかった。チーム小倉が安井会グループを掌握すると、メンバー一人ひとりに埼玉県北部の安井中央病院近くの月極マンションの部屋を確保したからだ。その後まもなく、東京の吉元の部屋は売却した。

 東京のマンションに住んだわずかの間、吉元は食事をするために、私の部屋にしょっちゅう来ていた。料理は私がつくった。たまには手の込んだ料理も饗したが、普段は肉を焼くだけの簡単なものがほとんどだった。店屋物を頼むにしても、吉元は私の部屋で食べた。自分の部屋に戻るのは、寝るときくらいで、ほとんど私の部屋にいたのである。いつ来てもいいように、吉元には合鍵を渡しておいた。

 そうなのだ。今回の事件で犯人が私の部屋に忍び込むにあたって、元刑事の湯本はピッキングでドアを開けたと推理していたが、吉元ならそんなまどろっこしい手段をとらなくても、簡単に入れてしまうのだ。他の住民にピッキングの現場を見られたら警察に通報される恐れもある。合鍵があれば、そんな心配をする必要もない。

 蒔田と白木が殺された一件にしても、吉元が犯人なら、説明がつきやすい。安井中央病院近くの同じマンションに住んでいることも、犯行に及ぶにはいろいろ都合がいいのは確かだ。

 だが、チーム小倉の他の3人──私、湯本、佐久間もここに住んでいるのだ。その点では、条件は一緒である。ただ、犯行があった時間帯、私と佐久間は東京のマンションにいた。チーム小倉の中に犯人がいるという私の勝手な推理からすれば、吉元か第一発見者の湯本ということになる。

 そういえば、私と佐久間の事件の第一発見者も湯本だった。「第一発見者を疑え」は捜査の鉄則らしいが、こちらは殺人ではなく未遂であり、救出したのも湯本である。殺そうとして、犯行の途中で怖くなって救急車を呼んだということも考えられないわけではないが、湯本がそういうタマかとなると、疑問が残る。取り締まる側としてだが、何百という犯罪を見てきているのだ。肝は据わっているだろうし、そんな中途半端なことをするだろうか。だったら、最初から実行に移さないに違いない。

 その手口から、2つの事件は同一犯人の可能性が高いと思ってきた。私と佐久間に対する犯行が湯本でないとすると、結局、吉元が犯人ということになる。だが、本当にどちらも同じ犯人なのか。蒔田と白木の事件を知った犯人が模倣して、私と佐久間を狙ったとも考えられなくはない。

 私は混乱した頭を少しでも解きほぐそうと、ウイスキーをストレートであおるように喉に流し込んだ。スコットランド・アイラ島のシングルモルト「ラガヴーリン」の16年物である。

 ラガヴーリンといえば、東京の寄せ場・山谷地区で本物の小倉明俊を見つけ出したとき、手土産に渡した酒である。いま私が飲んでいるのと違って21年物だったはずだ。16年物はアルコール度数43度で数千円。一方、蒸留年度1985年、56・5度の21年物は滅多に手に入らず、20万円以上の高値で取り引きされることもめずらしくない。私もやっと入手した1本だった。

 路上生活者に身をやつしたとはいえ、かつて関西の総合病院の肝胆膵外科医だった小倉の舌は肥えていた。もともとアイラウイスキーが好きだった小倉は21年物のラガヴーリンにすっかり気をよくして、医師免許を譲渡することに同意したのだった。もちろん、医師免許は売り買いできるものではなく、本人しか使えないが、吉元は小倉になりすまして、医師として復活。これまでのところ、発覚せずにきた。

 だが、これが永遠に続く保証はどこにもないのだ。私はラガヴーリンの16年物をチェイサーもなしに10杯も空けていた。シングルサイズ(30ml)のショットグラスなので大した量を飲んでいるわけではなかったが、酔いの回りは早かった。吉元のなりすまし、そして彼への強い疑念、すでにこの世にはいない本物の小倉のことなどを思い巡らしているうち、悪酔いしてきたようだ。気がついたら、私は先ほどまでチーム小倉の会議で一緒だった佐久間君代の携帯に電話をかけていた。

<下川が見せた弱気>

「どうしたの」

 佐久間の声を聞くと、私は思わず「助けてくれ」と口に出していた。少し、ろれつが回っていなかったかもしれない。14歳下の佐久間に、こんな情けない言葉を吐いたのは初めてだった。

「不安でしょうがないんだ」

「大丈夫? いまからそちらに行こうか」

 壁にかけてある時計を見ると、0時をすぎていた。

「もう遅いからいいよ。明日も朝から仕事だろ。おやすみ」

 こう言って、私は電話を切った。それから1分もしないうちに、佐久間が私の部屋に姿を見せた。同じマンションに住んでいるといっても、階が違うのだ。そのあまりの素早さに驚き、酔いが一気に醒めた。東京のマンションで月2回の逢瀬を続ける一方、この安井中央病院近くのマンションでは、お互いの部屋を行き来することはほとんどないのだ。前回、この部屋に佐久間がいつ入ったのか、はっきり覚えていないほどだ。

「下川さんがあんな弱気な言葉を口にするのを初めて聞いたから、びっくりしちゃった。へんな気を起こすんじゃないかって、心配したわ」

「まさか、自分で死を選ぶとでも思った? 私に限って、それだけはないよ」

「でも、人間ってわからないから。つい1ヵ月前も、看護専門学校時代の同級生のひとりが自ら命を絶っている。ものすごくはつらつとした人で、クラスの人気者だった。卒業後はつきあいはなかったんだけど、同じところに入職した看護師によると、病院内でも底抜けに明るかった。スタッフや患者さんたちからの評判もとてもよくて、30代前半で看護師長に就いたそうよ。最近も変わったところはなく、予兆もまったくなかったそうだから、訃報を聞いて、周囲の人たちは悲しむより、驚きのほうが大きかったみたい」

 これまで私は自殺など、一度も考えたことはないが、いま、気持ちが相当、落ち込んでいるのだけは間違いない。その原因となっているものを自分ひとりで抱え込んでいたら、佐久間の同級生のように最悪の手段をとらないとも限らないような気がしてきた。逡巡しながらも、私は吉元を疑っていることを打ち明ける決心をした。

 アルコールはすっかり抜けていた。私は先ほど考えていたことをひとつひとつ、ていねいに話した。佐久間は相槌も打たず、黙って聞いていた。あまり、表情の変化はなかった。話し終えると、佐久間から意外な言葉が返ってきた。

「私も吉元先生が怪しいと思っていた」
(つづく)

※次回(第55回)の掲載は1週空いて、年明けの1月5日になりますので、よろしくお願いします(筆者)。


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あざます!
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