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報告書:わたしが出会ったスピリチュアルな人たち

それは、ある自称シャーマンとの出会いから始まった…

 眼の前に未知のものがあるとする。果たしてこれは身体に良いものか、悪いものか…。普通ならば触ってみたり、匂いを嗅いでみたり、またネットで調べたりするものだが、ある人生の大先輩は自分に対してこう言い放った。

「ええもんか悪いもんか、そんなん吸ってみたら一発で分かるんや!

 スピリチュアルの世界ではちょっと名の知れた存在にして、自らシャーマンを名乗るその御方は、庭に生えている花やら野草やら、なんでも乾燥させてタバコのように吸ってみるという素晴らしい趣味をお持ちであった。
 まだご存命ゆえに名前は書けないが、この人との出会いをきっかけに、本来そっち方面に全くアンテナのない自分はスピリチュアルの世界に足を突っ込むことになった。
 しかも、女子が好きそうなスピリチュアルではなく、どちらかというと『月刊ムー』的な、オカルト要素強めのスピリチュアルである。

 サードアイが開いて意識拡大とか、惑星直列で宇宙のエネルギーがどうしたこうしたといった話を鼻で笑うのは簡単だ。でも、そこを本気で、下手したら人生を賭けて信じ抜いている人々というのはあまりにも面白すぎて、自分は彼らを「スピ系w」とか言って遠巻きに笑うことはできなかった。ゆえに、己自身は半信半疑どころか全く彼らの話を理解できないにもかかわらず、自称シャーマンの方を始めとして、ヒーラーやら気功師やらさまざまな人と触れ合ってきた。

 もはやだいぶ時間も経っていて記憶もあいまいではあるが、自分が出会ってきたスピリチュアル界隈の人々のことを、忘れる前に書き留めておきたい。そんな想いから、本気でスピってる方からすれば自分の体験なんぞは世間話レベルであると重々承知の上で、精神世界に生きる人々との思い出を綴ってみた。

聖なる灰はトイレの芳香剤の香りがした

こんな感じの聖者が念じて手から出した灰、それは祈ることで無から有を生み出せるという奇跡。ちなみにこのおっさんはサイババではありません

 自称シャーマンのその御方は、とある山里の古民家に住んでいた。世間的には無職(一応シャーマンだが)、社会に出てからほとんど働いたことがなく、どうやって生活しているのか全く不明。でも、大変魅力的で頭も抜群に良く、周囲にはいつも人の輪が絶えない、ビジュアル的にはもろ世捨て人といった感じのおっさんだった。

 とある週末におっさん家に遊びに行った際、いきなりその人は「今日はビブーティー吸おか」と言い出した。
 ビブーティー、それはスピリチュアル界隈の方には言うまでもないことだが、インドの霊能者サイババが手から出した聖なる灰のことである。
 出てきたのは小瓶に入った薄紫色のお香のようなもの。慣れた手付きで愛用のキセルにそのビブーティーを詰めたシャーマンは、まずは客人にとばかりに自分にキセルを渡してきた。
 内心戸惑いながらも一緒に手渡されたライターで火を付け、いっぷく。味も何もなく、ただトイレの芳香剤みたいな香りがした

「ビブーティーやね」と、その人生の先輩もいっぷくしてひと言。

 疑問は、いっぱいあった。
 なぜ聖なる灰がこんな田舎の山奥にあるのか、つーか本物なのか。というかそれ以前にどういう考えでビブーティーを「吸おか」となるのか。でも、自分は一番気になることをその先輩にぶつけてみた。

 「サイババが手から灰を出すあれって、手品ですよね?」
 返ってきた答えが、また素晴らしかった。
 「あれはな、願ったことは必ずこの世で実現するっていうことを、全ての人に分かるようにやって見せとんねん。だからサイババは偉大なんよ」

 手品かどうかは関係ない、そこやないねん、といったところだろうか。人の想いは、現実世界を動かす。もしこの世界(その先輩は「宇宙船地球号」と言った)に生きる70億人の人間全員が、同じ瞬間に世界の平和を心から願ったら、その瞬間地上から戦争はなくなるとも言っていた。
 そのことを気付かそうとしているのがサイババで、サイババの手から出てきた灰を吸っているのがメッセージを受け取った我々。繋がっとんねん、という地上から大気圏外まで一気に飛び越えるほどの話の飛躍に、自分は圧倒されまくった。


人の念は世界を変える。車の事故も引き起こす


水晶の波動で空間を浄化し癒やしが得られる。と聞かされたが「てゆーか石、ですよね」という思いは最後まで消えなかった。修行が足りない筆者。

 心に願ったことは、必ず叶う。口から発した言葉は、言霊となって現実世界を変える。スピ界隈にはこういった考えの方は非常に多い。これは逆に言えば、悪いことを考えると実現してしまうゆえ、常に心を正しておく必要があり、瞑想やらなんやらで精神に磨きをかけねばならんということになる。
 自称シャーマンの御方の元弟子筋でもある、とある友人は「人の念」というものを非常に敏感に捉える男だった。何か災いが降りかかった時には、大体悪い念が関係しているとよく言っていたのをよく覚えている。

 ある日、その友人が車で事故った。当然、悪い念のせいということになるわけだが、以下はその話である。

 友人は年に1回、1カ月とか長期で海外に行くほどの旅好き。自分も旅行は嫌いではないが、さすがにひとり旅で1カ月ともなるとヒマに感じるんじゃないのと尋ねると、「旅の間に自分と向き合うから退屈はない」ということだった。
 自分と向き合うと聞いて、海でも眺めながら物思いにふけるのかな、といった程度のことを思っていたら、返ってきたのは何ともシビれる答え。
 旅行先でバンガローを1カ月借り切り、有り余る時間を使って鏡の前で自分に問いかけているのだという。彼はその言葉通り、自分自身と向き合っていたのである。

「最初はやっぱり恥ずかしいから『あれ、緊張してます?』とか敬語になるけど、そのうち慣れてきて自分としっかり話し込んでいるうちに、今まで気づかなかった一面が見えてくる」

 鏡としゃべっちゃまずいだろ、なんていう返しは禁物。彼は冗談で言っているのではなく、至って大真面目なのである。
 そんな彼が「でもこれ別に旅行中でなくても、鏡があればどこでもできるじゃん」と気づいたのは帰国後のことだった。
 車のバックミラーでもできるんだよね、という話を聞いて、自分は彼が事故った原因を大方悟ったのだ。確証はないが、運転しながら自分と向き合っていた可能性大。
 でも、友人の中ではあくまで悪い念が現実世界を動かしてしまい事故に遭ったという鋼のごとき確信がある。

 「信じなくてもいいけど、人の念はこういうことを起こすから」
 などといきなり言われて面食らい、そしてブチ切れたのは友人が長年付き合っていた彼女さんだった。
 元々険悪だったふたりの関係は、この一件がきっかけで修復不能になったと聞いている。

スピ界隈の人々と交流して感じたこと

宇宙エネルギーは全ての人々に等しく降り注いでいる。認識できるかどうかは貴方のアンテナ次第。スピの感性、磨くべし!(ただし自己責任で)

 スピリチュアル界隈の人々というのは、ネットワークがとてつもなく強い。紹介された友人の、そのまた友人に紹介されてといった具合に「笑っていいとも」のテレホンショッキング形式で新たな出会いを求めているうちに、気がつくと果てしなく遠い世界にたどり着いてしまうことも珍しくない。
 子宮セラピー、過去世くらいまではなんとかついていけたが、「地底人」「ロスチャイルド」「人工地震」とかいう単語が出だしたあたりで、ヘタレで申し訳ないが自分はこの世界から撤退することにした。

 一点の曇もなく本気で信じている人たちに対して、面白いもの見たさで覗き見ているのが申し訳なく思えてきたこともあるが、自己防衛本能が働いたのも事実には違いない。

 いろいろな出会いを通じて感じたことは、スピリチュアルはガチの人ほど一見うさんくさく見えて、実は金の匂いがしない。というか生活をかえりみずスピリチュアルの世界にはまり込んでいるせいか、はっきり言ってみんなお金がない。逆に言えばセミナーやらなんやらでいい金を取ろうとする人は、打算の部分が多かれ少なかれあるということだ。

 別にそれが悪いと言っているわけではない。ただ、自分から見て面白いし魅力的なのは、圧倒的に前者の方々である。それに比べて、魂の癒やしとか宇宙の波動とか、そんなんあるわけないやろなどと小賢しいことを考えてしまう自分のことを、本当につまらないと思う。

 読者の中に現役スピの方がどれくらいおられるかは分からないが、どうか迷いなく己の道をズンズングイグイ突き進んでいただきたい。

 想いはきっと、我々が生きるこの3次元の世界を動かすと信じて!

<執筆者プロフィール>
■もがき三太郎
出版業界で雑誌編集者として働いていたが、やがて趣味と実益を兼ねた海外風俗遊びがライフワークとなる。現在は中国を拠点に、アジア諸国と日本を行き来しながら様々なメディアに社会問題からドラッグ事情まで、硬軟織り交ぜたリアルなルポを寄稿している。


 
 

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