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【医療ミステリー】裏切りのメス―第37回―

【前回までのあらすじ】
「チーム小倉」の蒔田直也と白木みさおが不審死した。チームの湯本利晴はその日、蒔田からの電話を待っていたが、一向にかかってこないのを不審に思い、蒔田の部屋を訪れると2人が死んでいたのだという。知らせを聞いたリーダー・下川亨は「なぜ蒔田と白木さんが……」と困惑する中、急いで妻・佐久間君代と現場のマンションに向かった。2人の遺体と対面した時、その死が現実であることをつきつけられたのだった。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<2人の死の影響>

 安井会グループ事務方トップの蒔田直也が亡くなり、病院運営では裏方として活動してきた私が前線に立たざるをえなくなった。チーム小倉の代表という肩書はあるものの、表舞台は苦手だった。しかし、非常事態である。折衝、プレゼンテーション、財務分析、どれをとっても、蒔田よりだいぶ劣ると自覚しているが、いま代わりを務められるのは私しかいない。グループ傘下の9つの病院の機能を止めるわけにはいかないのだ。

 蒔田と白木みさおの不可解な死についての情報は、湯本利晴から順次、入ってきた。つい5ヵ月前まで埼玉県北部の所轄署で刑事第二課の係長だった湯本の班を引き継いだのが、今回事件を担当することになった佐山翔だった。現在、40歳。湯本より9歳ほど若い佐山の階級は警部補で役職は係長。湯本の足跡をなぞるかのように、刑事としての経験を積み重ねている。

「大学の後輩なんです。偉そうに言えば、警察で刑事のイロハを教えてきたのもこの僕です。今回の件に関しては、こと細かに進捗状況を入れてもらう手はずになっています」

 この湯本を通して、捜査がどうなっているか、毎日のように私の耳にも入ってきた。パートナーの佐久間君代を除き、誰にも口外しないのが条件だ。

 事件後すぐに、湯本に佐久間と結婚していることを明かした。警察で事情を聞かれるのは避けられないし、そうなれば私の素性も調べられ、既婚者であることもわかる。その前に湯本には告げておいたほうがいいだろうと思ったのだ。結婚の事実を伝えたあと、「チーム小倉の結束を壊したくなかったから、みんなには黙っていたんだ」と、言い訳がましくつけ加えた。

 死体が発見された2日後の2017年1月24日(火)、佐久間と2人で警察を訪れた。前日、佐山から話を聞かせてほしいと連絡があったのだ。すでに、湯本から佐山に、私たちが夫婦であることは伝わっていた。佐山は最初、安井中央病院のほうに来ると言っていたのだが、それはこちらが断った。

 安井会グループ傘下の9病院では、蒔田と白木の不審死の事実が、スタッフの間で月曜日のうちに知れ渡っていた。さっそく、各病院の事務長たちに、病院運営の変更はなく、心配しないように申し伝えておいたが、スタッフの動揺を抑えるのは難しいだろう。そんな中で警察の動きが目立ってしまうと、あらぬ噂が広がり、ますます動揺が拡散してしまう。とりあえず、病院内は普段と変わらない平静さを保っていた。

 日曜日の朝、2人の遺体を見てから、夜遅くまでずっと泣き通しだった佐久間も、月曜日の朝を迎えると、いつものすっきりした顔に戻っていた。泣き腫らしたあとを隠すように、早朝まだ暗いうちに、外の街路樹を歩き、1月の冷たい風にあたってきたようだった。

 安井会グループの看護師体制をまとめる仕事を白木みさおと分担しながら進めていく形が出来つつあった。白木の死によってそれが壊れ、当面、佐久間にかかる負担は非常に大きくなった。泣いているひまはないとばかり、安井中央病院のナースセンターにいつも通りに出勤すると、目の前の業務に没頭していた。

 だが、火曜日の朝を迎えると一転、佐久間の表情はこわばっていた。警察に行く緊張より、そこで白木のことを聞かされるのが怖かったのだろう。

<殺人の可能性>

 午前9時、警察署に到着すると、佐山が正面入口で待っていて、応接室のようなところに通された。対応がえらくていねいだ。湯本から紳士的な扱いをするように言われているに違いない。

 私は蒔田と二十数年前に医療系コンサルティング会社で出会ってから現在までを振り返りながら、かなり詳細な話をした。佐久間も、白木がかつてパートナーだった事実は明かさなかったものの、看護専門学校の2年先輩で、レズビンサークルを主宰していることなどを話した。白木の性的指向まで明かすのには抵抗があったが、調べればすぐにわかることなので、隠して、かえって不審がられるよりはましだと佐久間は思った。

「いろいろわかって、本当に助かりました」と佐山は礼を言った。今度はこちらが質問する番だ。

「2人の死には事件性があるのですか」

「事故、心中、無理心中、殺人など、さまざまな可能性を考えています。無理心中や殺人だったら、当然、事件ということになります」

「心中や無理心中は考えられない。蒔田君が死を選ぶとは思えません。最近の仕事の充実ぶりは誰の目にも明らかでしたしね。抱えているプロジェクトもたくさんあったし、彼がそれらを途中で投げだすことはありえない。昔から責任感の強い男でしたから」

「責任感が強いがゆえの自殺というのはけっこうあるんですよ。特に完璧主義者だと、ひとつ歯車が狂ってくると、パニックになって死を選ぶこともある。そういう事例はめずらしくありません。また、あまりにも忙しすぎると、ふっとそこから逃げだしたくなる」

「でも、それなら女性を道連れにするでしょうか。自分ひとりで死ぬはずです。そもそも、蒔田君の性格から死を選ぶこと自体、考えられないし、心中なんてするはずがない。ましてや、相手は恋人ではなく、仕事仲間ですよ」

「白木さんの側からしたって、男性と心中することなど、ありえません」

 佐久間も同調するように、口を挟んだ。

「私は白木さんを16年以上前から知っていますが、いつも底抜けに明るくて、自ら死を選ぶようなタイプでは決してありません。最近も女性のパートナーがいると、うれしそうに語っていましたから、その彼女を残して逝くなんて、絶対ない」

 その剣幕に押されるように、佐山は「いやいや、そういうつもりで言ったのではないんですよ」と弁解した。

「可能性を挙げただけです。僕らとしても、単純な心中の確率は低いと見ている。としたら、事故か犯罪かということになってきますが、不可解な点が多すぎる。遺体はすでに司法解剖にまわし、その結果待ちです」

 死体が見つかったとき、明らかに犯罪による死亡の場合は、検証・実況見分のあと、すぐに司法解剖にまわされる。一方、その原因がはっきりしない変死体の場合は、警察の検視官が調べて犯罪性が疑われると判断したら、司法解剖にまわすという手順になる。いずれにしても、司法解剖にまわされたということは、事故ではなく、犯罪性が強いと警察が見ている証拠である。

「佐山さんたちも、この2人の死が犯罪による可能性が高いと見ているわけですね」

「いまの段階で決めつけるとまずいのですが、正直に言うとそうです」

「犯罪を疑う根拠は何ですか」

「これ以上は僕の口からはまずいので、ちょっと勘弁してください」

 すでに正午近くになっていた。そろそろ、病院に顔を出さないとまずい。正面入口までついてきた佐山がぼそっと、私の耳元でささやいた。

「あの部屋だと、誰に聞かれているのか、わからないので、あの程度しか、申し上げられませんでしたが、あとで湯本さんの携帯に連絡しておきますので、くわしい話を聞いてください」

<警察の見立て>

 その晩9時に、私の部屋に湯本が訪ねてきた。佐久間は自分の部屋に戻っていた。安井中央病院近くのこのマンションではいまも、私と佐久間は別々の部屋に住んでいた。湯本には2日前に結婚していた事実を伝えたが、他のチーム小倉のメンバーには明かしていない。といっても、考えてみれば、蒔田と白木がいないいま、チーム小倉の中で私と佐久間の関係を知らないのは、安井会グループ理事長・小倉明俊になりすます天才外科医、吉元竜馬だけだ。

「さっそくですが、今回の2人の死について、警察はどう見ているのでしょうか」

「誰かの手によって殺害されたのではないかと──」

「その理由は?」

「2人とも、一酸化炭素ヘモグロビンの血中濃度が高かったのです。いわゆる一酸化炭素中毒を起こしていたわけです。ところが、中毒を誘発する量の一酸化炭素がどこから生じたのか調べても、その痕跡がない。となると、たとえば、誰かが練炭を持ち込んで、2人に中毒を起こさせたあと、持ち去った可能性も考えられる。あくまでも、推測ですが」

「しかし、2人が気づかないうちに練炭を燃やせるものでしょうか。しかも、狭い車の中ならいざ知らず、リビングで一酸化炭素中毒を起こさせるのはたいへんでしょう」

「そうなんです。佐山の話によると、一酸化炭素中毒だけで死に至ったのではないと、警察は見ている。そこには何らかのトリックがある。司法解剖の細かい結果が上がってくれば、いろいろわかると思います」

「もうひとつわからないのは、犯罪が疑われるとしたら、少なくとも私のような関係者は重要参考人となりうる気もするのですが、今日、佐山さんと会ったら、そんな感じはみじんもなかった。元刑事の湯本さんと懇意にしていることで、特別扱いを受けているのかな」

「そういうことではありません。土曜日夜から日曜日早朝にかけて、下川さんと佐久間さんは東京のマンションに一緒にいた。それを佐山に伝えたところ、国道17号のNシステム(自動車ナンバー自動読取装置)を調べたそうなんです。すると、下川さんのハイエースのナンバーを上り下りとも確認することができた。完璧なアリバイではありませんが、とりあえず下川さんたちは被疑者からは外されたのです」

 私はもうひとつの疑念を湯本にぶつけてみた。安井会グループ前理事長の安井芳次を手下に襲わせて刑務所に入っている尾方肇がいま、どうしているかである。
(つづく)


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