ハート・オブ・アジア─台湾が世界に誇るもの
ガイドブックが取り上げない台湾の魅力
「近くて、あったかい台湾に行こう」
こんな謳い文句で台湾を特集する雑誌が、近頃は掃いて捨てるほどある。
旅行専門誌はもちろん、女性誌でも台湾テーマはもはや定番。ちなみに冒頭に紹介した見出しは日本が誇るゲイ雑誌『BAdi(バディ)』のものである。今やありとあらゆる日本人にとって、台湾は間違いなく、最も身近な海外といえるだろう。
旅の目的はグルメやパワースポット巡り、角刈りガチムチのイケメン探しまで人それぞれ。むろん楽しみ方は各人の自由なのだが、筆者にとってはあまりにも多くの人が「これぞ台湾」と言うべき核心部分に触れることなく、旅をしているように感じる。
台湾という国はゆるさが魅力。漠然とぶらぶら回るのも、それはそれで確かに楽しい。でも、世界広しと言えど、台湾こそがナンバーワンであると断言できるものが、この東シナ海に浮かぶ美しくも小さな島国には数多く存在する。それらに触れずして帰国するのは、実にもったいないと思うのだ。
もっとも、筆者が感じる台湾ならではの魅力とは、ガイドブックで紹介されることはほとんどなく、記述があったとしても数行程度。いくら台湾が誇る「世界一」と言ったところで、大半の旅行者にとっては関心のないトピックばかりだからだ。しかし、あえて強調したい。日本人観光客の多くが無視を決め込む、そのどうでもいい部分に、台湾という不思議の国が持つエッセンスが詰まっている。
小籠包や本場タピオカドリンクを味わうのも、九份や台北101などのありきたりな観光スポットを巡るのだって、もちろん立派な台湾旅行。でも、人と違う楽しみ方を探すべく、視点を変えてみるのも悪くない。ここでは旅を愛する読者のみなさんに、ちょっぴり変化球気味な台湾の見どころをご紹介したい。
労働者&老人がこよなく愛する台湾ならではの嗜好品
台湾に行くと、街角でコンビニよりも圧倒的に多く目にするものがある。地元台湾人、特にブルーカラーのオヤジたちがこよなく愛する嗜好品・ビンロウの屋台だ。
知らない方のために説明すると、台湾ビンロウとは小指の先ほどの大きさのビンロウヤシの実を石灰と共に噛み砕き、抽出される植物性アルカロイドを粘膜から摂取。するとほんのり酩酊気分が味わえるというシロモノで、もちろん身体にめっちゃ悪い。というか発がん性物質の塊であり、その上石灰が歯のエナメル質を溶かすので虫歯の原因にもなる。はっきり言って世の中に存在しない方がみんなのためと言い切れる嗜好品ではあるのだが、ハマると実に奥深いのだ。
ビンロウ自体は何も台湾だけでなく世界中でみられる嗜好品。アジアに限っても中国本土はもちろんミャンマーやインドなど、各地で普通にたしなまれている。ところがクオリティとなると台湾にかなう国は地上に存在しない。なぜこれほどまでに台湾人はビンロウに情熱を傾けるのか、他にもっとやるべきことはあるのではと思ってしまうほどに、台湾ビンロウの「効き」は段違いなんである。
まず、新鮮さが違う。ミャンマーやインドなどではビンロウの実を乾燥させて、刻んだものを使うのに対し、台湾では品種改良を重ねて生まれたアルカロイドたっぷりの実を、フレッシュなままガリガリいく。またベトナムやマレーシアなどでは生のまま味わうことが多いものの、野生の熟しきった実を使うのでやたらと固くてえぐ味がある。小粒で新芽のように柔らかく、ジューシーな台湾ビンロウとは比べ物にならない。
ゆえに、効きは圧倒的。2〜3個口に入れて苦味に耐えつつ噛んでいると、頭がぼんやりしつつもバキバキに覚醒するような、不思議な感覚に襲われる。そしてじんわりとこみ上げてくる多幸感。時にはいい感じになりすぎて立っていられなくなることすらある。こんなものが路上で普通に売っているとは、恐るべし台湾…などと思うのもつかの間、あっけなく効果は消え去る。ただそれだけのものなのだが、一度やり出すと止まらない中毒性を持っているのは確か。筆者は台湾に行く度に1日2〜3袋は空けてしまう。
最近の若い台湾人は、ビンロウなんてやらないらしい。身体に悪いわ、口の中はビンロウの実から出るエキスで真っ赤になるわで、ビンロウ文化を「台湾の恥」と考える人も少なくないようだ。でも、お年寄りやブルーカラーの人にとっては、ビンロウはまだまだ暮らしの一部。筆者は台湾に着いたら毎回まずビンロウを大量に買い込むのが習慣になっているが、屋台の兄ちゃんやおばさんにとっては珍しいのか、大変面白がられる。ぜひ皆さんも食わず嫌いをせず、台湾の人々と距離を縮めるツールと考え、ビンロウにチャレンジしてみてはいかがだろう。おしゃれな今どきの台湾人には、冷たい目で見られるかもしれないが。
台湾グルメの真髄は駅弁にあり
台湾は食事が美味しいとよく言われる。だがこれは、中華圏としてはレベルが高い、と言い換えた方が正しいと筆者は思う。中国本土のように残飯以下としか思えない料理を平気で客に出す店は圧倒的に少ないとはいえ、台湾にも微妙なメシはいっぱいある。しかし、これだけは絶対に外さないと言い切れるグルメがひとつある。台湾鉄道が誇る「台鉄駅弁」だ。
日本のように北海道ならイカ飯弁当、名古屋だったら天むす弁当といったご当地バリエーションはビタ一文なく、意外に広い台湾であろうことかメニューはほぼ「排骨飯(豚バラのせごはん)」一本勝負。厳密には弁当の形や付け合せなど微妙に違いがあるが、日本人からしたら誤差の範囲である。さらに最近は菜食弁当やチキン弁当、鴨肉弁当なども登場しているとはいえ、ほとんどの人が排骨飯を選ぶせいか新メニューの存在感は限りなく薄い。
弁当をパッと見た感じ彩りは希薄で、限りなくしょうゆ色。例えは悪いかもしれないが、貧乏な家の子のお弁当といった趣きである。ところがこの駅弁が、これまた麻薬のごとく中毒性がある。国営、公営が多い台湾の鉄道で独占商売をしているにもかかわらず、台湾のどの駅で食べてもクオリティがぶれない、飽きのこない味。思わず電車の窓から投げ捨てたくなる中国本土の激マズ駅弁とは雲泥の差で、台湾が持つ底力を弁当ひとつからしみじみ感じさせられる。
せっかく海外旅行に行くのなら、珍しいものを味わいたいと思うのが旅人のサガではある。しかし、台湾では滞在期間をフル活用して、ひたすら駅弁を食いまくるのが正解だ。食べれば食べるほどに、茶色に煮しめられた豚肉と湯葉のかたまりの優しい味が帰国してから懐かしくなる。そして駅弁目当てに、また台湾を訪れてしまうのだ。
駅弁は60台湾ドル(約200円)からと、お財布にも優しい。お世辞にもヘルシーとは言えないが、ぜひ女子旅で台湾を訪れる若い女性の方にもモリモリ食していただきたい。
巡るほどにカルマを背負う台湾寺
台湾は自由の島である。政治や思想信条はもちろんのこと、LGBTの世界でもアジアで最も進んだ地域であり、さらに宗教となるともはや手がつけられないほど底なしの自由がある。それゆえに変な宗教施設がやたらと多い。また、伝統宗教に根ざしたものからカルトまで振り幅が大きいのも特徴だ。
宇宙人を信奉する団体、ユダヤ教超正統派、なぜか旧日本海軍の軍艦をまつる寺など数え上げたらきりがないが、その中でも割と敷居が低く、かつ見て面白いのは仏教・儒教・道教がごちゃまぜになった中華寺。胡散臭さが漂いつつも、間違いなく地元の人たちの心の拠り所となっている台湾の寺は、さながらテーマパークのような趣きがある。
信心深い台湾の人たちにとって、商売に成功したらお寺に寄進するのはごく当たり前の行為。田舎の寺院でもなかなかの財力を持っていたりすることは珍しくないのだが、台湾の寺は往々にしてその浄財でわけのわからない施設をおっ立てる。一見何の変哲もない寺かと思いきやベトコンの基地のごとく地下に張り巡らされたトンネルに地獄巡りのアトラクションが備え付けられているところも少なくない。
それが100年後には世界遺産に認められるような立派な作りならまだいいが、電気じかけで動く閻魔大王や餓鬼などはほとんどお化け屋敷のノリで、果てしなく子供だましのレベル。だが、その安っぽさがいい。なんというか、古き良き昭和の空気を感じるのだ。
そもそも台湾全土に言えることだが、今日の日本が既に失った懐かしい感じが、国のあちらこちらに残っている。夜市に行けば日本だったらガラクタ同然のゲームが現役で動いているし、鉄道の駅も日本統治下の建物がまだまだ普通に使われている。それを小汚いと思うか、それともほっこり心が温まると感じるかで台湾旅行は全く違ったものになる。
台湾旅行というものは基本、人生観を揺るがされるような驚きはあまりない。日本といろいろな面で近すぎ るせいか、はっきり言って海外感が薄い。だが、それこそが台湾の魅力であり、日本人にとって台湾が心安らぐゆえんである。1度行ってなんか微妙だったという感想をお持ちの方は、ぜひそこで台湾を諦めずに、2度3度と訪れてどしどし深堀りしていただきたい。ビンロウも駅弁も、変な寺にも興味がない方であっても、台湾には貴方の琴線に触れる魅力がきっとあるはずだ。
<執筆者プロフィール>
もがき三太郎
出版業界で雑誌編集者として働いていたが、やがて趣味と実益を兼ねた海外風俗遊びがライフワークとなる。現在は中国を拠点に、アジア諸国と日本を行き来しながら様々なメディアに社会問題からドラッグ事情まで、硬軟織り交ぜたリアルなルポを寄稿している。
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