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【医療ミステリー】裏切りのメス-第21回―

【前回までのあらすじ】
埼玉県警の湯本利晴刑事の協力を得て、「安井会グループ」安井芳次理事長の説得に向かった病院再建屋集団「チーム小倉」。湯本から、現在交渉している「HOグループ」リーダー尾方肇の素性を聞いた安井は、その恐怖から考えを翻意する。安井はすぐに尾方に交渉を打ち切る連絡をいれたが、尾方が何をしてくるかわからないと、不安をぬぐえずにいた。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)ほか多数。


<チーム小倉「本格始動」>

「本当に大丈夫だろうか」

 病院乗っ取り屋の尾方肇に縁切りを宣言した安井芳次のからだの震えが収まらない。顔からは血の気が失せ、頬がピクピクと痙攣している。安井の診療所に集まった私、蒔田直也、埼玉県警の湯本利晴刑事の誰も、すぐには口を開こうとしなかった。

 1分ほどの沈黙のあと、重い空気を破るように、「安井先生の身の安全は僕が守ります」と湯本が口を開いた。

「尾方が少しでも変な動きをしたら、こちらの思うつぼですよ。すぐにでも奴を逮捕してやります」

「だが、湯本君だって、ずっと非番というわけじゃないだろう。14年前、私に張りついて護衛してくれていたときのようにはいかないんじゃないか」

「僕も以前よりちょっとだけ出世しましてね。警部補に昇格し、係長になっているんですよ。少ないながら部下もいて、こちらの要望もある程度、通る立場になった。それでいま、僕のグループは尾方の検挙に向けて動いているんです。だから、安井先生に尾方が接近してきた今回の件も、捜査の一環として調べることができる。それで安井先生が尾方から襲われる危険があるとわかれば、警察としては当然、防がなければならないという理屈になるわけです」

 私が「尾方を調べているって、6年前、病院理事長が殺されたかもしれないという事件ですか」と聞くと、湯本は首を横に振った。

「群馬県警が自殺と判断した事件を埼玉県警の僕らが蒸し返すわけにはいきません。捜査の過程で明らかな証拠が出てくれば別ですがね。僕らがいま調べているのは4年前に倒産に追い込まれた埼玉県北部の総合病院の事件です。元理事長に刑事告訴してもらおうと接触していたのですが、尾方のバックにいる鈴代組からの報復を恐れ、なかなか応じてくれなかった」

 そこで口を挟んだのは蒔田だった。

「2年ほど前、僕が事務長を務めていた病院に湯本さんが訪ねてこられましたよね。尾方の検挙に動いていると言っていましたが、そのときはすでに刑事告訴は出ていたんですか」

「いや、まだ出ていなかった。詐欺は親告罪じゃないから、こちらで証拠さえ集めれば検挙まで持っていけると思ったんです。でも、決定的な証拠が得られず、結局、あきらめるしかなかった。被害者からの証言がないと、ハードルはすごく高くなる。そして3ヵ月前にやっと、元理事長が説得に応じ、刑事告訴してくれた。よし、これでいけるというときに、尾方が安井会グループを毒牙にかけようとしているという情報が蒔田さんから入ったのです」

 尾方の捜査を進めようとしている湯本にとって、安井会グループのニュースは好都合だった。ここ1年近く、尾方の消息についての情報はなく、久々にその動きをキャッチできたからだ。

「尾方がどう出てくるかはともかく、安井先生の安全は任せてください。当分の間は僕も出来る限り先生に付きますし、部下にも先生の警護に当たらせます」

 安井自身が尾方に対し縁切りを伝え、そのあと、電話を代わった湯本が「先生はオマエらとはもう会わない」と念押ししたものの、奴がそう簡単にあきらめるとは思えなかった。元国立大医学部生という経歴を持つエリートもいまや、広域暴力団・鈴代組の企業舎弟だ。このまま引き下がったら、組に対して申し訳が立たないだろう。

 だが、私たちチーム小倉にとっては、ここが押しどきである。安井が怯えているいま、一気に安井会グループを掌中に収める最大のチャンスが訪れていると私は感じていた。

「安井先生が矢面に立つべきではありません。先生が築き上げた病院グループですが、いまこそ私たちに任せてください。運営する主体がチーム小倉ということになれば、尾方が先生と接触する意味はなくなる。尾方と対決するのは私たちなのです。それに、これまでと同じやり方をしていたら、近いうちにこの病院グループは立ち行かなくなります。あと1ヵ月足らずで期日が来る手形だって、このままでは不渡りになるのは確実なのですから」

 もはや安井芳次に選択肢はなかったが、私はその足元を見るようなことはしなかった。第1回目の面会時に提示したのと同じ条件で、経営の実権をチーム小倉に移してもらうことになった。今回ばかりは、安井も不満そうな素振りは一切見せなかった。安井は名誉理事長としてグループに残り、安井会の医療法人名も変えないことを確約した。

 翌日の2013年4月14日は日曜日だったが、休んでいるヒマはない。さっそくチーム小倉は始動することにした。やることは山ほどある。1秒たりとも無駄にできないのだ。

<思いがけない好印象>

 朝8時に私のマンションにメンバー4人が揃うと、すぐに車に乗り込んだ。佐久間君代にコンビニで買ってきてもらったおにぎりを牛乳で流し込みながら、埼玉県北部にある安井会グループの中核病院に向かった。とにかく、メンバーたちにはまず、病院の様子を把握してもらわなければ、話は始まらない。ここ数日のうちに、グループ傘下の7つの病院すべてを視察するつもりだった。

 この日は気温が20度を超え、行楽日和だったので渋滞を覚悟していたが、関越自動車道は思いのほか空いていて、1時間ちょっとで目的の病院に着いた。病床数600床、診療科数27科で、安井会グループでは最大規模を誇る。

 まず、4人で各施設を見てまわった。ひと通り見終えたあと、理事長室に入り、吉元竜馬に「小倉先生、施設のレベルはどうですか」とたずねた。別の医師、小倉明俊になりすましている天才外科医の吉元に対し、あえて「小倉先生」と呼びかけたのは、病院内で誰に聞かれるか、わからないからだ。日曜日とはいえ、病棟を担当する看護師が何人もいる。看護師が気づけば、あっという間に病院スタッフの間で噂になってしまうだろう。

 チーム小倉の会議で、外に出たらどんな場合でも「小倉先生」と呼ぶように徹底しようと決めていたが、今回こちらに来る車の中でも、そのことを再確認していた。もし、事情を知る私たち4人以外に、吉元のなりすましの事実が洩れたら、瞬く間にチーム小倉の計画は破綻してしまうのだ。

 施設評価についての私の質問に、小倉こと吉元はこう答えた。

「一番古い中央棟でも築20年をすぎたばかりなので、大きな問題は見当たらない。そのあと増築した部分は最先端の造りになっていて、医師の立場からすると、かなり使いやすそうだね」

 非常に好印象を受けた様子の吉元は、「ちょっと手術室を見てくる」と言って理事長室を出ていった。

 佐久間君代も「看護師にとっても働きやすいとてもいい施設だと思います」と、私の顔を見ながら大きくうなづいた。

「ほとんどの病院が改修や増築を繰り返すんですが、そのために動線がごちゃごちゃになって、ストレッチャーが運びにくかったり、患者さんが転びやすかったりと、危ないところが少なくない。その点、ここはよく計算されている感じがします。この病院をつくった安井先生は意外に細かいところに気がつく人なのかもしれませんね」

 しばらくすると、吉元が感動した面持ちで戻ってきた。

「手術室は10室で、600床規模の病院としては普通だけど、医療機器は最新鋭のものが揃っている。手術支援ロボット『ダヴィンチ』が2台もあるんだ」

 吉元がこんな興奮して喋るのを初めて聞いた気がする。2013年当時、ダヴィンチ2台体制をとる病院はまだほとんどなかった。1台数億円もするのだ。

 病院経営に精通する蒔田直也は「ダヴィンチを2台も入れるような経営をしているから苦しくなるんです」と言いながらも、「少なくとも、この病院だけならすぐに再建できます。これだけ整っているのなら、新たな設備投資は必要ないですしね」と太鼓判を押す。

 翌月曜日から土曜日まで、残る6つの病院をひとつずつ視察したが、全員が想像以上に好感触を得たようだった。中核病院ほど医療機器が揃っているわけではないが、どこもライティングに工夫をこらしていて、病院特有の暗さがまったくなかった。

佐久間は「この雰囲気なら看護師もすぐ集められます」と力強く言った。安井会グループの一部の病院で看護師が不足していると耳にしていたので、佐久間の言葉はありがたかった。近年の病院経営は看護師体制によって決まるといっても過言ではないのだ。

 あわただしい1週間がすぎ、4月21日(日)、再び中核病院の理事長室に4人が揃った。安井会グループ再建のための最終打ち合わせをするためだった。会議が始まって2時間ほどがたった午前11時30分、私の携帯が鳴った。刑事の湯本利晴からだった。

「下川さん、たいへんだ。安井がやられた」

 私の心臓の鼓動は一気に速くなった。
(つづく)


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