北京抗日記念館2

いざ、日の丸背負って大陸ブラックツーリズムへ! 万里の長城より心に残る 「中国抗日遺産」への誘い

観光よりも刺激派のアナタへ

 旅行の目的は人それぞれ。未だ見たことのない景色、新たな出会い、自分探し等々、求めるものはみんな違って当たり前だ。高い志を胸に国際ボランティアとして最貧国を巡る人もいれば、しょうもない買春トラベラーだっている。そんな目的の是非はともかくとして、やはり旅にはテーマがあった方がより楽しめると感じている。もっと言えば、体験した後に生涯脳裏から離れないような、どっしり心にのしかかる重いテーマを課してこそ、旅は真に価値のあるものになると筆者は考える。高いエアーチケット代を払い、貴重な休みを丸ごとぶっこんでおきながら、日本に帰った瞬間忘れるような旅行にさほどの意味があるとは思えないのだ。

 子供の頃の記憶を例に挙げると分かりやすいと思うが、人間は楽しいことよりも悲しい思い出、辛い思い出の方が心に深く刻まれるもの。小学校の頃に好きだった子の顔は思い出せないが、担任教師からくらった鉄拳制裁はたぶん一生忘れないだろう。
 大人になってからの旅もまた同じ。感動は時間と共に薄れていくのに、なぜかボッタクリにあった記憶は消えることがない。何が言いたいかというと、どうせ旅行に行くのなら「非日常」を味わった方が、心に残るものが多いということだ。 さて、夏休みなども見据えて、旅の計画を練っているそこの貴方。異国をぶらり街歩きもいいけれど、頭を後ろからバットでフルスイングされるような忘れ難い旅にチャレンジしてみてはいかがだろうか? 

いざ、決して歩み寄れない場所へ

 そこで筆者がオススメするのは、日本人にとって鬼門中の鬼門、行けばトラウマ確定の「抗日遺産」。中国各地に山のようにある革命の聖地に「日の丸背負って特攻しちゃいなYO」的なお誘いなのである。
 「なぜそんなところへ行かねばならぬのか?」というのが普通の反応であると思うが「抗日遺産」はめっちゃ面白いと断言する。というか「イイもの見せてもらった感」が半端ではないのである。そして、そんな「抗日遺産」の中でも特に筆者が推すのは、反日テーマの博物館である。

 有名かつ展示内容にエッジが効いてるものとしては南京にある「侵華日軍南京大屠殺遭難同胞記念館」(いわゆる「南京大虐殺記念館」)、北京の盧溝橋からほど近い場所に位置する「中国人民抗日戦争記念館」、それから旧満州ハルビンの「侵華日軍731部隊罪証陳列館」などだろうか。どれも日本人が単身乗り込むのは勇気がいる場所である。
 筆者はいつもこれらの場所を、頭をカラッポにしてから訪れるようにしている。「ぬぬ、被害者30万人だと…」などとツッコミどころは多々あるものの、そこで止まってしまうと先に進めず気づきも得られないので、歴史認識問題はとりあえず横に置く
 すると、両国の歴史的論争とは違った視点やイデオロギー(それはつまり真面目に問題に向き合っている人からしたらどうでもいい話とも言いかえられるが…)に縛られることなく、冷静に観察できるというわけだ。

 さて筆者が日本人こそ抗日博物館を訪れるべきと提唱する理由のひとつとして「館内がどこもかしこも日本語だらけで見やすい」ということが挙げられる。それは日本語の説明が添えられているからだけではない。この手の博物館の展示物は基本的に、日本側の史料が占める比率がやたら高く、戦前発行された日本の新聞や旧日本軍の命令書、侵略行為を反省するために書いたとされる日本兵の手紙などで溢れているからだ。
 当然我々日本人は、それらを隅から隅まで読むことができる。対して中国人の参観者は「…日本許すまじ」などと思いつつも、中国語の説明文をざっと見て素通りするしかない。
 中国語を解する日本人であれば、展示物のほぼ全てが読んで理解できてしまうため、ちゃんと見て回れば丸1日つぶれてしまう。

「抗日遺産」で見るべきものは… 

 例えば、南京虐殺記念館。ここは入場無料ということもあり、いつ行っても大盛況。土日になると行列ができるほどの人気観光スポットである(ちなみに中国の博物館は月曜休みが多いので要注意)。そんな観光客を当て込んで、博物館の周囲にはプラスチック製の中国国旗を売るおっさんおばはんが商売をしており、愛国ムード一色
 入館すると目につくのは虐殺場面を写したとされる写真の数々であるが、日本人としては是非、展示されている日本の新聞や少年雑誌などをご覧いただきたいところである。
 日本軍の南京入城は1937年12月。当時の新聞を熟読すると、いかに日本が戦勝に浮かれていたかが見て取れる。それはあたかも首都南京陥落で中国が屈服し、戦争が終わると確信しているかのような勢い。国の意向に沿って書かれたものというよりは純粋に万歳万歳といった調子で、我々現代の日本人が持っている軍の検閲に縛られた戦前のマスコミというイメージとはだいぶ違う。
 さらに新聞をつぶさに読むと1面で戦勝を報じる一方、しょうもないベタ記事やほのぼのとした広告なんかも一緒に載っていたりして、当時の社会がまだ戦争一色に染まっていなかったことが伺える。書いてある内容が違うだけで、今日の新聞と比べても構造は同じというか、読んでいてさほど違和感を感じないのだ。むしろ今日の中国で発行されている新聞の方がはるかに報道統制が行き届いていて、ニュースを伝える媒体としては異常であるとすら感じてしまう。

 論争のある「100人斬り」についても、ほとんどスポーツ面みたいな扱いで「鎬(しのぎ)をけづる大接戦!」とか思いっきり煽って書かれている。おそらく戦前の日本人は「イチロー何千本安打達成」などと同じノリで読んでいたのではないかと想像できる。日米開戦以降とは比べられないが、少なくとも南京陥落のこの時点においては、大多数の新聞は売上を伸ばすために読者が求める記事、つまり戦勝速報を各社競って前のめりに報じていたのだろう。それがどのような結果を生んだかは説明するまでもない。

 利益至上主義で魂を売る傾向が今のマスコミに全くないかといえば、もちろん否である。戦前と今日の日本の新聞に同じ体質があることを、我々はよりによって南京虐殺記念館というマッドな場所で気付かされるのである。
 これが少年雑誌になるともっと過激で、何かの付録と思われる「南京入城遊び」というボードゲームが陳列されていた。個人は、まして子供は時代に抗えない。自分は昭和50年代生まれのファミコン世代であるが、生を受けるのが半世紀早かったら友達の家に集まってテトリスやドンキーコングではなく「南京入城遊び」に興じていたと思う。他にも丸尾末広の漫画に出てきそうな超美形日本兵のイラストなども展示されており、とにかく見どころ満載の一言に尽きるのだ。

反日感情の誕生と変化

 さて、抗日記念館を中国人はどのように見ているのかというと、当たり前だが真剣の一言に尽きる。セルフィー好きな中国人とはいえ、さすがに38式歩兵銃やら日章旗をバックに記念写真を撮っている人は少ない。日本人であることがバレたら袋叩きにされるのではなかろうか、という緊張感が館内に漂っているのも事実だ。
 特筆すべきは、シビアな展示テーマにもかかわらず子供もしくは学生がやたらと多いということ。特に平日に行くと、近所の小中学校から課外授業か何かで来たとおぼしき団体によく出くわす。彼らの目に展示物がどのように映るか、なんてことは想像するまでもないだろう。大半の中国人にとって「抗日遺産」とはすなわち反日意識培養装置に他ならない。


 以前、とある中国人と反日感情について話し合ったことがある。なんでも「中国人」と一括りに言っても世代や家柄、育った環境などによって、日本に対する感情には差があるらしい。ちなみにその人は中ソ対立の時代に思春期を過ごしており「私が若い頃はソ連が敵と教わりました」とか言っていた。
 では現在の中国人の若者たちはどうかというと、これはもう疑いなく浴びるように反日教育を受けて育った世代である。抗日記念館の前で整然と並ぶ中国の学生たちを見ていると、将来の日中関係に憂いを覚えざるを得ないというのが筆者の率直な感想だ。

 ところが今、中国人の日本に対する感情は好転しつつある。「言論NPO」という組織が行った意識調査によれば、日本人の対中イメージが悪化の一途(2018年で「悪い」が8割強)をたどっているのに対し、中国人の日本へのイメージは明らかな改善がみられる(2018年で「良い」が約4割、「悪い」が5割強)。
 理由を分析するに、観光で日本を訪れる中国人が増えたこと、中国人が豊かになって昔のような対日コンプレックスをさほど抱かなくなったこともあるだろうが、当局主導の反日プロパガンダの明らかな抑制も要因として大きいと思う。読者諸兄はこんな抗日博物館が中国各地にある以上、関係改善も何もないものだと思われるかもしれないが、中国は近年明らかに日本に対して手心を加えている
 
 例をひとつ挙げると、中国で毎日夜7時から流されるプロパガンダの塊みたいなニュース番組に『今日の英雄烈士』というコーナーがある。中国革命に命を捧げた英雄を1日1人紹介するという日本の基準でみたらニュースでもなんでもない内容なのだが、革命烈士を紹介する際に「抗日」「反日」の要素には絶対触れない傾向がここしばらく続いているのである。だからどうした、と言うなかれ。2012年に尖閣問題で両国関係が大炎上した時期から考えれば(中国基準では)これは大きな変化といえる。
 それ以外にもニュースを見ていると、従来なら「ここは日本を叩くだろうな〜」といったタイミングで、少なくとも国営メディアは明らかに手加減をしているのが分かる。これは米中貿易摩擦よりだいぶ前から見られた傾向で、今となってはさらに「日米をまとめて敵に回したくない」という意図から、より日本批判が抑えられていく可能性がある。ご都合主義ともいえるが、個人的には罵詈雑言を浴びせられるよりかはマシだと思う。

何を思い、何に気づけるか

 それにつけても中国各地の「抗日遺産」を巡って思うことは、このテーマにおいてはお互いの歩み寄りは極めて難しい、というか、ほぼ不可能だということ。
 あまりにも両国の歴史認識が違いすぎるうえ、中国にとっては共産党政権の正当性に直接関わってくるトピックでもあるため、経済案件と違って妥協やディールの余地は皆無に近いだろう。
 我々ができることといえば、冷静を保ちつつ自国の主張を理性的に先方へ伝えること。また、歴史認識だけが問題の全てではないと認識することくらいだ。
 喧嘩は頭に血が上った方が負けである。興味がある方はどうか「なにっ! 反日博物館だと!?」と身構えず、心に余裕を持ってふらりと訪問してみることをオススメしたい。世界遺産とはまた違う、刺激に満ちた体験が貴方を待っているはずだ。

<執筆者プロフィール>
もがき三太郎
出版業界で雑誌編集者として働いていたが、やがて趣味と実益を兼ねた海外風俗遊びがライフワークとなる。現在は中国を拠点に、アジア諸国と日本を行き来しながら様々なメディアに社会問題からドラッグ事情まで、硬軟織り交ぜたリアルなルポを寄稿している。





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