【リゾートホテルの怪談】 豪華ホテルの裏の世界
出来ることなら夏休みは豪華ホテルで非日常を楽しみたい、という方も多いはず。どうぞお気を付けください、そんなきらびやかな豪華ホテルほど、恐ろしい闇が隠されているかもしれません。
「リゾートホテルの怪談」を日本宗教史研究家の渋谷 申博(しぶや のぶひろ)さんに語っていただきます。
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旅の楽しみの一つ、ホテルライフ。各種設備が整った豪華リゾートホテルとなればなおさらです。ただし、気をつけてください。素晴らしいところほど、強い想いが残されがちです。
訪れるのがホテルのボーイならいいのですが、頬に傷がある強面のおじさんだとただ事ではすまなくなる危険性があります。ましてやこの世ならざるモノとなれば命に関わることにもなりかねません…。
『窓の外から見つめるモノ』
某私立大学のとある文化系サークルの夏合宿。夜のホテルでは大騒ぎになってしまったそうです。サークルのリーダーの部屋に集まって、最初はトランプなどをやっていたらしいのですが、酒が回るにつれて隠し芸大会みたいになってしまい、最後は全員でアニソンの合唱をしていたようです。
「バンバンバン!」
海に面した窓が荒々しく叩かれ、一同はぎくっとして窓を見ました。すでに外はまっ暗でしたが、その黒々とした窓のまん中に、赤いアロハシャツを着た小太りの中年男が貼りついていたのです。男は窓を叩きながら何か叫んでいるようなのですが、サッシがあるためよく聞こえません。
「あ、すみません。うるさかったですか?」
リーダーはそう言って、窓に向かって頭を2、3度下げてみせました。そして、窓を開けて謝罪しようとするのを、横にいた同学年の女子が止めました。
「ここ13階だよ…」
「え? ベランダに立っているんじゃないの?」
「ベランダなんてない。昼間見なかったの?」
「え? じゃあ、あれは…」
ようやく彼が事態を理解し始めた時、1年生の女子が叫び声をあげました。
「か、下半身がない!」
その瞬間、部屋の明かりが消えました。一同は悲鳴をあげて部屋を飛び出し、その夜は山側の部屋に集まって朝まで過ごしました。
朝になってみると、一同はお化けに怯えて騒いだことが恥ずかしく思えてきました。酔っぱらって幻を見たのではないかと考えたのです。下半身がないと叫んだ子も、はっきり見たわけじゃないと白状しました。
じゃあ、確かめに行こうということになり、一同は寄りそうようにして、その部屋に戻りました。
部屋はコップや紙皿、酒瓶、スナック類が散乱してひどい有様でしたが、そのほかには変わった様子はありませんでした。男が貼りついていた窓にも、なんの跡も残っていません。
「やっぱり幻だったんだ」
「誰かの影が映ったんじゃない?」
「そうに違いない」
「あの男、太ってたからリーダーが映ったんだ」
「ふざけるなよ」
ほっとしたのか、皆は口々に冗談を言い合いました。そのうち、1人が何気なくバスルームの戸を開けました。そして、その場で腰を抜かしました。
バスルームの鏡の中に、昨夜の男の姿があったのです。
『真夜中のプールに浮かぶ無数の…』
海辺のリゾートホテルには目の前がビーチでも、たいていの場合はプールがあります。しっかり管理されているため海よりも綺麗で、子どもにとっては海よりも安全なはずのプールですが…。
高校以来の友人のヒロシとアキラが泊まったホテルには大きなプールがあり、しかも夏期は24時間使えるということでした。
しかし、夕方にチェックインした2人はすぐにレストランからバーへ、そして部屋でも地元の酒を飲んでいたため、プールのことを思い出したのは深夜になってからのことでした。
「酔い覚ましにちょっと泳がないか?」
アキラがスーツケースから水着を引っ張り出しながら言いました。
「ここのプール、水平線を眺めながら泳げるらしいぜ」
「まっ暗で何にも見えないよ。明日にしよう」
「もう日付も変わって明日だって」
アキラは意味不明のことを言ってケラケラ笑いました。
「こんな時間だし、きっと貸し切りだ。行こうぜ」
ヒロシもついにアキラに押し切られてプールに行くことにしました。
「24時間オープンだと、いつ掃除するんだろう?」
長い廊下を歩きながらヒロシはぼそりと言いましたが、アキラには聞こえていないようでした。
夜更けのプールサイドは亜熱帯とはいえ、やはりひんやりとしていて風が吹くと寒いくらいでした。
「本当に泳ぐのか?」
ヒロシは改めてアキラに言いました。
「なに言ってるんだよ。見ろよ、貸し切りだぜ」
そう言うと、アキラはシャワーも浴びずにプールに飛び込みました。
続いて、ヒロシもそろそろとプールに入っていきました。
昼間の熱が残っているのか水の中は生暖かく、どことなくどろっとした感じがありました。掃除のことを気にしたばかりなので、ヒロシは少し気持ち悪いなと思ったのですが、泳いでいるうちに気にならなくなりました。
しばらく泳いでいると少し酔いが回ってきたので、2人はプールサイドのチェアで休むことにしました。
「しまった。ビールを持ってくればよかった」
「まだ飲む気かよ」
ヒロシは呆れながら返事をしました。
「酒じゃなくてもいいんだけど、喉が渇いてさ。こんだけ水はあるけど、飲むわけいかないだろ?」
「当たり前だ」
そんな話をしているうちに、ヒロシはうたた寝をしていました。
「おい、ヒロシ」
不意に揺り動かされてヒロシは目を開けました。
「なんだよ。ビールでも持ってきたのか?」
「いや、そうじゃなくて…」
アキラにしてめずらしく言いよどみました。
「プールがなんか生臭い気がして…」
「生臭い?」
そう言われてみれば、あたりには魚が腐ったような臭いがただよっています。
「それに…」
「それに?」
「プールになんか浮いているみたいだ」
「え…」
起き上がってプールの方を見てみると、たしかに白っぽい何かが浮いているようです。それも一つや二つではありません。プール一面に浮いているのです。
「いつの間にこんなことになったんだ?」
「オレもちょっと寝てて、目が覚めたらこうなってた」
「もう部屋に戻ったほうがよさそうだな」
「でも…何が浮いているのか気にならないか?」
「まぁな。でも、見たら後悔しそうな気がする…」
「ああ、スマホ持ってくればよかった」
「よせよ。もう帰ろう」
ヒロシは先に帰ろうとしたのですが、アキラに腕を掴まれ、プールサイドまで連れていかれてしまいました。
そして、見てしまったのです。プールに無数の腕と脚が浮いているのを。
見渡すかぎり腕と脚ばかりで水面はまったく見えません。人体のほかの部位、頭とか胴体とかは一つも見当たりません。浮いている腕や脚は男のものも女のものもあり、年齢も様々であるようでした。いずれも強い力で引きちぎられたらしく、切り口からは骨や血管がむき出しになっていました。
アキラが震えながら言いました。
「なんだよ、これ…ホラー映画じゃないぞ」
「早く部屋に戻ったほうがいい。行こう」
ヒロシは取り憑かれたみたいにじっとプールを見つめているアキラを引っ張って、ホテルの本館に続く扉の前まで連れてきました。
そして、その取っ手に手をかけたところで「ぎゃっ」と叫びました。
「な、何だよ。おどかすなよ」
アキラは半分逃げ腰でそう言いました。ヒロシは震える指で扉の取っ手を指さしました。
「か、髪の毛が…」
「髪の毛?」
見ると、取っ手には大量の髪の毛が巻きついていました。しかも、その毛はミミズのようにうごめいているようなのです。
どちらともなく叫び声をあげ、2人はそこに腰を抜かしてしまいました。
「どうかしましたか? 大丈夫ですか?」
おそらく監視カメラでプールの様子を見ていたのでしょう、警備員が駆け込んできました。彼は2人の前にかがみ込むと「蛇でも出ましたか?」と尋ねました。この地域には毒蛇がいるので、プールに紛れ込んだのかと思ったようでした。
ヒロシは震えながら言いました。
「プ、プールに腕や脚が。それに扉の取っ手に髪の毛が…」
「腕や脚がプールに?」
警備員はプールサイドに駆け寄ると、水面を見渡しました。さらに懐中電灯であちこち照らしていましたが、すぐに首を振りながら戻ってきました。
「人騒がせだなあ、あんたたち。腕や脚なんてどこにもないよ」
「そんな…」
2人は顔を見合わせました。
「あんたたち、ヤクをやってたね。まいったなあ。警察に通報すべきところなんだが、ホテルの評判に傷がつくしな。いいかい、あんたたち、楽しむのはけっこうだが、まわりに迷惑をかけるんじゃないよ」
50代くらいの警備員はこんこんと説教をしていましたが、2人の耳にはまったく届いていませんでした。警備員の背中から腕が何本も何本も出てくるのに目を奪われていたのです。
『Wellcome to hell』
これは東ヨーロッパの古い街での話だそうです。
街の周辺には中世の古城やロマネスク様式の教会がいくつも残されており、日本からの観光客にも人気がある場所でした。この話の主人公のT氏も、古城めぐりが目的でその街を訪れていました。
予約していたホテルは旧市街のはずれにあり、ガイドブックによれば1920年代に建てられたものを近年リニューアルしたものだそうです。そう言われてみれば、あちこちにアールデコ風の装飾がみられるのですが、設備などはすっかり現代的でエレベーターに乗るのもフロアに入るのもカードキーが必要でした。
昔風のホテルが好きなT氏にはちょっと物足りない感じがしましたが、部屋が清潔なのは嬉しく、滞在は快適なものとなりました。
ところが、日が経つごとにだんだんと部屋が汚れてきたのです。
客室係が掃除をさぼっているということではなく、時間が早送りで過ぎているみたいに急速に古びているように感じられるのです。初日にはピカピカだった洗面台がツヤをなくして黒ずみ、壁紙も色あせています。
部屋の中ばかりではありません。廊下もエレベーターも、フロントさえもそうなのです。例のカードキーも使い古したみたいに印刷が薄れ、端がすり切れているのでした。
しかし、従業員に「3日目前より古びてないか?」などと尋ねるわけにもいかず、T氏は不気味に思いつつも滞在を続けていました。
そして滞在5日目。
城めぐりから戻ってきたT氏はエレベーターの変わりようにびっくりしました。照明が半分消え、鏡にはひびが入っているのです。1階登るごとにガタガタ揺れ、金属が擦れるキキキーという耳障りな音が響くのでした。
廊下はさらにひどい状態で、壁紙があちこちで剥がれていました。床の絨毯もでこぼこで、なにやら黒いモノがかさかさ走っているようでした。
部屋はまるで廃墟でした。ベッドカバーはボロボロで、シーツには黒々とした染みがありました。天井には漏水しているところもあるようでした。シャワーはどうだろうかと蛇口をひねってみると、血のように赤黒い液体が吹き出てきました。
いくらなんでもこれはひどいと思ったT氏は、部屋の電話でフロントを呼び出してみました。すると、男とも女ともつかない人工音声が「Wellcome to Hell(地獄にようこそ)」と繰り返すばかりで、フロントにもルームサービスにも外線にもつながらないのでした。
その時、ベッド脇のサイドテーブルに手紙らしきものが置かれているのに気づきました。取り上げてみると、表書きには「Invitation(ご招待)」と書かれていました。封筒の中には紫色のカードが入っていて、地下の宴会場でパーティーが開かれるのでぜひ出席してください、と書かれていました。
これを読んだT氏は、この国にはハロウィーンと日本のお盆を混ぜたような行事があることを思い出しました。
「そのための演出だったのか? それにしてはやりすぎだと思うが…」
ともあれ、パーティーの様子だけでも見てこよう、そう思ってT氏は部屋を出ました。お腹もすいていたので、なにか食べられるかもしれないと思ったのです。
ところが、部屋の前には中型犬が立っていて、T氏に向かってうなり声をあげていました。T氏は横をすり抜けて行こうとしますが、犬はT氏の動きを読んでその進路をふさぎ、部屋の前から出そうとしないのです。
そのうちT氏はその犬に見覚えがあることに気づきました。10年ほど前に死んだ飼い犬にそっくりなのです。柴犬混じりの雑種だったのですが、額の白い毛の形がまったく同じです。
「お前…太郎なのか?」
T氏が飼い犬の名を呼ぶと、犬はうなるのをやめ、頭をT氏の脚にこすりつけました。
「やっぱり、太郎か。どうして威嚇なんかしたんだ? あっちへ行ってはいけないのか?」
T氏が試しに廊下を進もうとすると、太郎はT氏の脚をくわえ、離そうとはしませんでした。
「わかったよ。パーティーには行かないよ」
そう言いながら招待状を出してみると、二つ折りになった紙の間から血のようなものがしたたっていました。
「うわぁ!」
T氏は招待状を投げ捨てると、太郎とともに部屋に駆け込みました。そして、鍵とチェーンをかけると、部屋のまん中で太郎を抱きしめて朝がくるのをじっと待ちました。
2時過ぎでしょうか、廊下から何かを引きずるような音が聞こえてきました。
ズルズルズル…その音はだんだん近づいてきてT氏の部屋の前までくると「ドサッ!」と、何かが部屋の扉に投げつけられました。またしばらくすると先ほどと同じ引きずる音が聞こえてきて、何かが扉に投げつけられました。そして、また…。
T氏は太郎の首を抱き、その息にだけ意識を集中して、廊下の音を聞かないように努めました。太郎はそんなT氏の頬をやさしく舐めていました。
気がつくと朝になっていました。
部屋はホテルに泊まった最初の日そのままで、カードキーも真新しくなっていました。シャワーの水も無色に戻っていました。そして、太郎の姿も消えていました。T氏はすぐに荷物をまとめると、チェックアウトして空港に向かいました。
帰国後、T氏は菩提寺で太郎の供養をしてもらったそうです。
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渋谷 申博(しぶや のぶひろ)日本宗教史研究家
1960年東京都生まれ。早稲田大学卒業。
神道・仏教など日本の宗教史に関わる執筆活動をするかたわら、全国の社寺・聖地・聖地鉄道などのフィールドワークを続けている。
著書は『聖地鉄道めぐり』、『秘境神社めぐり』、『歴史さんぽ 東京の神社・お寺めぐり』、『一生に一度は参拝したい全国の神社』、『全国 天皇家ゆかりの神社・お寺めぐり』(G.B.)、『神社に秘められた日本書紀の謎』(宝島社)、『諸国神社 一宮・二宮・三宮』(山川出版社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』(日本文芸社)ほか多数。
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