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自分の趣味をラノベ風に書いてみたら 第5回『サボテンサマー』

テキスト:金澤流都 https://twitter.com/Ruth_Kanezawa
イラスト:真藤ハル https://twitter.com/shindo_hal

第5回『サボテンサマー』

「原初の太陽」というものを見たことがある。それは「帝玉」という多肉植物の花だ。
 ことの始まりは2013年の3月にさかのぼる。図書館員の母が、多肉植物の写真集を図書館から借りてきたのである。それを見てわたしはすさまじい衝撃をうけた。ボボボーボ・ボーボボに初めて出てきたイケメンの名前が「へっぽこ丸」だった、そんなインパクトだった。

 これが本当に植物なのか、というような奇天烈な姿をした植物の写真がてんこ盛りだったのだ。そのころわたしは「多肉植物=おばさんの趣味」程度の認識で、つまり自分はおばさんではないと思っていた。しかしその奇妙な姿の植物を見て、わたしは「これはただのおばさんの趣味じゃない、ぜったいに欲しい」と思った。その奇抜な姿の植物を、コレクションしたいと考えた。それが運の尽きだったとはそのときは知る由もなかった。

 よく種類も育て方も知らないくせに、もしかしたら多肉植物があるかも、とホームセンターに行ってみると、まさしくヘンテコな姿の「帝玉」という植物が売られていた。こいつは完全に石ころの姿をしていて、その石ころの割れたところからにょっきり花芽がついている……というものだった。どうぶつの森ならスコップでつつけば鉱石がゲットできるかもしれない
 どんな花が咲くのか、とてもワクワクして毎日眺めた。そしてついに咲いた花は、「原初の太陽」といった感じの、どでかいオレンジの花だった。その堂々とした花に感動し、アフリカの砂漠では太陽がこういうふうに照っているのかなあ、などと夢がひろがりんぐした。

IMG_3275_Original 帝玉

帝玉↑

 しかしその帝玉という植物は、砂漠の植物なのでとても湿度に弱くて腐りやすく、それゆえ別名を「腐れ玉」とも言い、夏ごろにあっさり腐って枯れてしまった。
 そのころは本当に、節操なく「これ可愛いなあ。二百円じゃん買おう」みたいにして多肉植物やサボテンを買いあさっては、縁側に置いてある台の上に並べてニヤニヤしていた。いちど集め始めると止まらない性分だからだ。どうぶつの森のチョコエッグだってチョコレートを見たくなくなるくらいまで買いまくった人間に、多肉植物なんていうコレクション性のカタマリみたいな趣味を与えるとこうなるのである。なので縁側の台はすぐ満員になり、新しい花用の台まで買った。ろくに見もしないくせに温度計まで取り付けた。

 しかし多肉植物を節操なく集めたので、そのまま節操なく枯らすことになってしまった。うっかり鉢を落として植物が割れて腐ったとか、日当たりが足りなくてヒョロヒョロしたとか、そういうポカを何度も繰り返した。カトリックだったら懺悔しているところだ。
 それに反省して、いまは面倒を見られる数だけ育てている。

 多肉植物だけでなく、ふつうの植物も好きである。特に花がかわいいやつが好きだ。
 2019年のはじめごろ、無性に散財したくなり、近所のローカル展開のホームセンターに向かった。そのローカル展開のホームセンターは一見ぼろいが植物コーナーが充実していて、無数に花が咲き誇っている。
 たくさんありすぎてまさに植物天国! というほどたくさん花があり、最初は安売りの小さな君子蘭(クンシラン)にしようかな、と思ったが、そのとき頭をかすめたのは親戚の家の一部屋を占領する大量の君子蘭の大株であった。そんなにでかくなって場所をとる植物は我が家では無理だ。それに蘭とバラは手を出したら底なし沼、というイメージがあった。種類もたくさんあるし、肥料や剪定や植え替えなどやることがたくさんある。バラや蘭にまで手を出したら、金銭感覚の未熟なお子さんがソシャゲのガチャに溶かすみたいにお金が出ていく気しかしない。
 そこで店員さんを捕まえ、「予算500円で可愛い花が咲いて世話の簡単なやつありませんか」と訊ねると、小さなエニシダの鉢を勧められた。なるほど花が可愛いし丈夫そうだと思ってそれを買うことにした。

IMG_0829_Original エニシダ

エニシダ↑

 さて、そのエニシダを家に持ち帰り、部屋の机の上に飾ってみた。
 エニシダの花はすごくいい匂いがして、自分の部屋が美少女の部屋になったように感じた。いかにもさわやかな女子高生みたいな匂いである。最近、女性用シャンプーで頭を洗って美少女の香り! とか言っているオタクの殿方をよくツイッターで見るが、そんなのより部屋にエニシダの鉢を飾ればいいと思う。部屋の空気もきれいになるし、緑と黄色が目に優しいからだ。
 しかしエニシダはその年の夏に、水やりに失敗して煮えて枯らせてしまった。帝玉のときと同じパターンである。エニシダの無念はいかほどであっただろうか。わたしの部屋をおしゃれな女子高生の部屋のような香りにしてくれたエニシダを、根っこが煮えるという石川五右衛門の釜茹での刑のようなひどい目に合わせてしまった。ごめんなさい。

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 その年は母の日に便乗して自分用のガーベラも買った。スーパーの花屋でどーんと咲いているのを見て、欲しくなってしまったという。そのガーベラを買ってきて一年経ったが、いまは葉っぱしか出ていない。多分栄養が足りないのだと思う。葉っぱの黄色く古くなったところをむしったら元気な葉っぱまでむしれてしまい、「やらかしたー!」と叫びが出たが、そこからまた芽が出て元気よく伸びてきた。こいつは強いぞ。また花が咲くのを楽しみに育てている。

 多肉のほかに、ずっと気になっていたのがシクラメンである。わたしはNHKの「植物男子ベランダー」というドラマがとても好きで、毎週楽しみに見ていた。
 そのドラマのシクラメンの回を見てから、何かにつけてシクラメンが気になってしまうようになったのである。シクラメンのエピソードは分かりやすくシクラメンが出てくる話ではなかったような気がするのだが、とにかくシクラメンの鉢植えが欲しいと、あたかもアニメ本編を知らないのに知っている「残酷な天使のテーゼ」のメロディのように刷り込まれてしまった。
シクラメンはスーパーの花屋でもシーズンになれば当たり前に売られていて、いいなあ欲しいなあ、と思い、植物男子ベランダーで覚えた「シクラメンのかほり」を口ずさみつつ、お小遣いの足りない財布を嘆いた。

 こんなふうにずっと「シクラメンが欲しいなあ」と思っていたのだが、2020年の正月、エニシダを買ったホームセンターの初売りに向かうと、堂々たる鉢植えのシクラメンがずらりと並べられていたのである。どれもきれいでさんざん悩んだ末、白い可憐な花のものを選んだ。値段はなんと五百円から余裕でお釣りのくる可愛いプチプライスだった。こんなに可愛い値段でこんな立派なシクラメンが買えるなんて! と大喜びして家に帰った。

IMG_1846 シクラメン

シクラメン↑

 シクラメンの育て方をググって調べると、シクラメンというのは冬は湿潤で夏は乾燥したところの植物で、日本の気候とは真逆のため、「毎年シーズンになればどこの花屋でも手に入るので、ワンシーズン楽しんだら枯らしてしまうほうが肥料などの値段を考えるとリーズナブル」とまで書いてあった。わたしはエニシダを枯らせたあたりから植物を枯らすことに罪悪感をおぼえるタイプの人間になっていたので、お金がかかっても来シーズンも咲かせたい、と心に決めた。

 そういうわけでいま、現在進行形でシクラメンをせっせと世話しているのだが、どうにも世の中の人がすぐ枯らしてしまうというのは、ストーブを焚いた部屋の中に置いたり水をやりすぎたりするせいじゃなかろうか、と思うのである。
 涼しい玄関に置いて、水をやりすぎないようにしたら、なんと五月まで花が咲いていた。ハウツー本を読む限りでは五月には葉っぱだけになっているはずなのだが、植物は育ててみないとどういうものか分からないのだな、としみじみ思った。

「育ててみないと分からない」というのはどんな植物でも一緒で、多肉植物の本で「腐りやすいので上級者向け」と書かれているのに初心者のころ興味を抑えきれず買ったリトープスは枯れずに元気で何年も過ごしているし、逆に「育てやすくて初心者向け」のセダムやエケベリアはかたっぱしから枯らせてしまった。
 植物とはいえ命であることは変わりない。だから最近は、世話のできる数だけ可愛がることにしている。

 それに今は自分でエッセイを書いてお小遣いを稼いでいるので、お金の尊さというものをしみじみ感じ、植物はよほど欲しくないかぎり買わないことにしている……のだが、この間百均にいったら入荷直後でとれとれピチピチの多肉植物やサボテンが並んでいて、うっかりサボテンの銀手毬というのを買ってきてしまった。可愛いのでずっと眺めている。

 植物大好きになったのは大人になってからだと自分では思っていたが、幼稚園のころに水栽培のヒヤシンスを育てたり、中学生のころは種から育てたアボカドを可愛がっていたりしたので、どうやら三つ子の魂百までというやつらしい。祖母や曾祖母もみなもれなく花が好きで、母方の曾祖母は「そんなに好きなら和えて食えばいいべ」と言われるほどの花好きだったらしい。遺伝である。祖母の買い物大好きの遺伝子の上からお花大好きの遺伝子をぶちこまれて、鉢植え大好きの人間になってしまったのである。
 植物というのはその姿を眺めてニヤニヤするだけで三十分は余裕で吹っ飛ぶ。葉のかたち、茎、トゲ、幹と、その姿は見ていて楽しい。まして、奇妙奇天烈な珍奇植物であればなおさらである。そして花が咲いたりしたら、泣かんばかりに喜んでしまう。

 植物は命の塊だ。命だから大事にしなくてはならないし、安易にインテリアにしてはいけないと思っている。
 鉢植えの世話をするのは、もしかしたらわたしの趣味のなかでいちばん健康的な趣味かもしれないな、と思っているし、これだけは正直に他人にお勧めできる趣味でもある。
 植物を育てて、原初の太陽を見るような体験ができただけで、わたしは幸運なのかもしれない。楽しいですよ、植物。

Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
前連載『アラサー女が将棋はじめてみた』
Twitter:https://twitter.com/Ruth_Kanezawa


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