【乗り物の怪談】異界への直行便 リゾートの乗り物には気をつけて
コロナが落ち着いたら、旅行に行くぞ! と旅に行きたい気持ちをグッと我慢している方も少なからずおられると思いますが、旅の移動に欠かせない乗り物も、時には恐怖の舞台に…。
今回も「乗り物の怪談」を日本宗教史研究家の渋谷 申博(しぶや のぶひろ)さんに語っていただきます。
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飛行機・電車・船・車…と、旅行中はなにかと移動の機会が多いかと思います。
楽しい旅の計画に水をさすつもりはありませんが、旅先での乗り物には気をつけてください。いろいろな危険が潜んでいますから。
後部座席にいたのは誰
若い女性2人がアメリカを旅した時の話です。
旅慣れた2人はホテルに落ち着くと、さっそくレンタカーを借り、郊外の名所へと向かいました。ドライブが好きだったこともあり、あちこちと欲ばって見学をし、インスタ映えする写真もたくさん撮れたことに満足した2人は、時差ボケの睡魔と闘いながら市街地へと車を走らせていました。
あと2~30分でホテルに着くという頃、道路脇にガソリンスタンドが見えてきました。翌日は朝からアウトレットに向かう予定でしたので、ここでガソリンを入れておくことにしました。
満タンにしてもらい、支払いのクレジットカードを渡すと、それを受け取った30代後半くらいの黒人の店員は、急に顔を曇らせてこう言ったのです。
「これ、本当にあなたのカード? ちょっと不審な点があるから事務所に来てもらえますか? 助手席のあなたも」
アメリカではカードを偽物にすり替えられることもあるので注意をしていたつもりですが、怪しげな土産物屋やドラッグストアにも寄っていましたので、ひょっとしたらと思い2人は胸をドキドキさせながら店員について事務所に入りました。
2人が事務所に入ると店員はドアを閉め、低い声でこう言いました。
「後部座席の床にいた男は知り合いですか?」
2人がびっくりして「男なんて乗せてない」と言うと、店員は「やっぱり」と言いました。
「最近、車の後部座席にもぐり込んで女性を惨殺する事件が続いているんです。それで女性客の車には注意するよう警察に言われていたんです。もう通報してありますので、間もなくパトカーが来ます。それまでここに隠れていてください」
その言葉どおり数分後にはパトカーが到着し、後部座席に隠れていた男は逮捕されました。男は連続殺人の犯人ではなく模倣犯だったそうですが、危ういところを店員の機転で助かったわけです。
もし彼女たちがガソリンスタンドに寄っていなかったらと思うとゾッとします。
これは恐い人間の話ですが、もちろん恐いのは人間だけではありません。この世ならざるモノも旅人を狙っているので、くれぐれも注意が必要です。
『友だちだって言ったよな』
これは男女5人の日本人グループが東南アジアへ旅行へ行った時の話です。
1日目、2日目とビーチで遊び、3日目には海も飽きたので心霊スポット巡りをしようということになりました。と言っても土地の伝説に詳しいわけではないので、ネットで検索して「出るらしい」と噂されている場所を数カ所ピックアップして、それを車で順番に巡ることにしたのです。
しかし、昼間からそのような場所に行っても怪しいことが起こるわけもなく、最後に行ったところもトンネルの前の小さな公園で、その国の文字が刻まれた黒い碑が立っていることを除けば、どこも日本にもありそうな場所でした。
「これならビーチで寝てたほうがましだったぜ」
ついに中の1人が文句を言い始めました。5人は気まずい雰囲気で車に乗りましたが、運転席に座った男はなかなか車を出そうとしません。
「どうしたんだよ、早く出せよ」
みんなが口々にそう言うと、運転席の男は振り返って同乗者たちにこう言ったのでした。
「なあ、オレたち友だちだよな」
これを聞いた4人は一斉に笑いました。けれども、運転席の男は冗談を言っている様子はまるでなく、血の気が失せた顔でさらにこう言ったのです。
「オレの足もとを見てくれないか? 何かがオレの足をつかんでいて、アクセルペダルを踏ませないみたいなんだ」
「変なこと言うなよ」
文句を言っていた男がそう言って運転席のフロアを覗き込んでみると、フロアから青白い手が2本出ていて、運転手の右足をつかんでいました。
「うわっ」
4人の男女は転がるようにして車から飛び出し、道の反対側に逃げました。
「おい!大丈夫か?」
彼らは運転席の男の名を呼んでみましたが返事はありません。
遠巻きにしたまましばらく様子を見ていたのですが、とくに何も起きないので、車に近づき中を覗き込んでみると、驚いたことに男の姿がありません。車は皆が見つめていたので、知らぬ間にどこかに抜け出したとは考えられません。
まさか、あの手に…と、一同が思ったその時…
「オレたち友だちだって言ったよな」
という男の声が聞こえました。
ぎょっとして声がしたほうを向くと、地面に運転席にいた男の顔が浮かび上がっていました。
顔は数秒で沈むように消えてなくなり、声も二度と聞こえませんでした。
聞くところによると、その国から無事に帰ることができたのは2人だけだったそうです。
『もう1人お乗せできます』
ヨーロッパのとある古い町でのお話です。
うら若い女性が1人で古城を改装したホテルに泊まっていました。夜更けでしたが眠れずにいた彼女は、馬車が敷地内の道を走ってくる音を聞きつけてベッドから抜け出しました。そして、窓辺に行き、外を眺めてみました。
すると、古めかしい馬車が玄関に続くドライブウェイをごとごとと走ってくるのが目に入りました。夜更けだというのに、馬車には何人もの人が乗っていました。
「シークレット・パーティーでもあるのかしら?」
そんなことを思いながらなおも眺めていると、馬車は彼女の部屋の下で止まり、馭者(ぎょしゃ)が顔を上げてこう言ったのでした。
「もう1人、お乗せできますぞ!」
しかし、彼女は返事もせず、ベッドにもぐり込んでしまいました。馭者の顔が髑髏みたいで恐かったのです。
翌朝、彼女は夕べ見たものは夢だったのだろうと思うことにしました。念のためホテルの従業員に尋ねてみたのですが、夜中にやって来た者など1人もおらず、まして馬車など敷地に入れるはずはないと言われたからです。
その日の午後、彼女は町のデパートで買い物をしていました。歩き疲れたのでエレベーターに乗ろうと、そのほうに向かっていくと、ちょうど扉が開いていました。エレベーターボーイも彼女のことに気づき、急ぐよう身振りで示すとともに、こう言いました。
「もう1人お乗せできます」
これを聞いた彼女はゾッとして足を止めました。エレベーターボーイの顔が昨夜の馭者と同じだったからです。
「私はけっこうです」
彼女は後ずさりしながら言いました。
「さようですか」
エレベーターボーイは薄笑いを浮かべたかと思うと、音もなく扉を閉めました。
その次の瞬間、ガタガタという音が中から響いてきました。続いて悲鳴も聞こえましたが、それも一瞬のことで、すぐに下の方からドシャーンという大きな音が地響きを伴って伝わってきました。
エレベーターが落下したのでした。
乗客は全員死んだそうですが、その中にエレベーターボーイの姿はなかったそうです。
高橋宣勝さんの『イギリスに伝わる怖い話』によると、この種の話はイギリスではエレベーターが商業ビルにつけられるようになった頃からあるそうで、古城にやってくる馬車は棺桶を運ぶ霊柩馬車だそうです。
旅行中はうっかり死神の馬車やあの世行きのエレベーターに乗ってしまわないよう、くれぐれも注意してください。
『長すぎる通路の先には』
最後は飛行機、成田空港を夕方に離陸したヨーロッパ路線でのお話です。
OLのK子さんは学生時代の友人のY子さんと共に南欧の3都市をめぐるツアーで、その飛行機のエコノミークラスに乗っていました。
シートベルトのサインが消え、ドリンクのサービスがすむと、ほどなく夕食が配られました。忙しないなあと思いつつも、旅の高揚感でそれさえも楽しく感じられるK子さんでした。
夕食が片づけられた後、アメリカのアニメ映画を見るともなく見ていると、客室の明かりがスっと暗くなりました。おやっと思って周囲を見渡すと、窓のブラインドはみな閉められており、すでに眠っている人も多いようでした。隣りの席のY子さんもヘッドホンをしたまま寝息をたてています。
「暗くなる前のアナウンスを聞き逃したのかな? 東京時間だとまだ11時前くらいかな、まだ寝ちゃうのもったいないな…」
そんなことを考えていたK子さんでしたが、夕食の時に飲んだワインのせいか急速に眠くなってきました。
どれくらい眠ったでしょう、K子さんは尿意を感じて目を覚ましました。客室はまだ薄暗いままです。
「今、どの辺を飛んでいるのだろう?」
飛んでいるのが嘘のように振動がなく、かすかなエンジン音が聞こえなければ地上に留まっているのかと思ってしまうほどでした。ぼんやりとした照明とひんやりとした空気は、上空数千キロというよりも海中を航行している感じがしました。
「今のうちに用を足して、もう少し寝よう」
K子さんはそう思い、通路を歩き始めました。しかし、すぐにおかしいことに気づきました。
通路が長すぎるのです。彼女の席から7~8メートルほど先にトイレはあるはずなのに、その3倍くらい通路は続いており、その先にカーテンが引かれているのです。振り返ってみても同じくらい通路は続いており、やはりカーテンが引かれています。
「おかしいな…こんなに長かったかな?」
ぼやいていても仕方ないので、K子さんはカーテンのところまで歩いていってみました。ところが、そのカーテンを開けてみると、通路はまだその先に同じくらい長く続いているのでした。
「え!」
K子さんは小さく叫びましたが、近くに客室乗務員の姿はなく、仕方なくさらに歩いていきました。ようやく2番目のカーテンにたどり着き、恐る恐る開けてみると、トイレはそこにありました。
「よかった……」
しかし、安心したK子さんがその扉を開けてみると、その中にも通路が続いていたのです。
「嘘っ!」
そう叫んでK子さんは目が覚めました。
「なんだ…夢だったのか」
胸をなで下ろしながら通路に目をやると、7~8メートルほど先にちゃんとトイレがあります。
「ああ、よかった」
しかし、用をすませてK子さんがトイレから出てくると、何か様子が変です。客席を見渡してみると、お客さんが1人もいません。代わりに位牌のような黒いものが一つずつ置かれています。
「Y子!」
K子さんは急いで自分の席に戻ってみましたが、Y子さんの姿もありません。ただ低いエンジン音が単調に響くばかりです。
「Y子!」
そう叫ぼうとしたところでK子さんは意識を失いました。
目を開けるとK子さんは病院のベッドの上にいました。
まわりには看護婦さんが何人もいて、せっせと彼女の世話をやいています。
「私は、どうしたんですか?」
わけがわからずK子さんは誰にともなく尋ねました。
「乗っていた飛行機が墜落したんですよ」
婦長らしい中年の看護婦さんが優しい声で彼女に言いました。
K子さんはどきっとして婦長さんに聞き返しました。
「Y子は? ほかの乗客たちは?」
「大丈夫ですよ」
婦長さんは彼女を落ち着かせようと、肩を叩き、ベッドに寝かしつけながら言いました。
「乗客はみんな無事です」
「よかった」
K子さんは安堵のため息をつきながら言いました。
婦長さんは言葉を続けました。
「奇跡的にみんな助かったんです…あなた以外は皆んな」