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【医療ミステリー】裏切りのメス―第55回―

【前回までのあらすじ】
 一連の事件の有力な犯人候補だった尾方肇が、犯人ではないとわかった時、チーム小倉のリーダー・下川亨の頭にはチームの吉元竜馬が犯人候補に浮かんだ。チームの事情に精通し、小倉になりすまして医師として復活したという秘密も持つ。
 自身の考えに弱気になった下川は、妻・佐久間君代に相談すると、佐久間も同じことを考えていたと告白。果たして吉元が犯人なのか。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<鬼畜の所業>

 佐久間君代が以前から吉元竜馬に疑いの目を向けていたことに、私はまったく気づいていなかった。

「いつからなの」

「蒔田さんと白木さんが亡くなったと連絡があって、電話口で下川さんが『誰かに殺された?』とたずねたときよ」

「そんなに早く!?」

 元刑事の湯本利晴から蒔田直也と白木みさおの不審死が伝えられたのは、いまから3ヵ月余り前の2017年1月22日(日)早朝のことである。私と佐久間は東京のマンションで就寝中だった。寝ぼけまなこで携帯に出た私は、まだ死因も皆目わからないのに、2人が殺されたのだと思い込み、それをそのまま口にしていたのだった。

 横で寝ていた佐久間はただならぬ気配に目を覚まし、私と湯本のやりとりにじっと聞き耳を立てていた。湯本の声はまったく聞こえないにもかかわらず、私が発する断片的な言葉だけで、蒔田と白木が死んだことを察知した。そして、私が感じたのと同じように、それが殺人だと直感したのである。

「もし、本当に殺人だとしたら、犯人は吉元先生に違いないと──。なぜ、自分がそう思ったのか、そのときすぐにはわからなかった。でも、いろいろ思い巡らしているうちに、その理由というか、背景がだんだん見えてきたの」

 2人の遺体が見つかった前夜、事件現場の蒔田の部屋で何が起こっていたのか、佐久間は自分なりの仮説を立てていた。その日は蒔田と白木だけでなく、吉元も含めた3人で飲んでいたのではないかと、佐久間は自身の推理を披露した。

「白木さんは私のようなバイセクシュアルと違って、生粋のレズビアンなんだけど、女性よりも男性と飲むのが好きだった。男とワイワイやっているほうが楽しいというのよね。昨年9月、チーム小倉のメンバーになってからは、蒔田さんや吉元先生とよく飲んでいたみたい」

 白木みさおと初めて会ったのは4年前。佐久間と結婚するにあたって、婚姻届の保証人になってもらうために、新宿ワシントンホテルのレストランに招待した。白木はひとりでワインのボトルを2本以上、空け、豪快に笑っていたのをよく覚えている。とにかく、底抜けに明るい酒だった。

「私や下川さんを誘わなかったのは、夫婦の邪魔をしちゃいけないと思ったからじゃないかな。もっとも、私たちが2人だけの時間をすごすのは月2回だけなんだけどね。チーム小倉のもうひとりのメンバーの湯本さんは医療モールの準備で群馬に行っていることが多かったから、声をかけるチャンスはなかった。結局、安井中央病院でよく顔を合わす3人で飲むようになったんだと思う」

 事件現場に3人いて、そのうち2人が殺されたとなれば、もっとも疑わしいのは当然ながら、姿を消した吉元ということになる。捜査にあたった埼玉県警所轄署は蒔田と白木の死はあくまでも心中か、事故死との見方を崩していないが、その後、私と佐久間が狙われたとなると、やはりこれは殺人なのだ。

「吉元があの場にいたかもしれないと、なぜ言わなかったの?」

「可能性にすぎないことを口にするのはさすがに躊躇するわよ。仲間が犯人かもしれないと言っているようなものだから。私の妄想だと思いたかった。それに、チーム小倉への影響を考えれば、滅多なことは口にできないわよ」

 やはりそうか。佐久間が私のパートナーだからというだけではない。創設メンバーのひとりとして、それだけチーム小倉への思いが強いのだ。自分の軽はずみな言動が組織を壊してしまうことを危惧したに違いない。

「吉元はなぜ、チーム小倉のメンバーを狙ったのか。自分の首を絞めることにもなりかねないんだぜ。佐久間はどう思う?」

「吉元先生はいま、小倉明俊として生きている。そのことを知っている人たちを抹殺したかったんじゃないかしら」

<吉元に潜む狂気>

 安井会グループ理事長「小倉明俊」の正体が天才脳外科医「吉元竜馬」である事実を知っているのは本人を除けば、私、佐久間、蒔田しかいない。吉元はこの3人を亡き者にすれば、小倉明俊として大手を振って生きていけると考えたのか。

「吉元の小倉へのなりすましが公になれば、こちらだってただではすまない。蒔田も私も、そして君だって、その事実を墓場まで持っていくほかないんだ。私たちが一蓮托生だということを吉元はわかっていないのか」

「いや、わかっていないというより、吉元先生は私たちに対して、少しも気を許していなかったんじゃないかな。初めて会ったときから、相容れない何かを感じた。常にバリアを張っていた。そのころと風貌はずいぶん変わったし、明るく見えるようになったけど、心の奥底にあるのは一緒。どこまでも孤高の人なんだわ」

 佐久間はこう言って、「吉元先生の内に秘める狂気が怖かった」とつけ加えた。彼女が吉元への恐怖心を口にしたのは今回が初めてではなかった。

 私たちが結婚する際、公にするのを反対したのは佐久間だった。チーム小倉の結束が壊れるというのが表向きの理由だったが、何より、吉元に知られるのを嫌がったのだ。吉元に「怖さを感じる」と本音を洩らした。

「私の吉元先生に対する警戒感は理屈じゃなくて、本能的なものだと思う。この人に知られたら、とてつもない悪いことが起こると胸騒ぎがしたのを覚えている」

 佐久間の予感は半分、当たっていた。私たちがターゲットにされたのは、結婚しているのを吉元が知ってからだ。

 蒔田と白木が亡くなって2日後、湯本がかつて所属していた埼玉県北部の所轄署に捜査協力を求められ、佐久間と一緒に警察署を訪ねた。安井中央病院からこの警察署まで車で10分ほど。ごく狭い地域の中での話である。私たちが警察署に呼ばれた事実はすぐに安井中央病院のスタッフの間に広がり、夫婦であることも知られるところとなった。そしてまもなく、吉元の耳にも入った。

「そうでなくても、吉元先生は下川さんと私を狙ったんじゃないかしら。小倉明俊の正体の秘密を知る者をこの世から消すのが目的だとしたら、犯行を思いとどまるとは考えにくい。ただ、私たちが夫婦とわかれば、一緒にいるところを把握して実行に移せばいいわけだから、一人ひとりを別々に狙うより、成功の確率は高まったといえるかもしれない」

「そうだな。あくまでも吉元が犯人だという前提だが、執着心は相当なものだからな。外科医として復活したのを見ても、それは感じる。何としてもメスを握るんだと思えば、まわりの心配をよそに、強引にその通りにしてきた。走りだしたら、もはや止めるのは難しいのかもしれない」

 では、どうすればいいのだ。私は評論家のような言葉を口にするばかりで、現実の行動につながる答えを見つけることからずっと逃げている。佐久間は苦悩する私を見かねて、部屋まで駆けつけてくれたのだ。自身も命を狙われているというのに。

「湯本に真実をすべて打ち明けるしかないのか。佐久間、教えてくれないか。いま、私の頭の中はカオスに支配され、何ひとつ、まともな答えが浮かんでこないんだ」

「それは私だって同じよ。わかっているのは、湯本さんに話したらチーム小倉はジ・エンドだっていうことだけ。つい8ヵ月前まで刑事だった人に、医師なりすましという犯罪を知らせる一方で、それを伏せておいてくれとはとても言えない。もっとも、湯本さんがチーム小倉への思いがどれだけ強くなっていたとしても、そうした申し出に応じるとは思えないけど」

<直接対決>

 いくら逡巡しても、結局は私自身がけりをつけるしかないのだ。とどのつまり、吉元竜馬という男と対決するほかに、道は残されていないのだ。塀の中にいた吉元を生き返らせ、化け物にしてしまったのは私なのである。その責任はとらなければならない。

「とにかく、吉元と話してみるよ。あいつが犯人と決まったわけじゃないけど、こちらの手札は全部さらけ出して、真実を暴いてやる。その結果、チーム小倉があとかたもなくなってしまい、君にもたいへんな迷惑をかけるかもしれないが、このまま手をこまねいているわけにはいかない。とりあえずは私に任せてくれないか」

「下川さんだけに危ない目に遭わせるわけにはいかない。私も一緒に行動させてください。こういう言い方は恥ずかしいけど、いまや下川さんは私にとって一番のかけがえのない人なんだから」

 熱いものが込み上げてきそうなったが、佐久間の言葉がそれをさえぎった。

「ただ、その前にひとつだけ、やっておきたいことがある。白木みさおさんの供養をしておきたいんだ」

 白木の死については、蒔田が狙われて、その巻き添えになったのではないかと漠然と思っていた。だが、いまはそれが確信に変わろうとしている。もし吉元の犯行なら、白木の命まで奪う必要はないのだ。彼女は小倉明俊が吉元のなりすましだとは知らないのである。

 だが、吉元はあえて、蒔田と白木が一緒にいるところを狙ったとも考えられる。心中に見せかけるために、白木まで犠牲にしたとしたら……。

 私としては悔やんでも悔やみきれない。佐久間に頼み込んで、彼女のかつてのレズビアンパートナーである白木をチーム小倉に引き入れたばかりに、最悪の事態を招いてしまったのだ。

「白木さんの供養を精一杯やろう。それが終わったらすぐに、白木さんと蒔田の弔い合戦だ」

 佐久間は私の言葉に力強くうなづいた。
(つづく)


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