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【医療ミステリー】裏切りのメス―第36回―

【前回までのあらすじ】
「チーム小倉」に新たに2人が加わった。元埼玉県警の湯本利晴と看護師の白木みさおだ。6人体制となった「チーム小倉」は、医療モール計画を順調に進めていき、順風満帆な船出となった。だが、深夜に湯本からリーダー・下川亨へ風雲急を告げる電話が舞い込んだ。そして、舞台は大きく動き出す。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<2つの遺体>

 深夜というより未明といったほうがいいかもしれない。2017年1月22日(日)、湯本利晴は連絡を待っていた。午前3時半に蒔田直也から携帯に電話がかかってくるはずだった。

 ここのところ、2人は怖ろしいほど忙しかった。2ヵ月半後にオープンする医療モールは、最後の大詰めを迎えていた。責任者の湯本は工事業者との打ち合わせ、入居する開業医たちへの説明と聞き取り、医療機器メーカーとの折衝などに忙殺され、1日2時間ほどしか眠れない日々が続いていた。

 一方、蒔田は3ヵ月前から「安井会グループ統括事務長」という新設したポストに就いていた。これまでも全体を見渡す立場にいたのだが、そうした肩書がついて、いままで以上に張り切らざるをえなくなった。

 グループ傘下の9施設のそれぞれの事務長たちと打ち合わせをするために、蒔田は月曜日から金曜日まで各病院の間を飛び回っていた。土日も自治体の関係者を招いての接待ゴルフや接待登山……。さらには、その合い間を縫って、各病院の財務諸表に目を通し、綿密な方針を立てなければならなかった。蒔田と湯本がじっくり話そうと思えば、深夜しかなかった。

 この日は、蒔田が医療モールの進捗状況を細かく知りたいというので、連絡を取り合うことになっていた。しかし、約束の時間がすぎても、湯本の携帯はなかなか鳴らなかった。4時すぎに湯本から蒔田の携帯にかけてみるが、一向に出る気配がなかった。5時近くになって、もう一度かけてみるが、やはり反応がない。

 湯本は嫌な予感がした。蒔田は時間を守る男だった。チーム小倉の会議でも、どんなに忙しくても、いつも計ったように始まる1分前に席に着いていた。何か大きな異変があったに違いないと湯本は直感した。

 急いで3階の蒔田の部屋に行った。2人とも、チーム小倉が契約している安井中央病院近くの月極の賃貸マンションに住んでいた。だが、いくらベルを鳴らしても応答がない。湯本は管理人室に行き、60代後半の管理人を叩き起こし、マスターキーを借りると、蒔田の部屋のドアを開けた。

 奥の部屋に入ると、2つのソファに深く腰かけている男女の姿があった。蒔田と、もうひとりは昨年9月からチーム小倉に加わった白木みさおだった。眠っているように見えたが、5ヵ月前まで現役の刑事だった湯本はすぐにそうでないことを察知した。

 2人とも生きていない──。

 どちらも息をしていないことを確認した湯本は、自身がいた埼玉県北部の所轄署に連絡を入れた。このマンションがある場所は、その所轄の管内だった。電話に出たのは刑事二課で部下だった男だ。刑事と鑑識を急いで寄越すように頼み、湯本自ら現場保存にあたった。すでに警察をやめているのに、まだ刑事気取りかよと自嘲した。

<困惑する下川と佐久間>

 そうして警察官たちの到着を待つ間に、湯本は私の携帯に連絡を入れたのだった。2人が死んだと聞いても、にわかには意味がまったくわからなかった。蒔田直也と白木みさおの名前を出されたところで、どうやっても死と結びつかない。だが、湯本はこんなことで冗談を言うような人間ではない。私は寝ぼけているのだろうか。

「なぜ、蒔田君と白木さんが……」

「僕も何がなんだか、わけがわからないんです。わかっているのはいま、目の前に息をしていない2人の姿があるということだけです」

「誰かに殺された?」

「いや、死因はいまのところ、見当がつかない。目立った外傷もありませんしね」

 横に寝ていた佐久間君代も、電話のやりとりの異常さに気づき、目を開けて、聞き耳を立てている。一言も発しない。私たちが夫婦であることは隠しているので、声を出してはまずいと思っているのだろう。

「心中かもしれない」と言ったあと、湯本は即座に「違うな」と自ら打ち消した。

「白木さんのことはよく知りませんが、蒔田さんとは6年前からのつきあいです。女性を道連れにするような男ではないし、最近の充実ぶりを見たら、自分から死を選ぶことなどありえない」

「いま、東京のマンションにいるんですが、すぐそちらにうかがいます。まだ、道は空いているだろうから、車を飛ばせば、1時間はかからないと思う」

「来ていただいても現場には入れないし、いずれ警察が話を聞きたいと言ってくるはずなので、それまでお待ちいただけますか。あっ、警察官たちが到着したようです。あとでまた連絡します」

 こう言って、湯本からの電話は切れた。すでにベッドから起きだしていた佐久間に、「蒔田と白木さんが死んだよ」と告げた。顔面が蒼白になりながらも、佐久間は何も言わずに私の顔を見て、すぐに目を伏せた。口を開いたら叫びだしそうになるのを必死でこらえているかのようだった。私が湯本とやりとりするのを途中から聞いて、たいへんなことが起こったのをすでに察していたに違いない。

「すまない。私が白木さんをチーム小倉に入れるように君に頼んだばかりに、こんなことになってしまった」

 私の言葉を聞いて、佐久間の目から突然、涙があふれだした。白木は佐久間のかつてのレズビアンパートナーである。

「湯本はいま来ても、中には入れないと言っていたけど、とりあえず行くだけ行ってみようか」

<遺体との対面>

 佐久間はこくんと頷いた。2人が揃って行ったら、土曜日の晩を一緒にいたことがわかってしまい、不審がられるかもしれないが、いまはそんなことを気にしていられない。ハイエースに乗り込み、国道17号を北上した。紺青色の空に1等星のスピカが見えた。おとめ座でもっとも明るい星だ。

「それにしても、蒔田はなぜ、白木さんと一緒にいたんだろう。2人がつきあっていたなんて、聞いたことある?」

「ありえないわ。私みたいなバイセクシュアルと違って、彼女は完全なレズビアンだから、恋愛対象は女性に限られる。友だちとしての関係は考えられるけど」

 道は空いていた。助手席に座る佐久間も次第に冷静さを取り戻していた。

「ただ、仲はよさそうな感じはしたけどね。チーム小倉の会議で、医療モールの3階に何を入れるかという話になったとき、白木さんの意見に蒔田が同調していた。それで、健診センターに決まったんだ」

「たしか、昨年9月の会議よね。そこで初めて、2人は顔合わせしたんじゃないかな。白木さんは自分の意見が通って、うれしそうだった。あと押ししてくれた蒔田さんに悪い感情を持つはずないけど、わずか4ヵ月で深夜に一緒の部屋にいるような仲になるのかな」

「酒を飲み交わす仲っていうのなら、別に不思議じゃないんじゃない。酒飲みっていうのは一緒に杯を傾ける相手を求めたがるもんなんだ。我々の婚姻届の保証人になってもらうために、白木さんにホテルのレストランに来てもらったじゃない。こっちはそのとき初めて会ったんだけど、その飲みっぷりは惚れ惚れするくらい。彼女はひとりでワインを軽く2本は飲んでいたね。蒔田のほうもけっこういけるくちだから、意気投合したんじゃないかな」

「ひとつ思い出した。白木さんの誕生日は6月13日なんだけど、蒔田さんも同じ日なのよね。それを彼女から聞いたんだ。何か縁を感じたのかもしれないわね」

 7時少し前、蒔田の部屋があるマンションに着いた。空はすっかり明るくなっていた。警察車両が数台、マンションの前に止まっている。ここにはチーム小倉が借りている部屋が6つあった。メンバー一人ひとりに部屋を割り当てていた。

 私は湯本の携帯に連絡した。

「言いつけを破って、マンションまで来てしまいました。いま、どんな具合ですか」

「まだ、鑑識がいろいろやっているけど、遺体はそろそろ運び出すようです。下に降ろしたときに対面してください。責任者が佐山翔という僕の部下だった刑事なので、それくらいの便宜は図らせます」

 ブルーシートにくるまれた遺体が2つ、1階に降ろされてきた。マンション前に横付けされた遺体搬送用のキャラバンに、警察官たち数人が遺体を運び入れた。車の中から手招きしている男がいる。佐山という刑事だろう。「ご遺体の確認をお願いします」と言って、私たちを中に入れた。

 佐山が遺体のブルーシートの上半分をめくった。蒔田直也だった。顔からは精気は失われておらず、いますぐにでも起きだしてきそうだった。もうひとつのブルーシートもめくられた。白木みさおである。急に両目を開いて、最初に会ったときと同じように、豪快に笑いだすのではないかと思った。

 横で私の手をしっかり握りしめていた佐久間がこらえ切れず号泣した。
(つづく)


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