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【医療ミステリー】裏切りのメス―第44回―

【前回までのあらすじ】
 尾方肇と対峙することを決めた「チーム小倉」のリーダー下川亨は、メンバー全員で集まり今回の事件の顛末と尾方と直接会う方針を話し合った。メンバーは口を閉ざしたが、元刑事の湯本利晴が面識ある尾方とのアポイントを取り付ける、と請け負う。尾方との直接対決が迫っていた。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<尾方と湯本>

 私は尾方肇と対決するにあたって、予告なしに奴のねぐらを強襲するつもりだった。だが、そうはならなかった。協力を約束してくれた湯本利晴が尾方から面会のアポイントを取りつけたからだ。

「義理の母の峯田友子に連絡を入れると、すぐに尾方につなげてくれたのです」

 尾方が獄中結婚した林佳怡(リン・ジャイー)の養母である峯田は、元刑事の湯本にそれほど悪い印象は持っていなかった。湯本が尾方を逮捕できたのも、潜伏先のヒントとなる情報を峯田が洩らしたからだった。峯田の養女となり、峯田佳子(現・尾方佳子)と名前を変えていたジャイーについては、犯人蔵匿に問われる恐れもあったが、湯本が上司と掛け合い、不問となった。ジャイーの取り調べも新宿御苑近くの峯田のマンションで行われ、湯本が勤める埼玉県北部の警察署まで呼び出すことはなかった。これも、湯本が便宜を図った結果である。

「峯田友子はジャイーに対する配慮にとても感謝してくれていた。しかも、一度けじめをつけるという意味でも、尾方の逮捕を歓迎していたのです。とはいえ、ジャイーが奴と結婚するとは思っていなかったようですが」

 湯本が峯田から教えられた携帯番号にかけると、すぐに尾方が出た。電話がかかってくることを峯田が知らせていたのだろう。なお、その番号は以前、警察が把握していたものとは違っていた。番号を変えたのは、尾方としては、企業舎弟を務めていた鈴代組と縁を切る目的もあったようだ。
 
「逮捕したのも取り調べたのも僕だったことを尾方はよく覚えていました。でも、恨みに思っている様子は、その声からはみじんも感じられなかったんです」

 逮捕されるとき、尾方はまったく抵抗する素振りを見せなかった。覚悟していたというより、このあたりで塀の中に入って、いったんしがらみを断ち切っておいたほうが得策だという計算が働いていたのだろう。

 今回、連絡をとろうとしたわけを、湯本はほとんど脚色せずに尾方に話した。駆け引きしても、この相手には通用しないと思ったからだ。チーム小倉の主要メンバー2人が不審死を遂げたこと、私たちが尾方の関与を疑っていることなどを伝えた。

「相当な剣幕で怒りだすと覚悟していたんですが、意外にも尾方は声を荒げることもなく、『湯本さん、さすがにそれはないよ』と一笑に付したのです」

「そうか……。私の推理はまるで見当はずれだったのかな」

「何とも言えません。僕も尾方の表情を確認したわけじゃないですから。刑事生活約20年の間に、500人以上の被疑者の取り調べにあたりましたが、顔のパーツひとつひとつの微妙な動きを追っていれば、それだけで大体、そいつがクロかどうかわかる。でも、声だけでは……。いくらでもごまかしが利きますからね」

 明確な判断を口にしない湯本に対し、私は自分でもちょっとしつこいと思いながら、彼の見立てをたずねた。

「本当にわからないんですよ。尾方がかつてホストクラブにいたことを考えれば、声色を使い分けるくらい、お手のものでしょうからね。現段階で結論をつけるのは危険だと思います。あまり先入観を持たないほうがよさそうです。とりあえず、奴と会う算段はつけましたから、勝負はそこからです」

 なんだ、会えるのか。先にそう言ってくれればいいのにと、私は内心、苦笑していた。湯本がもったいぶる男だと知って、意外な気がした。自分の挙げた成果を真っ先に吹聴するタイプと、最後の最後にやっと明かすタイプがいる。湯本は後者だったのだ。他者に認めてほしいという気持ちが強いのは、実はこちらのほうだ。

「チーム小倉の代表を連れていくと言ったら、ぜひ会いたいと。下川さんの名前はよく知っていました。同業者として、いずれは顔を合わさなければと、向こうは思っていたようです」

 こちらは病院再建屋という自負を持っている。病院乗っ取り屋の尾方と一緒にされるのは不本意だったが、奴が自分と同類と見るのはしかたないかもしれない。アプローチの方法はそれほど変わらないのである。違うのは、病院を掌中に収めたあとに、それをどうするかだけだ。すぐにカネにするか、育ててさらに大きくするか。アリとキリギリスの差くらいはあるだろうが、アリだからと胸を張るのも気が引けた。

<絶世の美男美女>

 2017年2月19日午後2時、私、湯本、そして佐久間君代が尾方のマンションの前に集まった。峯田友子が尾方・ジャイー夫婦のために、自分が住むマンションで別の部屋を購入したものだ。本当ならまだ、尾方は刑務所の中にいたはずだが、受け入れ態勢がしっかりしていることがプラスに働き、昨年11月、予定より8ヵ月も早く、仮釈放が認められたのだった。

 この日は第3日曜日。いつもなら、佐久間と2人だけの時間をすごす日である。尾方が日時を指定してきたので、4年前に結婚して以来、続けてきた夫婦のルールを破る羽目になった。だからというわけではないが、佐久間も尾方との対決の場に同席したいと言いだした。かつてのレズビアンパートナー白木みさおを死に追いやったかもしれない相手をこの目で見ておきたいというのだ。

「もし、本当に尾崎が犯人なら、その顔を目に焼きつけて、復讐の気持ちを奮い立たせたい」と佐久間は言った。白木をチーム小倉に引き入れたのは自分だという自責の念を引きずっているようだった。

 湯本はマンションの集合玄関機で尾方の部屋番号を押した。まもなく、インターホン越しに「お待ちしておりました」と、女性の柔らかい声が聞こえてきた。たぶん、ジャイーだろう。私たち3人は尾方の部屋のある7階に上がっていった。

 玄関を開け、姿を現したジャイーを見て驚いた。往年のハリウッド女優ローレン・バコールを彷彿とさせる知性と妖艶さを漂わせていた。身長も170cm近くあり、その美貌に気おくれさえ覚えた。現在、36歳のはずだ。

 奥の部屋に入ると、尾方が立って待っていた。約180cmの細身。話には聞いていたが、想像以上の端麗さである。私が東京拘置所で出会った吉元竜馬の美しさにも圧倒されたが、尾方はそれ以上かもしれない。先月、44歳になったばかりだというが、30歳前後にしか見えない。

「下川さんですね。尾方です。湯本さんとは何度も会っていますが、下川さんとは初めてですね。こちらは?」

 緊張した面持ちの佐久間が「下川の妻の君代です」と答えた。彼女が自身を妻と名乗るのを初めて聞いた。考えてみれば、私たちは夫婦だと明かしたことがほとんどなかった。都心の私のマンション近くにある定食屋の主人には、佐久間を連れていった際、妻だと紹介してあったが、現在の本拠地である埼玉県北部の安井中央病院界隈で2人の関係を知る者はほとんどいなかった。婚姻届の保証人になってくれた白木はすでにこの世にはいない。あと知っているのは、ついこのあいだ打ち明けた湯本くらいである。

 それにしても、尾方の態度は予想外だった。元国立大医学部生とはいえ、20年も前の話だ。中退してからは、反社会的勢力の泥沼のような世界にどっぷりと浸かってきたのである。染みついたアカがそう簡単にとれるとは思えなかったが、目の前の尾方はとても紳士だった。自身の犯行をにおわせないように、皮をかぶっているのか。

「湯本さんから、チーム小倉のお二人のご不幸についてはお聞きしました。お悔やみ申し上げます。白木みさおさんという女性は存じ上げないのですが、蒔田直也さんの名前はよく耳にしていました。お会いする機会は残念ながらありませんでしたけど」

 チーム小倉を結成する前、蒔田は埼玉県の創業一族が経営する総合病院に医療コンサルタントとして乗り込み、こじれていた労使問題を解決。その後、事務長に就任し、赤字続きの経営を見事に立て直し、北関東の医療界では事務方の実力者として「蒔田直也」の名が知られるようになっていた。それは、尾方の耳にも届いていたようだ。

<核心を切り出した下川>

 私、尾方、佐久間、湯本の4人は最近の病院経営問題について、とりとめもなく話をしていた。湯本は長年、安井会グループ前理事長の安井芳次と懇意にしてきたこともあり、元々、病院事情には明るかったが、昨年9月からチーム小倉に正式に加わり、さらにくわしくなっていた。医療モールの立ち上げを任され、猛勉強したようだった。

 尾方もつい3ヵ月前まで塀の中にいたとは思えないほど、最新情報に通じていた。専門誌を毎月、何冊も取り寄せて、刑務所の自由時間に目を通していたらしい。話はおもしろく、その見識には感心させられるばかりだったが、そろそろ本題に入らなければならない。

 ただ、ジャイーがいる前で、夫の悪事を暴くことになっていいものかどうか。飲み物やお茶菓子の用意をして、かいがいしく動いていたが、そのうちテーブルの席に着き、私たちの会話に耳を傾けていた。対決するにしては、あまりに場がなごみすぎていた。佐久間が私の顔をちらっと見た。あまり長引かせてもしかたないと、その目は言っているようだった。私は気持ちを奮い立たせて、切りだした。

「ところで尾方さん、あなたはチーム小倉を恨んでいるのではないですか」

 まわりくどい言い方だが、その真意を切れ者の尾方ならすぐに察するだろう。事前に、こちらが疑惑の目を向けていることは伝えてあるのだ。しかし、尾方はすぐには口を開こうとはしなかった。テーブルを囲んだ5人の顔にはそれぞれに緊張の色が浮かんでいた。
(つづく)


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