自分の趣味をラノベ風に書いてみたら 第7回『ゼロから始める秋田犬生活』
テキスト:金澤流都 https://twitter.com/Ruth_Kanezawa
イラスト:真藤ハル https://twitter.com/shindo_hal
第7回『ゼロから始める秋田犬生活』
わたしは家でねこと暮らしているわけだが、実際のところ犬も大好きな人間である。
どれくらい犬が好きかというと、糸井重里のほぼ日が出した「ドコノコ」という犬やねこの画像を投稿するSNSアプリにおいて、もっぱら犬ばかりフォローしているくらいである。猫は付き合いでフォローした子だけで、タイムラインに流れてくるのはほぼ犬だけなのだ。
そして、わたしは精神が幼稚なので、買い物に出かけて道を犬が歩いているのを見ると、車の中で「犬だー!」と叫んで喜んでしまう。幼稚園児でも言わないと思う。とにかくそれくらい犬が好きなのである。
そういうわけで、犬見たさにわたしの住んでいる街にある「秋田犬会館」に行ってきた。
よく「あきたけん」と間違えられるが、秋田犬は「あきたいぬ」と読む。わたしの暮らしている街は、まさに天然記念物である秋田犬発祥の地であり、あの忠犬ハチ公の故郷でもある。ちなみにハチ公も秋田犬だ。
その秋田犬の総本山が、その「秋田犬会館」なのだ。しかし、実際のところどういう仕事をしているかはよく分からない。事務所には「秋田犬保存会」という団体が入っている、というのはツイッターで知っていた。「秋田犬保存会」のツイッターアカウント(@akitainuho)は、すごい勢いで秋田犬の画像をツイートしてくる超絶和みアカウントで、2020年8月2日現在、フォロワー数は5万3040人である。
その「秋田犬保存会」のアカウントを見る限り、そこは天国のような職場にしか見えないのだが、どうすれば勤めることができるのか大変興味があった。どんな仕事をしているか知らないが、だって秋田犬のいる職場なんて天国ではないか。ストレスを感じたら、事務所で昼寝している犬を撫でてオキシトシンやセロトニンを分泌できるのである。まあ家でライターをやっているわたしも、茶の間で書いているわけだからその辺に寝ているねこを撫でるという手があるのだが。
取材に向かった2020年7月3日の秋田県はカンカン照りの猛暑であった。
秋田犬会館の事務所には三頭の秋田犬がいて、行くとスバルくんという虎毛の秋田犬が出迎えてくれた。
虎毛、といっても猫のように虎模様なのではなく、大理石のような、美しいマーブル模様を虎毛と呼ぶ。とてもきれいで渋い毛色で、わたしのいちばん好きな色だ。秋田犬には赤・虎・白の三種類の毛色がある。血統書に登録されている数では、赤が一番多くて7割、虎が2割、白が1割なのだそうだ。
そんな二割のうちに入る、黒ごまのお菓子のような色合いのスバルくんは、とにかく虎のようにでっかい。後ろ足で立ち上がると余裕で人間の身長くらいある。頭を撫でようとしたらかわされて撫でさせてくれなかった。事務所の方が「首の周りなら」とおっしゃるので、首の周りをナデナデさせてもらった。超ふかふかだった。犬の手触りとは思われない、ほわっほわの焼きたてクロワッサンのごとしで、ふかふか具合が鬼がかっていらっしゃる。むかし我が家で飼われていた雑種犬は、なんだか手触りがベタベタしていたし、周りの普通に飼われている犬というのはどいつもこいつもベタベタしていたのだが、そこはやはり「よい犬」なのであろう、まめに体を洗ってもらっているのかもしれない。犬を飼ったことのある方なら分かると思うが、犬を洗うのは大変である。ましてや超大型犬の秋田犬を洗うというのはどういう手間なのであろうか。想像するだに飼い主までビショビショのべちゃべちゃである。
事務室でやっている仕事について訊いたところ、秋田犬保存会の主な仕事は世界中で生まれる秋田犬に血統書を発行することだという。海外とは主に英語でやり取りし、翻訳ソフトなども使うらしい。天国のような仕事場に見えたが意外と大変そうだ。ちなみに、「ツイッターで見る限り天国みたいな職場ですけど、どうすれば勤められますかね?」と訊ねたが、担当の方からはあいまいな笑顔しか返ってこなかった。やっぱりコネとかなんだろうか……。
スバルくんの歓迎を受け、担当の方と運転手の母と、博物室に向かった。担当の方が持っていた資料のなかに、「総合学習」というファイルがあって、やはり総合的な学習の時間でここを訪れるキッズは多いようだ。
博物室は建物の三階で、秋田犬の歴史に関するものや資料、歴代の本部展優勝犬の写真などが展示されている。しかし入るといきなり秋田犬の骨格標本や秋田犬の毛皮が展示してあってぎょっとする。しかも犬の毛皮で作った防寒着まで展示されており、うわ、と思ったのだが、運転手の母が、「ああ、昔実家にこういうのあった」と言いだしてびっくりした。昔は死んでしまった犬を毛皮にしたのだという。愛し方が重い。ヤンデレここに極まれり、である。
実はずっと気になっていたことがある。
数年前に博物室を見学したときに、展覧会で賞を獲った優勝犬の写真のなかに「裕次郎号」というのがいた記憶があって、その名前を見た瞬間、ブランデーグラスをくるくるするモノマネ芸人を思い浮かべて、それ以来忘れられないでいたのである。編集者さんにご当地のことも書いてほしいと提案されたときに、ぜひ裕次郎号というインパクト抜群の名前をした犬のことを書こうと思っていたほど、「裕次郎号」という名前が頭から離れないでいた。
裕次郎号を写真に収めようと思ったら、写真はどんどん新しい優勝犬のものと入れ替えるらしく、裕次郎号の写真は壁から撤去されていた。でも担当の方がファイルをひらいて探してくださった。
「お知り合いのお家の子ですか?」と聞かれたので、
「いえ名前のインパクトがすごすぎて忘れられないだけです」と答えた。ようやく見つけた裕次郎号は、平成11年生まれの虎毛のオス犬で、新潟から本部展に来た犬であった。
裕次郎号は「優勝犬」であるわけだが、何で優勝したのかというと毎年5月3日に開催される「春季本部展」で優勝した犬である。地元で行われるこの展覧会はわたしのゴールデンウイークの楽しみで、近所で開催されることもあって毎年見に行っていた。2020年はコロナウィルスの影響で中止になってしまったが、日本だけでなく世界中からこのド田舎に秋田犬があつまるもふもふの祭典なのである。
しかしそれに出るには非常に厳しい道のりがあるらしいのだ。
まずは生まれてすぐ、ブリーダーの人には「展覧会向け」の犬と「ペット向け」の犬が分かるらしい。その「展覧会向け」の仔犬は、よく手入れされて育てられ、「支部展」というのに出ることになる。そして支部展でよい成績をとったら、「総支部展」というのに出て、そこで勝てる一握りの犬が、「本部展」に出られるらしいのだ。
つまり毎年5月3日に「わあーもふもふだあー!」と、当たり前に写真を撮ったりちょっとだけ触らせてもらったりしていたあの犬たちは、馬でいうならダービー馬のようなものなのである。そしてもちろん、「裕次郎号」も、その昭和レトロを感じる名前とは裏腹に、その年の世界一立派な秋田犬なのである。超絶美しい秋田犬なのである。漫画「銀の匙」のホル部の牛みたいなものなのである。
しかしブリーダーのカンにも例外があるらしく、展示されている優勝犬の写真に珍しく日本語でない名前の「ガッツ号」という子がいて、その子はペット向けとして売りに出ていたのを展覧会向けに仕立てたものだという。飼い主は外国の方だそうで、いまはこの秋田県で暮らしているという。ちなみに、さっきの「支部」というのは、外国にもあるそうだ。
そして教えてもらって驚いたのだが、展覧会に出陳する秋田犬には、「おすわり」を教えないのだそうだ。展覧会でしっかりと踏ん張って立っている必要があるからで、そういう犬はなんと雨降りでもブルブルしないらしい。しつけの ちからって すげー! と思ってしまった。
裕次郎号以外にもう一つ気になっていたことがある。NHKの、新日本紀行デジタルリマスター版で地元を取り上げたのを何年か前に見たのだが、昭和44年の秋田犬は、いまの秋田犬と随分顔立ちが違ったのである。なぜだろうとずっと気になっていた。
担当の方に教えていただいたところによれば、秋田犬はもともとマタギ犬としてクマを追いかけたりしていたそうなのだが、佐竹藩が藩士の士気を高めようと闘犬を推奨したことで、秋田犬たちは闘犬として育てられたらしい。そして明治のころ西洋からマスチフやグレートデンなどの大型犬を輸入して交配したため、だんだん風貌が洋犬に似てきてしまったのだという。そして、第二次世界大戦のころ犬たちは軍用犬(あるいは毛皮かもしれない……戦争はよくない)として連れていかれて、山奥にひっそりと隠して育てた純粋な秋田犬を、戦争が終わってから徐々に繁殖させ、いまの秋田犬の顔になったらしい。
事実、博物室に展示してある「昭和17年9月8日 宮様の上覧に供さる」というモノクロ写真に写っている犬たちは、いまの秋田犬とずいぶん顔が違うし、忠犬ハチ公の写真もあるがそちらもいまの秋田犬とは顔が違う。この顔が次第に、純血種との交配でいまの顔になったのである。昭和44年の秋田犬は、その過渡期であったのだろう。展示されていた、上皇后さまが皇太子妃だったころのお写真で腕に抱かれていた仔犬も、いまの秋田犬とはなんだか違う風貌だった。
秋田犬にはアメリカン・アキタという犬種もあり、そちらは写真を見る限り、「闘犬にするために育てた秋田犬」にちょっと似ている。ちょっと前に死んでしまったが「わさお」のような長毛秋田犬も、そういう交配が過去にあった結果、ときおり生まれてくるものらしい。遺伝は不思議である。
昔テレビで「本当に秋田犬は忠誠心が強いのか?」という実験をしていたのを見たことがある。部屋から飼い主が出ていったあとの様子を隠しカメラで見る、というもので、ほかの犬種が飼い主が出ていくと一人遊びをするなか、秋田犬だけはドアの前にピタリと座って待っていた。今思うとおすわりをしているので展覧会向けの犬ではなさそうだが、その姿はなんだかとてもいじらしかった。やはり秋田犬は忠犬ハチ公の一族である。
秋田犬という犬種は、人間の最高の相棒なのではないか、と思うのだった。(つづく)
Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
前連載『アラサー女が将棋はじめてみた』
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