【雨の怪談】怪異は傘をさしてやってくる

6月は梅雨の時季ですね。雨に濡れたアジサイは美しくこの期間を彩りますが、陽がささないどんよりとした空間には見えない何かが潜んでいるような・・・。

この季節に合う「雨の怪談」を集めて日本宗教史研究家の渋谷 申博(しぶや のぶひろ)さんに語っていただきます。

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雨が降りしきる日、薄暗い部屋に籠もっていると何かが近づいてきている気がしませんか。雨の中には何かが、確かにいるんです。

雨と都市伝説

この季節になるとよく歌われる童謡に、北原白秋作詞・中山晋平作曲の「あめふり」があります。先日も雨の中、傘をさしてお子さんと歌っているおかあさんを見かけました。ほほ笑ましい光景なのですが、危ない、危ない…。

この歌はとても危険なのです。うっかり3番まで歌ってしまうと、曲の中で歌われている「ずぶ濡れの女の子」がついてきてしまうというのです。

とある小学校では、歌い終わったあと、視線に気づいた生徒たちが窓のほうに目をやると、ガラスに貼りつくようにして、じっと中を覗いている女の子がいたそうです。

もちろん、実話じゃありません。噂です。都市伝説というやつです。

「あめふり」についての都市伝説は数種類あって、その一つによると濡れていた女の子は傘を貸してもらったものの、肺炎で死んでしまったそうです。

母親と仲良く帰っていく男の子に嫉妬しつつ…。


都市伝説の古典ともいうべき「消えた乗客」も、雨の日の出来事として語られることが多いようです。

雨の中、しょんぼりと立っていた女性を乗せたタクシー。言われた目的地に着いたので、「着きましたよ」と言って運転手が振り返ると、いつの間にか乗客は消えている。

…というのが、この話の基本的な筋です。

夢でも見ていたのか、と思った運転手が客席を確かめてみると、シートがぐっしょり濡れていたと語られることもあります。この部分を生かすために、最初に雨の日の出来事だったと語られるのでしょう。

しかし、晴れの日だったのに、シートが濡れていたという話もあります。その理由は、消えた乗客が行きたがっていた家を、運転手が訪ねた時に明らかになります。

「町はずれの赤い屋根の家まで行ってください」

消え入りそうな声で、乗り込んできた乗客はこんなことを言います。タクシーの乗客ではなく、ヒッチハイクで車に乗ってくることもあります。言われたとおりに車を走らせていくと、たしかにそういう家がある。その家の前で車を停めると、乗客は消えている。

途中で降りたはずもないのに、と思って後部座席を調べてみると、なぜか彼女が座っていたところが濡れそぼっているのです。不審に思った運転手がその家を訪ねてみると、老夫婦が応対に出てきました。

運転手が事情を話すと老夫婦は顔を見合わせ、彼に家に上がるよう促します。そして仏壇まで連れてくると、そこに飾られた額を指さしこう言います。

「車に乗せたのは、この子だったのではありませんか?」

見ると、確かにそうなので驚いていると、老夫婦はぽつりぽつりと事情を話し始めました。仏壇に飾られていた写真は彼らの娘のもので、この春に事故死したと言います。

その日、彼女は残業で遅くなってしまい、駅から乗ってくるバスの最終便に間に合わず、大雨が降る中を歩いて帰宅する途中で信号無視の車に轢かれてしまったのです。

タクシーが彼女を乗せたところが、その事故現場でした。

「娘は家に帰りたかったのです」

と老いた父親は言いました。

「それで、あなたの車に乗せてもらったのだと思います」

そして、こう言い添えました。

「あなたで3度目です」


傘をさしたもののけたち

雨の日に現れるのは幽霊ばかりではありません。もののけ、妖怪のたぐいも出没するようです。

近世の文献をみますと、雨女・小雨坊・濡れ女子(おなご)・雨降り小僧といった妖怪が雨の日に出るとされています。京極夏彦の小説で一躍有名になった『豆腐小僧』も雨の日が好きなようです。もっとも、豆腐小僧は出てきても恐くはなさそうですが。

通学路に出るという『水たまり女』も妖怪の一種なのでしょう。これは水たまりの中から見上げているという女で、豆腐小僧と同様にとくに悪さはしないようです。

しかし『傘女』となると、出会うのは遠慮したいところです。

傘女は雨の日にトンネルの前に現れる着物姿の妖女で、蛇の目傘をさしているといいます。彼女は傘をささずにいる人を見かけると「送っていきましょうか?」と声をかけてきます。

断わってそのままやり過ごせば何ごとも起こらないのですが、送ってもらうことにするとトンネルの中に連れていかれ、そのまま帰ってくることはできないそうです。同様の妖怪には『傘ババア』がおり、こちらは通学路にいて小中学生を狙うようです。

さらに恐いのは『ヒキコサン(ひき子さん)』です。

この妖女は目と口が裂けた恐ろしい顔をしており、子どもの死体を引きずっています。身長が2メートル近くあり、横走りで追いかけてくるそうです。

しかし、もとは端正な顔だちの普通の少女だったともいいます。恐ろしい顔だちになってしまったのは学校のイジメと両親の虐待のためで、すでに両親を殺している彼女は、子どもたちに対して復讐をしているのだとされます。

なぜ彼女が雨の日に限って現れるのかはわかりません。傷をつけられたのが雨の日だったのでしょうか。彼女は殺した子どもの死体をコレクションしているともいうので、妖怪というよりはアメリカのサスペンス小説に出てくるシリアルキラーに近いのかもしれません。

悲しいのは「雨の日の花子さん」です。

これは雨の日の下校時、学校の玄関に現れます。生徒たちが次々と帰っていくのに、彼女は傘も持たずにぽつんと立っているのです。

けれど、可哀想にと思って「傘に入れてあげようか」と言ってはいけません。彼女と一緒に帰ると、あの世に連れていかれてしまうからです。

花子さんは親のお迎えが遅れ、傘がないまま雨の中歩いて帰ったため肺炎で死んだ少女の霊で、一緒に下校してくれる子を待ち続けているのだとされます。


不可解な雨の日の霊たち

命を狙ってくる幽霊・妖怪はもちろん恐ろしいのですが、なにをしようとしているのかわからないというのも恐いものです。

東京西部に住む女子大生が体験した怪異も、そうしたものの一つに数えていいでしょう。

初夏の夕暮れ時のことだったそうです。昼過ぎから怪しげだった空はとうとう耐えきれなくなり、ぽつぽつと降り出していました。女子大生は友だちの待ち合わせのため駅前広場に立っていたのですが、そこにサラリーマン風の中年男が近寄ってきて、ひと言「傘だよ」と言ったのです。

言い終わると男は、少し怪訝そうな顔をして彼女を見つめ、何ごともなかったかのように立ち去っていきました。

「なによ、アイツ。気持ち悪い」

彼女はそうつぶやいて顔を背けましたが、びっくりして一歩しりぞいてしまいました。すぐ目の前に主婦らしいおばさんが立っていたからです。

そのおばさんは彼女に向かって「傘だよ」と言うと、無表情のまま立ち去っていきました。

「傘ってなによ…」

さすがに恐くなってきた彼女が周りを見渡しているところに、友だちがやってきました。友だちは彼女がキョロキョロしているのを面白がって「なにあちこち見回しているのよ、変なの」と言いました。

「だって…」と彼女が説明しようとしたとたん、友だちは無表情になり「傘だよ」と言いました。

彼女が凍りついたようになっていると、今度は友だちのほうが驚いたようすで彼女に「どうしたの? 大丈夫?」と声をかけきたのです。

なんとか冷静さを取り戻した彼女が、どうして「傘だよ」なんて言ったのか問い返してみると、友だちはそんなことは言っていないと言い張るのでした…。

 ひょっとしたら女子大生は何かに憑かれていたのかもしれません。その霊が周囲の人の口を使って、彼女になにかを伝えようとしていたのでしょう。

でも、何を…?


次のコンビニに現れた霊も、目的は不明です。わかった時はもう手遅れなのかもしれませんが…。

とある地方都市の郊外にあるコンビニ。ケイコさん(仮名)はここで深夜帯のバイトをしていました。

その日は夜になってから雨が強くなり、22時を過ぎると客足はぱったりと途絶えてしまいました。そろそろ日付が変わろうという頃、濡れそぼった男が店に入ってきました。60代後半くらいでしょうか、着古した作業着にすり切れたキャップを身につけています。深夜帯の客は常連が多いのですが、見かけない顔でした。

「トイレ…」

男はそれだけ言うと、ケイコさんの返事を待たずに店の奥に歩いていきました。怪しげですが、とくに変なことをしたわけではないので文句を言うわけにはいかず、圭子さんは男がトイレに入っていくのを黙って見送りました。

「まさか強盗じゃないよね?」

ケイコさんはカウンターの中の防犯ブザーに手が届くところに立って、じっとトイレを見張りました。

「あんなずぶ濡れで入ってこられたら、後でモップがけしなきゃ…」

ケイコさんはそうぼやきながら床に目を落としましたが、不思議なことに床はどこも濡れていないようでした。

「おかしいな…あんなにぽたぽたしずくが垂れていたのに」

ケイコさんは奇妙な気分になり、もう一度トイレに目をやりました。男がトイレに入って10分が経ち、20分が経ちましたが男は出てきません。30分経っても出てこないので、ケイコさんは様子を見に行くことにしました。

「大丈夫ですか? 救急車を呼びましょうか」

彼女はトイレのドアをノックしてそう言いましたが、返事はありません。さらに強く叩いてみましたが、やはり返事はありません。ドアには鍵がかかっていないようでしたので恐る恐る開けてみると、中には誰もいませんでした。

トイレからさらに奥へは行けませんし、彼女の目を盗んで店の中に戻ってくることもできません。

「何これ、嘘…」

ケイコさんは呆然としたままトイレのドアを閉め、振り返りました。すると、店長の姿が見えました。いつもなら店長も12時前には入店しているのですが、その日は都合で遅れていたのです。

「どうしたのケイコちゃん、なにかあった?」

ケイコさんが青ざめた顔をしているのを見た店長は、そう声をかけてきました。そこでケイコさんはトイレで消えた男のことを話しました。

「うーん、それが本当だとしたら怪談だなあ」

店長は半信半疑のようでしたが、ひとまず防犯カメラの映像を確認してみることになりました。12時少し前のところから映像を再生してみると、男がやって来たちょうどその時間に、店の自動ドアが開くのが映っていました。しかし、入ってきたのは、あの男ではありませんでした。

店に入ってきたのは霧のような白いかたまりでした。それは人が歩く速さで店の奥に進むと、ドアを開けてトイレに入りました。

そして、20分後。

トイレのドアの下の隙間から、白いかたまりは出てきました。玄関マットほどの厚みと大きさになったそれは、床の上をゆっくりと店の入口に向かって進んでいきました。

映像にはその横を歩いてトイレに向かうケイコさんの姿も映っていました。ケイコさんがトイレを調べている間に、それはむくむくとふくれあがって人ほどの大きさになりました。

しばらくの間、そのままの大きさでもこもこ動いていたのですが、ふいに縮まって人の形になりました。それは、店長そっくりでした。

「え!」

叫びながらケイコさんが振り返ると、店長はにやりと笑ってこう言いました。

「そうだよ、オレだよ」


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渋谷 申博(しぶや のぶひろ)日本宗教史研究家
1960年東京都生まれ。早稲田大学卒業。
神道・仏教など日本の宗教史に関わる執筆活動をするかたわら、全国の社寺・聖地・聖地鉄道などのフィールドワークを続けている。
著書は『聖地鉄道めぐり』、『秘境神社めぐり』、『歴史さんぽ 東京の神社・お寺めぐり』、『一生に一度は参拝したい全国の神社』、『全国 天皇家ゆかりの神社・お寺めぐり』(G.B.)、『神社に秘められた日本書紀の謎』(宝島社)、『諸国神社 一宮・二宮・三宮』(山川出版社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』(日本文芸社)ほか多数。


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