【医療ミステリー】裏切りのメス―第30回―
【前回までのあらすじ】
多摩地域の警察署の刑事、友部隆一から尾方肇の情報を聞いたチーム小倉のリーダー下川亨は、埼玉県警の湯本利晴刑事にその情報を話した。尾方と中国人少女・林佳怡(リン・ジャイー)がよりを戻していたことを聞いた湯本刑事は尾方逮捕への自信をのぞかせた。それから10日後、湯本刑事から尾方逮捕の一報が入った。
陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)ほか多数。
<うずき始めた天才外科医>
埼玉県北部の所轄署の刑事、湯本利晴から「尾方肇逮捕」の一報が入ったのは2013年5月27日(月)正午すぎだった。
ちょうどそのとき、私は安井中央病院の理事長室でコンビニの海苔弁当を食べながら、蒔田直也事務長、佐久間君代看護部長と、安井会グループ傘下の7病院の看護師体制を今後どうするか、話し合っていた。もうひとりのチーム小倉のメンバーである理事長兼病院長の小倉明俊こと吉元竜馬は不在だった。蒔田は少し顔をしかめながら「手術中なんです」と言った。
「何の手術をしているの?」
「腹腔鏡による胆のうの摘出手術です。先週木曜日の院内カンファレンスで自ら手を上げ、執刀することが決まったそうです」
襲撃された安井芳次の外傷性脳内血腫の手術に臨み、久々にメスを握った吉元は、外科医としての本能がよみがえってしまったのだろう。10日前に会った際、彼の専門である脳外科手術はなるべくやらないでもらいたいと、私は暗に匂わせていた。小倉明俊の正体が日本有数の脳外科医である吉元竜馬だとわかっては困るのだ。そのあたりは吉元も察していて、本物の小倉明俊が専門としていた肝胆膵の手術ならかまわないだろうと、彼なりの線引きをしたようだ。
吉元にとって腹腔鏡下手術は初めてに違いない。いくら天才といっても、専門外の手術をいきなりできるものなのか。
「3日前、理事長室を覗いたら、インターネットで腹腔鏡下胆のう摘出術のページを見ながら、指先を細かく動かしてシミュレーションをしていました。私の姿に気がついた小倉(吉元)先生は『見られたか』とおどけていましたが、目はまったく笑っていなかった。冷徹さとパッションという相矛盾した感情を内包する外科医特有のそれでした」
「で、大丈夫なの?」
「それは問題ないでしょう。脳神経外科領域でも内視鏡はよく使いますから。しかも、脳神経外科手術の内視鏡は、腹腔鏡下手術で用いるものよりずっと小さく、より緻密な操作が必要です。とまどうようなことはないと思います」
「わかった。蒔田君の言葉を信じよう。本題の看護師体制の問題だが……」
こうしたやりとりをしている最中に、湯本刑事から私の携帯に連絡が入ったのだ。
「今朝、尾方肇を逮捕することができました。下川さんからいただいた情報のおかげです」
私のおかげと言われて、ちょっと面映ゆかった。そもそも、警視庁多摩地域の所轄署の友部隆一から得た情報を伝えただけなのだ。その経緯は湯本にも説明してあった。「友部さんにもよろしく言ってください」くらいのことはあってもよさそうなものだ。
だが、湯本の口から友部の名前が出る気配はなかった。警視庁に頭を下げてたまるかという気持ちがどこかにあるのだろうか。過去に、警視庁の人間から劣等感を植えつけられるような屈辱的な出来事があったに違いないと直感した。
「一度、うかがって、くわしいことをご報告に上がりたいのですが、尾方の取り調べで3週間は動きがとれないと思うので、しばしお待ちください」
そう言って、湯本は電話を切った。それにしても、刑事が私たちのような特定の民間人にここまで密着して大丈夫なのだろうか。気になるところだが、こうしたパイプを持つことはチーム小倉にとって大きなプラスになっている。
「尾方肇の起訴が決まりましたよ」と言いながら、湯本が安井中央病院の理事長室に姿を現したのは、約束の6月19日(水)午後8時の数分前だった。この日はチーム小倉のメンバー4人も全員、顔を揃えていた。
「下川さんからの情報がなければ、こんなに早く尾方を逮捕することなど、できていない。おべっかを言っているわけではありません。値千金の情報だったんです」
「私は聞いた話をそのまま、お伝えしただけなんですがね。しかも、ここ数ヵ月の話ではなく、時間もだいぶたっている。何がポイントだったんですか」
「尾方が中国人少女・林佳怡(リン・ジャイー)と再会を果たしていたという事実です。それまで、彼女の存在が完全に我々の視点から抜け落ちていた。まさか、尾方が自分を十数年前に破滅させた女性とよりを戻すなんて、まったく想像していませんでした」
ジャイーの名前を聞いて、湯川はいまも尾方と一緒にいるに違いないとにらんだのだった。
「2日もあれば、ジャイーの居場所をつきとめられると思ったのですが、結局、1週間もかかってしまいました」
<林佳怡(リン・ジャイー)の数奇な運命>
私から情報を得て週明けの5月20日(月)、湯本はジャイーの住所を確認するため、午前8時半に歌舞伎町の新宿区役所を訪れた。住民基本台帳を閲覧するためである。前年の2012年7月に外国人登録制度が廃止され、外国人住民も日本人と同じく、住民基本台帳制度の適用対象となった。
「制度変更からあまり時間がたっておらず、役所の側も周囲の目を意識してか、個人情報の扱いを厳密に行っている姿勢を強調していた。緊急性があるから、すぐに住民基本台帳を確認させてほしいと、窓口でごねたんですが、まずは警察署長印を押した閲覧請求文書を出してくれという。しかも、審査に数日はかかるというんです」
湯本の所属する警察署は埼玉県北部の群馬県との県境に近いところにある。自身で往復していたら、役所の窓口業務は終わってしまう。湯本は部下に連絡し、住民基本台帳閲覧請求文書を作成し、すぐに持ってくるように頼んだ。
「午後2時近くになって部下が到着し、さっそく閲覧請求文書を出したんですが、窓口の職員は数日は待ってほしいと繰り返すばかりだったのです」
頭に血がのぼった湯本は、窓口の40歳前後と思われる女性職員に「これは殺人未遂の捜査なんだ。その間に犯人が逃げたら、あなたは責任がとれるのか。それとも、田舎の警察だと思って馬鹿にしているのか」と詰め寄った。しどろもどろになった女性職員は「上司と相談してきます」とその場を離れ、10分後に結局、閲覧のOKが出たのだった。
だが、こうした後味の悪いやりとりをしたにもかかわらず、それは徒労に終わった。「林佳怡」の名前でいくら調べてもらっても、当該の住民基本台帳は見つからなかったのだ。
となると、外国人登録原票を確認するしかない。だが、新宿区役所には保管されていなかった。外国人登録制度が撤廃されると、すべての原票は各市区町村から法務省の入国管理局(現出入国在留管理庁)に移されてしまったからだ。その写しを入手できるのは、基本的に本人か法定代理人。しかも、請求してから1ヵ月近くかかる。
公的なものに頼るより、足で稼いだほうが早いという結論に達した湯本は、翌日から関係先に当たることにした。まず、ジャイーの母親が勤めていた新宿の上海パブの関係者を探した。母親が店の客と姿をくらましてからは、ジャイーも一時期、働いていた店だ。
「そこのボーイだった男を何とか見つけたんですが、店はとうの昔に閉めていた。児童福祉法違反で摘発されて、続けることができなくなってしまったんです。15歳から16歳にかけて勤めていたジャイーだけでなく、ほかにも10代半ばの女の子が何人もいて、かなりいかがわしいこともさせていたようです」
警視庁の友部隆一刑事の話では、その上海パブは鈴代組の元若頭が経営していたはずだ。いまも鈴代組の傘下にあり、摘発後は日焼けサロンに商売替えしているという。
「元ボーイによると、ジャイーも少年保護手続がとられるはずだったのですが、結局、免れた。中学校の先生が保護を申し出たというのです」
両親は幼いころに離婚し、育てていた母親も行方知れずとあっては、少年鑑別所に入れられる可能性がきわめて高かった。そんなジャイーを救ったのは中学3年のときの担任、峯田友子という女性教師だった。当時、50歳前後。現在は60代半ばになっている。
「ジャイーは峯田の家で暮らすようになり、翌年から高校に入り、大学に進んだ。20歳のとき、独身で子どものない峯田の養女にもなっている。その際に、林佳怡から峯田佳子に改名しています」
峯田友子が住んでいるのは新宿御苑近くのマンション。ジャイーの住民票も同地にあったが、改名していたために、新宿区役所でいくら調べても見つからなかったのである。
ジャイーの現住所をつきとめた湯本はさっそく、そのマンションを訪ねた。集合玄関機の部屋番号を押すと、インターホン越しに峯田友子が返事をした。名乗った湯本が「佳子さんと話がしたいのですが」と告げると、即座に「いまはおりません」と峯田が答えた。
「佳子さんがたいへんなことに巻き込まれている可能性があるのです」
しばらくの沈黙のあと、「いま、そちらに降りていきますから、ちょっとお待ちください」と答えが返ってきた。峯田友子には何か心当たりがあるに違いないと、湯本は直感した。
(つづく)
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