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【怪談】語り継がれる怪奇物語「かさね」の秘密とは?


昔から語り継がれている古典の怪談には、独特の怖さがあります。
漱石も筆を染めた「古典怪談特有の怖さ」を日本宗教史研究家の渋谷 申博(しぶや のぶひろ)さんに語っていただきます。
【怪談】語り継がれる怪奇物語「かさね」の秘密とは?

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『かさね(累)』または『累ヶ淵(かさねがふち)』と呼ばれる怪談がある。下総国の羽生村で実際に起こった悪霊憑き事件に基づく話で、事件発生直後からさまざまなバリエーションが流布してきた。今も落語や講談で語られている。

「かさね」が語り継がれているのは、他の怪談にはない特徴があるからだろう。そのひとつは実話であることだが、もうひとつについては「こんな晩」という怪談をお読みいただいてから述べることにしたい。

『こんな晩』

とある村の貧しい夫婦が子どもを授かった。しかし、彼らは日々の食事にも事欠くありさまで、子どもを養育する余裕はないため、泣く泣く口減らしをすることにした。

その夜、父親は赤子を川に沈めた。そして次の子も、その次の子も川に沈めた。

7人目の子が生まれるころになると、ようやく夫婦にもゆとりができ、子どもを育てることができるようになった。そこで夫婦はその子どもを大切に育てることにした。子どもは重い病にかかることもなく、順調に育っていった。

そんなある晩、父親は明るい月を見せてやろうと、赤子を抱いて川べりまで歩いていった。すると、赤子は父を見上げ、大人びた口調でこう言った。

「おとう、お前がおいらを最後に殺したのも、こんな月の晩だったなあ」

この話には、金目当てに殺した旅人が子どもに生まれ変わるというパターンもあり、そちらのほうが一般的であるらしいのだが、恐いのはこちらの話だろう。

殺されても殺されても同じ親のもとに生まれてくる子どもの執念と愛着が、切なく哀れで怖ろしい。
 
ちなみに、小泉八雲は子殺しのほうの話(『知られぬ日本の面影』)、夏目漱石は旅人殺しのほうの話(『夢十夜』)をもとにした作品を残している。

機会があれば読み比べてほしい。

さて、そこで「かさね」であるが、この話は子どもの告発では終わらない。もうひとつの怨みが重なっているからだ。

祟りも「かさね」られているのだ。


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『かさね』

寛文12年(1672)、下総国岡田郡羽生村でのことという。

この年のはじめ、与右衛門の一人娘・菊が突然の病に襲われた。菊は婿を迎えたばかりであったが、突然暴れだしたかと思うと、体をねじってのたうち回り、口から泡を吹いて奇声を発した。

その様子はまるで地獄の責め苦を受けているかのようであった。そんな菊を前にして、与右衛門も菊の婿もただおろおろするばかりであった。

与右衛門にとって菊は目に入れても痛くない大切な娘だった。

与右衛門は最初の妻を亡くしてから幾度も再婚をしたが、いずれの嫁も結婚からいくばくもたたぬうちにこの世を去り、ようやく6番目の嫁が子を産み育てるまで命を長らえることができたのだった。

その子どもが菊であった。

七転八倒の苦しみが幾日か続いた後、菊はむくっと身を起こすと与右衛門に向かって、責め始めた。

「お前はあたしを殺した悪党だ」

 わけがわからぬ与右衛門はこう返した。

「わしは悪いことなど一つもしておらんし、お菊、お前だって殺されてはいないじゃないか」

すると、菊はあざ笑ってこう言った。

「あたしは菊ではない。お前の最初の妻の累(るい)だ」

累は羽生村ではそこそこ豊かな農家の一人娘であったが、早くに両親をなくし、独り暮らしをしていた。

これに目をつけて入婿となり与右衛門の名を継いだのが、菊の父だった。

菊に取り憑いた累の霊は言った。

「与右衛門よ、お前は田畑目当てで入り婿になったくせに、あたしの顔や体が醜いことを憎み、見栄えのいい女を嫁に迎えようと、あたしを殺すことを思いついた。そして、畑の帰りにあたしを絹川に突き落として殺したんだ。あがくあたしの胸を踏みつけて、口に砂を押し込み、目をえぐって…残忍に息の根を止めた。その怨みであたしはお前の後妻を6人まで呪い殺してやった。今度は一人娘の菊に地獄の責め苦を与えた挙げ句、お前を絹川に突き落として殺してやる」

端正な菊の顔が苦痛で歪んで累の顔になったのを見た与右衛門は、驚きと恐怖でその場にひれ伏し、累の亡霊に許しを乞うた。

しかし、累の祟りは治まる様子はなく、菊の症状は悪化するばかりであった。山伏や憑きもの落としの巫女を呼んで祈祷やまじないをさせてみたが、なにひとつ効き目はなかった。

この苦境を救ったのは、飯沼の弘経寺にいた祐天上人であった。

祐天上人は菊の髪をつかまえて床に引き据え、菊自身に念仏を唱えさせることで累の霊を成仏させたのだった。

だが、祟りはこれだけではすまなかった。

ほどなく菊はまた霊に取り憑かれた。

その苦しみようは前の比ではなく、身はよじれて宙に浮き、体は赤く火照って熱を放ち、目は顔から飛び出すといったありさまであった。あまりの恐ろしさに村人たちは近寄ることさえできなかったが、駆けつけた祐天上人は菊を見据え、取り憑いた霊に「何者だ?」と問いただした。

すると、霊は菊の口を借りて「おらは先代の与右衛門に殺された助だ」と答えた。

累の父親である与右衛門は隣村から嫁を迎えたが、助はその連れ子であったという。助の霊は絞り出すようにその怨みを言った。

「先代の与右衛門は顔も体も醜いおらのことなど育てるつもりはない、と言ったんだ。こんな子ども誰かにくれてやるか、捨ててこい。さもなくば親子共々村に帰れと言って、おっかさんを責め立てんだ。思いあまったおっかさんは、薬草摘みに出た折に、おらを小川に投げ捨てて殺したんだ」

その後、先代の与右衛門と嫁の間に子どもができたが、その子どもは女の子でありながら顔も体も助と瓜二つであった。

その子こそ、累であった。

先代の与右衛門も自分の子どもまでは殺すことができず、跡継ぎとして累を育てたが、村人らは累は助の生まれ変わりに違いないと噂して、陰では「かさね」と呼んでいた。

助は言った。

「その累も醜さゆえに二代目の与右衛門に殺されてしまった。生まれ変わっても同じように殺された累の怨みは上人の念仏で消えたけれど、おらの怨みはまだまだ消えてはいない」

実は『こんな晩』の怪談は、今も都市伝説として語り継がれている。その多くはなぜか母親が子どもを殺す話となっており、生まれ変わった子どものこんなセリフで終わる。

「お母さん、今度は殺さないでね…」


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渋谷 申博(しぶや のぶひろ)日本宗教史研究家
1960年東京都生まれ。早稲田大学卒業。
神道・仏教など日本の宗教史に関わる執筆活動をするかたわら、全国の社寺・聖地・聖地鉄道などのフィールドワークを続けている。
著書は『聖地鉄道めぐり』、『秘境神社めぐり』、『歴史さんぽ 東京の神社・お寺めぐり』、『一生に一度は参拝したい全国の神社』、『全国 天皇家ゆかりの神社・お寺めぐり』(G.B.)、『神社に秘められた日本書紀の謎』(宝島社)、『諸国神社 一宮・二宮・三宮』(山川出版社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』(日本文芸社)ほか多数。

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