幻の黒い“おといねっぷ”そば これを知ったら もう他のそばは食えない?
チューッス! 鉄道とそばを愛する、編集Sっす!
このたび一個人2021年春号にて、お取り寄せで愉しむ「県民の味」というページを担当しました。
誌面の都合上、本誌には出てない「真実のグルメ」情報を、ここで公開しちゃいまーす。
そばだけに、茹でたての香ばしい話が「もりもり」。
まずは、読んでミソ!
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鉄道がつくった
そばとの意外な関係
数ある日本の鉄道路線の中で、もっとも北海道宗谷(そうや)本線が好きだ。
個人的に魅力的な路線は他にもあるけれど、冬は積雪とマイナスの気温下に置かれる過酷な環境、天塩川に沿って緩く蛇行しながら、ひたすら最果てへ向かう唯一無比のストイックな存在。
どこまでも行っても同じような景色が続き、この先いったい何があるのだろうと思わせる絶望的なほど美しい景色は、他の追随を許さない。
そして行くたび、何か新しい発見をさせてくれる。それも宗谷本線の魅力だ。
私が必ず立ち寄るのが、日本で最も小さい村・音威子府(おといねっぷ)村の中心駅、音威子府駅である。
起点の旭川、終点の稚内、どちらから出発しても、宗谷本線のちょうど中間地点に位置しているのもいい。
お目当てはもちろん日本一美味い「駅そば」を食すためだ。そばを食う、ただそれだけのために降りる価値がある。
音威子府駅の「常盤軒」で注文するのは、大概が温かい天たまそばだ。出来合いの小エビのかき揚げと卵、薬味はねぎ。
真っ黒なそばに、ちょっと甘めの濃いツユが良く合う。このそばが長旅で疲れた胃を満たしてくれる。
かつてはプラット方ーム上にも店舗があり、夜行列車のダイヤに合わせて営業していた。
その「常盤軒」も2020年の秋、親父さんが逝去されたことで、食べることができなくなってしまった。
でも諦めることはない。「常盤軒」と同じ「畠山製麺」で打たれたそばを賞味できる店が、村には数軒ある。
「一路食堂」がそれだ。音威子府駅からは少し離れるが、代わりにドライバーやライダーがこれを求めて、連日行列を作っている。
今回、お取り寄せしたのが、このそばである。
古今東西、津々浦々
そばとはこうあるべし
私が思うに、そばは「もり」に限る。清廉な水で育ったそばは、水で溶き、水で鍛え、冷水で締める。
それこそが本来のそばではないか。
海苔がのった「ざる」そばは、更科系のような白いそばや、日がたって味の落ちたそばならそれもいいが、
音威子府そばのような個性の強いそばに海苔をかければ、強い個性同士がぶつかりあう。せっかくのそばの良い香りが消されてしまうのだ。
良いそばに、薬味はいらない。せめてどうしても使いたいのなら、ワサビかネギのみに限る。
「畠山製麺」の味のある紙パッケージをほどくと、灰色の乾麺が現れる。
乾麺といってもパスタのような感じではなく、やや湿っている感じが残っており、生っぽさがある。
茹で方に各人、流儀はあるだろうが、私はごく普通に茹でる。差し水はしない。
説明通りに茹で、冷水で丁寧に、ぬめりが取れるまで洗う。
茹であがったそばを見て、その黒さに驚く。なぜにこんな黒いのか。
イカ墨か、醤油か、炭でも練りこんであるのかと思わせる。
普通なら捨ててしまう甘皮も一緒に挽くことで、この色とそば本来の香りが出てくるという。
原材料を見ると、小麦粉(国内製造)、そば粉(北海道産)、この材料を160メッシュの製粉として自家製粉する。
断面は四角く、麺は太さもある。まずはツユにつけずに一本そのまま口に入れると、そばの野性味ある香ばしい香りと、
ごりごりした舌触り。かみ締めるとモッチリとした歯ごたえが快感で、そばという概念をぶち壊していく。
なんという香り、なんという味。これがそばか? これがそばなら、今まで食ってきた、そばは何だ?
そばっ食いを自認する者なら、一度はこれを食ってみろ、と言いたい。
このそばは甘いつゆにつけることにより、さらに別の五感を刺激する舌の味雷が開く。
そばは喉越しで食えというが、このそばにはそれが通用しない。こいつは、よく噛み締めてこそ食すのが正しいと思う。
そばっ食いのお楽しみは
食後にあり!
私がそばを食う際、楽しみにしているのが、そば湯だ。
食後にこれを飲むことで、店の良心を知るばかりではなく、そばの出来を知ることができる。
店主が精魂込めて打ったそばも、煮る際にそば粉の多くが湯の中へ落ちてしまう。せっかくの栄養分やエキスも水の中へ落ちてしまう。
ところが、そば湯を飲むことで、一度湯に落ち込んだそば粉を体内に取り戻すことができるというわけだ。
春には春の、夏には夏の、新そばの出回る秋には秋の、そばにはそれぞれ季節の味がある。そば湯を飲めば季節を感じることができる。
中には酷い店があって、流水麺を「手打ち」そばという商品として出しながら、そば湯はそば粉に湯を加えただけの「フェイク」を出してくるが、
そばとそば湯の味が違うことで、すぐ分かってしまう。
さて、このそばの湯はどうか。
そば湯も予想通り、果てしなく黒い。そば猪口に注ぐと漆黒の闇が手の中に広がり、どちらがめんつゆなのか、分からないくらいだ。
濃厚でどろりとしており、悪魔のような顔をしながら、味は滋味にあふれ、天使のように優しい。
そばのもつ甘さと野生味を、ひとくちで同時に味わうことができる。
私の愉しみ方は、まず一口目はストレートで。
次に余ったツユを足し、濃い状態から舐めるように飲み始め、少しずつそば湯を入れることで、だしの味を楽しむことができる。
そして最後にもういっぱい。今度はワサビを溶かして、刻みネギをくわえて飲む。まるで飲む「もり」そばだ。
そば焼酎が手元にあるなら、ぜひ試してみたいのが「そば湯割り」だ。
できれば産地も同じ北海道、十勝産のそば焼酎「なきうさぎ」を合わせてみたい。
これぞ野趣横溢、美酒端麗。どこまでも漆黒の誘惑が、おとなの極上な時間を作ってくれる。
これこそがお取り寄せの醍醐味だ。
こんな楽しみを家庭で味わうことができるのは、果報としか言いようがない。
しかも値段は税込で400円、つゆ350円(冷たいそば用)。
ただし送料がかかるので、仲間とシェアして注文するのがオススメだ。
創業満90年を迎えるという、音威子府の黒いそば。あえて繰り返し言ってしまうが、そば通なら一度は試してみるべき味だ。
●そばっ食いの編集S
一週間に一度はそばを食する「めん食い」編集者。
首都圏でのオススメは、JR東神奈川駅ホームにある「日栄軒」。
創業時から一度も変えていないツユの味は芳香にして濃厚。
のけぞる大きさの穴子天そばは絶品!
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