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自分の趣味をラノベ風に書いてみたら 第8回『大なる何も見当たらず 犬のみひどくデカかりき』

テキスト:金澤流都 https://twitter.com/Ruth_Kanezawa
イラスト:真藤ハル https://twitter.com/shindo_hal

 前回、秋田犬会館を訪れ、裕次郎号という名前の濃い犬や博物室のあれこれを書いた。今回はその続きである。
 世界的に知られている秋田犬の話と言えば、やはりハチ公のエピソードだと思う。映画になったりハリウッド版が作られたりしているし、この秋田県大館市というところはなにかにつけてハチ公の故郷をアピールしているところである。それしか誇るところがないのは悲しいし、どれだけハチ公を誇っても、渋谷駅前にあった古い電車の青ガエルがやってきても、大館駅前が渋谷駅前のように混雑することはないのだが、それでも街のいたるところでキャラクターになったハチ公を見る。

 秋田犬会館の博物室には、1987年に公開された「ハチ公物語」という映画のポスターを大々的に飾ってある。ポスターに使われた写真の秋田犬の仔犬が、とてつもなく可愛いのである。そして、そのポスターには仲代達矢のサインが入っていて、ポスター自体も仲代達矢が寄贈したものらしい。なにぶん当時生まれていない平成ゆとり世代のわたしにはどれくらいすごいのかよく分からないが、「おーすごーい」という運転手の母のリアクションを見るに、すごいことなのだろう。
 母が言うには、その「ハチ公物語」が公開された当初、地元の北鹿酒造の出している「開運北鹿」という紙パックの日本酒に、おまけでハチ公物語に使われた仔犬のバッヂが付いてきたという話だった。わたしの祖父、要するに母の父は、その日本酒を熱愛していて、毎日晩酌を楽しみにしていたひとなので、バッヂはいっぱい集まったらしい。しかも全部同じ絵柄で。そこはもうちょっと、柄にバリエーションを出すとかするべきだったんじゃあなかろうか。

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 ハリウッドで映画になった「HACHI 約束の犬」のほうは、観たわけではないが、ローカルニュースで流れた映像を見る限りでは、仔犬時代を柴犬の仔犬が演じていて、やはり違和感があった。秋田犬の仔犬は大きくて仔犬に見えないという理由もありそうだが、でっかくても顔は仔犬なのでちゃんと秋田犬を出してほしかったな、と思った。

 秋田犬博物室には当然ハチ公の写真も展示されているが、前回書いた通りやっぱり今の秋田犬とは違う顔だ。小学生のころ東京に遊びに行って国立科学博物館を見学したが、そこに展示されているハチ公の剥製は、やっぱり知っている秋田犬と違っていたのを覚えている。
 ハチ公の物語の本当のところは、ハチ公としてはそこにいれば可愛がってもらえて食べ物をもらえるから、渋谷駅前にずっといたのではなかろうか、と思うのだが、やはりじっと待って、雑踏の向こうからいつか飼い主がやってくるのを待っていた、と表現したほうが美しくて物語としていいなと思う。そう思っているからこそ、周りの人間も帰ってこない飼い主を待つハチ公を哀れみ、焼き鳥を食べさせてやったのだろう。

 そういえば昔テレビで見たのだが、ハチ公が死んで、その体を解剖するとお腹から大量の焼き鳥の串が出てきたらしい。せめて串くらい外して食べさせてあげて大正時代の人……と思ってしまった。どうにも昔の人は犬を荒っぽく扱っていた気がする。今と違って放し飼いも当たり前だったろうし、車にひかれる可能性が少なかったのだろう。
 放し飼いについては、わたしの母が子供のころ、だいたい高度経済成長期も犬は放し飼いだったそうで、母の実家の近所では秋田犬が放し飼いにされていたらしい。子供から見れば秋田犬というのはとてつもなくでっかい猛獣である。それが放し飼いというのは、かなり危険なんではなかろうか。

 わたしも小学生のころ、後ろから秋田犬に抱きつかれたことがある。あれはなかなか怖かった。その犬はチェーンでつないで飼われていたので慌ててもがいたらすぐ逃げていったが、でっかい犬というのは飼うのに壮絶な責任と覚悟が伴うのだな、と今になって思う。ごくたまに犬が人間を噛んで怪我をさせて、飼い主が捕まって犬が殺処分された、というようなニュースを聞くことがあるが、もしあの犬がわたしに怪我をさせていたらあの犬も殺処分されていたのかもしれない。無事でよかった。
 最近は犬の室内飼いが当たり前になって、犬たちも以前よりずいぶん暮らしよく過ごしているのだろうな、と思う。ときおり、夕方の買い物に出かけると、足首に反射材を巻かれた虎毛の秋田犬が夜の散歩をしているのを見る。可愛がられているなあと思って見かけるたびにニコニコしてしまう。

 博物室には秋田犬がもともとマタギ犬だった時代を再現した一角もあり、囲炉裏を囲み着物のおじいさんおばあさんと白い秋田犬の模型が置かれていて、床には熊皮が敷かれている。
 ごく普通にマタギが熊を狩っていた時代、秋田犬は熊を追いかけたりマタギが危ないとき熊の気を引いて助けたりしていたらしい。秋田犬というのはそもそもが勇敢な人間の相棒なのである。
 その、「人間の相棒」としての秋田犬にまつわるせつない忠犬エピソードはハチ公だけではなく、「老犬神社」の物語もとてつもなくせつない。
 どういう物語かというと、南部藩からどこでも猟をしていいというお許しをもらった猟師の定六が、そのお許しの巻物を家に忘れて鉄砲を撃ち、捕まってしまって、その定六のために猟犬のシロが家に戻って巻物をもって定六の捕まっているところに向かったが、しかし時おそく定六は処刑されていた……という、可哀想の極みみたいな話である。秋田犬会館の博物室では、打ち首にされる定六と、それを知らずに主人を助けようと走っていくシロの様子までジオラマになっているんだから泣くしかない。そして、主人を助けようと頑張ったシロは忠犬として神社に祀られているわけである。日本人はどうにもこういう可哀想なエピソードが好きだなあと思う。

 このほかにも、博物室には秋田犬ゆかりの名画や彫刻などの芸術品も飾られていて、そのなかに坂口安吾の書いた色紙があった。それがまぁ辛辣なのである。
「秋田犬によす 大館に大の字あれど 見はるかす 大なる何も見当たらず 犬のみひどくデカかりき」
 ……確かにわたしの故郷にして現住所である秋田県大館市は、田舎で大きいものはこれといってなく、坂口安吾が訪れたときもきっと今以上にすっごい田舎だったのだろう。
 まあ、坂口安吾が訪れたころは、正札竹村(だいぶ前に閉店してしまっていまは更地のデパート)や樹海ドーム(プロ野球の公式戦がギリギリできない残念ドーム球場)は当然ないわけで、それなら秋田犬しかデカいものがなくて当然かもしれない。

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 博物室にはロシアのプーチン大統領やザギトワ選手や朝青龍が秋田犬を譲られたときの映像や写真もあった。なんでも、コロナウィルスが流行する前は、秋田犬会館に外国人観光客がドカドカ押し寄せたらしい。歴史資料の展示されているガラスケースには、QRコードが貼られていて、「了解歴史」とか「Find History」などと書かれていた。なるほど賢いやり方である。海外では「AKITA」という言葉は地名でなく犬の種類として認識されているという話を聞いたことがある。それって地名としてどうなのだろうか。

 見学を一通り終えて、一階の事務所にいくと、とびきり暑い日だったせいかスバルくんや他2頭の秋田犬は床にゴロンゴロン伸びて寝ていた。スマホのカメラを向けて名前を呼んでも無反応である。あなた、怠惰……ですねぇ。

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 一階には秋田犬グッズの販売スペースもあり、ザギトワ選手の写真がでかでかと飾られ、ぬいぐるみや小銭入れやTシャツなんかが売られていた。
 以前、秋田犬保存会のツイッターで紹介されていた、目が特徴的なty社の秋田犬のぬいぐるみ(税抜900円)を買おうと以前から企んでいたので、「この子ください」とぬいぐるみをお迎えしたのだが、なんと秋田犬保存会のレシートは一番上にかわいい秋田犬のイラストが描かれていた。ここまでこだわるかぁー! とびっくりした。

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 ty社の秋田犬のぬいぐるみは商品名を「loy」と言い、英語で忠誠という意味の「loyal」から来ているらしい。しかし秋田犬につける名前ではない気がしたので、家に持ち帰り勝手に「はちべえ」という名前をつけて部屋に飾った。わたしはリカちゃん人形すら本名の香山リカと呼ぶのではではなく、名前を勝手につける人なのである。
 はちべえという名前は、偉大なる秋田犬であるハチ公へのリスペクトとともに、背中の縫製があんまり精密でなくて若干綿がはみ出しているので「うっかり八兵衛」という意味も込めてはちべえと呼ぶことにしたのであった。

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 というわけで、秋田犬会館の見学はとても楽しかった。やっぱり秋田犬には特別ななにかがある。日本人がハチ公の物語を聞いて感動するのは、ハチ公が日本犬である、日本が故郷の犬であるという思いがどこかにあるからかもしれない。
 どこかで聞きかじったが、日本の犬はハニワの時代から尻尾がくるんとしていたらしい。日本人のDNAには、お耳ふかふか尻尾はくるん、の犬の姿が刻まれているのではないか。
 もし秋田県大館市を訪れることがあれば、ぜひ秋田犬会館に行ってみてほしい。犬が好きな人間であれば、絶対におもしろいと思う。

Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
前連載『アラサー女が将棋はじめてみた』
Twitter:https://twitter.com/Ruth_Kanezawa


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