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縁故疑惑を払拭した「金子改革」~慶應幼稚舎のお受験への向き合い方~

「東大理Ⅲより難しい」―
“慶應義塾幼稚舎”の入試を評するときによく使われる表現だ。ここでいう「理Ⅲ」とは東京大学理科Ⅲ類。全国に82ある医学部の中でも、断トツの偏差値を誇り、国内の大学入試で最難関とされる東大医学部である。彼らのキャラクターのせいもあって、言い方は悪いが、「偏差値オタク」との呼称が理Ⅲの代名詞になっているほどだ。そんな彼らがもし若返って、“慶應義塾幼稚舎”の入試に挑戦できたとしても、まず合格できないだろう。
 日本のエスタブリッシュメント層を多く輩出してきた“慶應”を体現し維持しているのは、まさしく幼稚舎であり、多くの者が抱くそのブランド力への憧れが人気を不動のものとしているのである。
 今回はそんな慶應幼稚舎の“お受験への向き合い方”について、フリージャーナリスト田中幾太郎氏の著『慶應幼稚舎の秘密』から少し抜粋し、掲載したいと思う。(『慶應幼稚舎の秘密』田中幾太郎より引用)

 幼稚舎の入試に関し、「いわゆる(中略)コネは存在しない」と述べた。そして、巷ちまたでよく言われる「近親者に慶應出身者がいると有利に働く」という説については、「判定する側に、この子には慶應出身の親や兄姉がいるから加点しようというような意思があるわけではない」と断じた。
 しかし、こうした断定的な言い方ができるようになったのは、ある時期を挟んでからである。あからさまにいってしまえば、縁故入学が横行していた時代もあったのだ。

二等親以内に慶應出身者

「戦前は慶應関係者や有力者の子弟は優先的に入れていたと聞いていますし、戦後になっても、親族に慶應出身者がいる場合のほうが有利だったのはまぎれもない事実です」と証言するのは、幼稚舎の事情をよく知る慶應大の文科系の元教授だ。

 1960年代、日本が高度成長期に入ると、裕福な家庭が増え、〝お受験〟熱もヒートアップ。マスコミでもしばしば、中学受験や小学校受験が取り上げられるようになる。「調べてみると、幼稚舎合格者の7割前後に、近い親族に慶應出身者がいることがわかった。しかも、その半分近くは親、祖父母、兄姉が慶應出身か在学しているといった二等親までのケースだったんです」

 こう話すのは、1960年代後半に、小学校受験の状況を取材したという週刊誌のベテラン記者。「少なくとも、この頃は明らかに、慶應OB・OG縁故枠があった」と言い切る。それに対し、前出の元教授は次のように語る。

「幼稚舎に合格した7割に慶應出身の親族がいて、その半分が二等親以内として、それが縁故枠とします。となると、合格者の約3分の1がそうしたコネを使って入ったことになりますが、さすがにそこまで枠は大きくなかったと思います。1960〜1970年代にかけての縁故枠は、せいぜい5人に1人程度ではなかったでしょうか」

 コネかどうかはともかく、合格者にこれだけ慶應出身者の子弟が多かった理由として、この元教授は以下のような点を挙げる。

「ひとつには、OB・OGの慶應愛が関係している。慶應で学んだ経験を持つ者の中には、その誇りや母校への愛着から、自分の子どもも入れたいと思うようになる人が非常に多い。それもできれば、大学までエスカレーター式に上がれる幼稚舎に入れればそれに越したことはないと考えるようになるわけです。その結果、必然的に親などが慶應という受験者の割合が増えてしまうという構図です」

 さらに、もうひとつの要因として、マスコミの責任も挙げる。

「合格者に慶應出身の子弟が多いと、たびたび報道されることによって、近い親族に慶應関係者がいないと合格するのは難しいといったイメージが出来上がってしまった。その結果、どうせ受からないのならと、幼稚舎受験を控える親が増えてしまったんです」

 マスコミの多くが批判的に取り上げているにもかかわらず、それによって、かえってその傾向が強まってしまったのは皮肉だった。現実にはますます、幼稚舎合格者の中に慶應出身者の血縁の割合が増えるという結果になってしまったのである。前出の週刊誌ベテラン記者は、その後の状況について、次のように話す。

「単に親族に慶應出身者がいるというだけでなく、合格者の7割の親が慶應OB・OGという年まで出てきました。ただ、受験者が慶應出身者の子弟だらけになってくると、そのアドバンテージは薄くなる。結局、単に近親者に慶應出身者がいるだけではアピール度は低くなり、親、兄、姉のいずれかが幼稚舎出身者ぐらいにならないと、そのメリットを享受できなくなっていったのです」

 いずれにしても、そうした状況は組織に硬直化をもたらす。古いタイプの慶應カラー、幼稚舎カラーが繰り返し再生産されるだけになり、新陳代謝がまったく機能しなくなってしまったのだ。

 となると、福澤諭吉が提唱する「独立自尊」の理念とは、どんどん離れていってしまうことになる。独立自尊とは、慶應という環境にどっぷり浸かることではない。フレキシブルな視点を持つことからしか、独立自尊という主体的な精神は育たないのだ。しかし、その頃の幼稚舎では、ブランドを守ろうとするだけの懐古主義が蔓延するようになっていたのである。

 そんなときに、現状打破すべく、幼稚舎に登場したのが慶應大大学院政策・メディア研究科教授(現名誉教授)の金子郁容氏だった。

異色の幼稚舎長誕生

 金子郁容氏が幼稚舎長に就任したのは、1999年4月のことだった。同時期に慶應大総合政策学部教授にも就任している。

「金子さんは慶應内で3つの要職を兼任することになったわけですが、その中でもっとも力を入れていたのが幼稚舎長でした」と振り返るのは金子氏の後輩にあたる理工学部OB。

 元々、金子氏は工学部(現理工学部)の出身。応用数学が専門だった。慶應大卒業後にアメリカに渡り、スタンフォード大で工学博士号を取得した。その後、ウィスコンシン大准教授、一橋大商学部教授などを歴任。1994年に慶應大に戻り、教授に就任した。

「学者人生を歩んできた金子さんが、幼稚舎長に就くと聞いたときは驚きました。でも、よく考えてみれば、彼も幼稚舎からの慶應組。母校愛も強かったでしょうし、自分ならこうするのにと、いろいろ思い巡らしていることもあったようです」(理工学部OB)

 金子氏の次の舎長も慶應大理工学部教授(現名誉教授)の福川忠昭氏だったのでめずらしくはなくなったが、それまでは、幼稚舎の教員を務めた人物が舎長に就くパターンがもっとも多かった。そうした意味では、金子舎長誕生はかなり異例だったようだ。前出の文科系元教授はこう話す。

「だいぶ前から、慶應の関係者の中に、お受験の代表格みたいになった幼稚舎を改革しなくてはならないと考える人間が少なからずいた。その後、マスコミでも批判的な論調が目立つようになって、改革派の勢いが増し、金子さんを推す声が出てきたんです」

 実際、金子氏は舎長に就くとすぐに、改革に着手した。その第一弾は、巷で囁かれる縁故枠の噂をいかに払拭するかだった。金子氏はさっそく、かねてから温めてきたプランを実行に移した。

保護者面接は〝時間の無駄〟

 入試にあたっては、「親や親戚ではなく、子ども本人だけで判断する」というのが、金子郁容舎長の考えだった。例が正しいかわからないが、絵画や小説を評価するとき、余計な情報は入れずに、その作品のみで判断すべきというのと似ている。しかし、誰が創ったかで、とかくその評価や価値は左右されがちである。そうした要素をいかに排除するかに、金子舎長は腐心したのだった。

 まず手がけたのは、入学願書の書式の変更である。家族欄を段階的に簡素化していったのだ。それまで、祖父母の氏名に加え、学歴や経歴まで記入しなければならなかった。が、祖父母の欄そのものをなくしてしまった。さらに両親についても、氏名だけを記入する方式に改めた。

 入試に関し、もっとも大きな変革は、保護者面接をなくしたことだろう。「〝時間の無駄〟と、金子さんは一刀両断に切り捨てたんです。要するに、子ども本人だけで判定しようとする以上、親の話など聞く必要はないというわけです。実際、保護者面談はとても時間がかかり、学校側の負担も小さくなかった。これがすべて省略できたことで、入試関連にかかる時間が大幅に短縮された。金子さんは非常に合理的な考えの持ち主だったのです」(幼稚舎関係者)

 入試がらみでいうと、もうひとつ、重要な金子改革がある。1学年のクラス編成をそれまでの3クラス(K組、E組、O組)から4クラス(K組、E組、I組、O組)に増やしたことだ。ただし、金子氏が4クラス体制の成果を十分に見届けることは叶わなかった。移行した2002年度の秋に、舎長を退任してしまったからだ。いずれにしても、4クラス体制への移行がなぜ、入試と関連するのか、すぐにはわかりかねる人がほとんどではないだろうか。

「公立小学校で先行して進んでいた少人数化の動きに合わせ、幼稚舎も1クラスの人数を減らした」(幼稚舎関係者)というのが表向きの理由だ。1クラスの人数を44人から36人と2割近くも減らしたのだが、この36人という数字には意味がある。当時の文部省が目指していた公立小学校の35人学級と、ほぼ同じ水準なのである。「ただ……」と、幼稚舎関係者は続ける。

「金子さんの一番の狙いは、世間が持つ幼稚舎入試への疑念の払拭にあった」というのだ。これはどういうことなのか。

 第2章ですでに記したように、幼稚舎のクラス分けからは強い意図が感じられる。K組は慶應出身者、特にオーナー企業の経営者の家庭で育った子弟。O組には開業医の子弟で、医学部を目指す生徒が集められている。

 こうしたクラス編成は、キナ臭いにおいがプンプンする。少なくとも世間の目には、この2つのクラスは縁故枠の巣窟と映ったはずだ。3クラス体制の時代はさしあたって、公平に実力が判定されて入ってきたのはE組の生徒だけのように見えてしまう状態だったのだ。

「そう思わせてしまうこと自体、決して誉められたものではないですが、3クラス体制時代も、K組とO組に誰を入れるかを考えて、合格者を決めているわけではなかった。すべての合格者が決まったうえで、それぞれの特徴を分析して、クラス分けをしている。過去に縁故枠がまったくなかったとはいえないにしろ、それはかなり特殊な状況下であり、ほとんどの場合、公平に合格者が決められてきたのは事実なんです」(幼稚舎関係者)

 このあたりは、幼稚舎に関わりのある人によって、微妙に言い回しが違うのだが、どちらにしても、入試のフェアさについては、世間的には疑われても仕方のない状況が続いていた。にもかかわらず、学校を運営する側は「どう思われようと、世間の勝手」とばかり、〝我関せず〟の態度をとり続けてきたのだ。

 それを大きく方針転換したのが金子舎長だった。積極的にクリーンさをアピールすることにしたのである。

4クラスに増やしたもうひとつの理由

 3クラスを4クラスに増やす狙いは何だったのか。単純にいえば、縁故枠と疑惑の目を向けられていたK組とO組の比重が薄まったことが挙げられる。入学者の3分の2を占めていたK組とO組の人数割合が全体の半数になった。さらには、特別な色がついていないクラスがE組だけから、I組を加えて2クラスになり、少なくとも入学者の半数は確実に縁故枠と無縁であることがはっきりしたのだ。

「というより、金子舎長時代以降、K組やO組に振り分けられる生徒も含め、完全に縁故枠はなくなったといっても過言ではありません」と、幼稚舎関係者は話すが、何よりそれを肌で感じられるようになったのは、自分の子どもの幼稚舎入学を目指す父兄だろう。

 1990年代は多くても1500人ほどだった受験者数が、2000年代に入ると2000人前後で推移するようになり、2000年代後半は2400人を突破する年度も出てきた。

 これはまさに、「身内に慶應出身者がいなければ、幼稚舎に入るのは難しいという風聞が消えた証拠」(幼稚舎関係者)なのだろう。ただ、あまりに受験者が増えたが故に、さらに超難関になったという声も上がった。

 もっとも、最近は幼稚舎フィーバーもだいぶ治まった感がある。2010年代半ば以降は、受験者数1500人前後で推移するようになった。その原因としては、難易度が上がりすぎたために、とりあえず受けてみようという層が減ったほかに、もうひとつ理由がある。2013年の慶應義塾横浜初等部開校である。

「慶應ブランドであればOKという人がだいぶ横浜に流れた」と話すのは、予備校の小学校受験スタッフだ。

「幼稚舎と横浜初等部の併願は可能で、そうする受験者も多いのですが、両校の受験日が近いために児童の負担が大きく、出願しても受験しないケースも少なくありません。たとえば、幼稚舎の場合、2019年度(入試2018年11月実施)の出願者1676人のうち212人が入試当日に現地に来ていない。『ダブル受験はたいへん』といった情報が伝わり、最初から併願しないケースも増えていて、アクセスを考え、最初からターゲットを横浜初等部に絞っている受験者も多くなっています」(同)

 その一方で、「慶應義塾の小学校は幼稚舎だけ。横浜初等部など慶應とは認められない」(幼稚舎OG)といった声も根強い。この横浜初等部の現況については、第5章で触れる。

教員の公募に踏み切る

 金子郁容氏が舎長時代に行った改革は、入試に関してだけではない。

「金子さんが本当にやりたかったのは、旧態依然とした慶應という枠を壊すことだったと思う」と推察するのは、金子氏の後輩にあたる前出の理工学部OB。「壊す」とは少々物騒な気もするが、要は新生慶應を生み出すことである。慶應という学校は、その中だけで完結することが可能であり、新たな展開を起こしにくい短所を常に抱えている。

 筆者は2017年に出した『慶應三田会の人脈と実力』(宝島社新書)の中で、企業内で慶應出身者が集まり一大勢力を築く様子を描いた。慶應のOB・OGたちは非常に仲間意識が強いのである。あまりに強くなりすぎたが故に、仲間うちだけで事を進めようとする傾向があり、大きな弊害を生み出していた。

 その閉塞感を打破しようとしたのが、幼稚舎長に就いた金子郁容という人物だったのである。そして、慶應出身者が仲間うちで完結してしまう原点は幼稚舎にあるという意味で、金子氏の目のつけどころは、まさに的を射ていた。

 幼稚舎で仲間うちというぬるま湯に浸かっていたのは生徒ばかりではなかった。教員も同様だった。採用されるのは、慶應出身者や東京学芸大大学院出身者が多く、紹介という形で入ってくるケースが大半だった。「採用にあたっての緊張感はまるでなかった」(幼稚舎関係者)のが現実で、教員同士が切磋琢磨する様子もあまり見られなかったのである。そこで金子氏は、教員の採用に関し、公募制を導入することにした。

「従来の採用方法自体は責められることではなく、幼稚舎の校風にマッチしていたともいえる。他人を押しのけたりするような上昇志向を持たないのが幼稚舎生の良さでもあるので、授業のあり方を大きく変える必要はなかった。ただ、全体的にマンネリ化が漂っていたのも事実であり、新しい風を入れて刺激を与えるべきではないかと、金子さんは感じたのではないでしょうか」(幼稚舎関係者)

 公募の方法については、幼稚舎のウェブサイトを使って行った。幼稚舎がどんな教員を求めているかをウェブ上で説明したのだ。それだけでは、多くの人の目に触れることはないので、教育学部・学科を擁する各大学に通知するとともに、新聞紙上でも告知した。

「すると、想像を超える数の応募があった。金子さんはトップダウンで大半のことは自分で決めてしまうのですが、このときはそうした方法はとらなかった。応募があった教員候補の資料を並べて、現役の教員たちと一緒に検討しながら選んでいったんです。人選が独りよがりにならないようにするためと、あとで教員同士がギクシャクしないようにとの配慮からでした」(同)

舎長と父兄をつなぐメーリングリスト

 教員の公募でもそうだったように、金子郁容舎長体制になってから、幼稚舎は内外への情報発信にインターネットをフル活用するようになる。入試の告知も、基本的に幼稚舎のウェブサイトで行った。学校の説明もウェブ上でくわしく行い、受験者の父兄からよく出る質問については、Q&Aの形でわかりやすく答えた。

「毎年7月に行う『学校説明会』と、ウェブサイトでの説明で、すべてこと足りるようにしたんです。そして、個別での問い合わせは受け付けないことにしました。教員や関係者との接触も一切禁止です。金子舎長時代にできたこうした方法は、その後も同様の形でずっと続いています」(幼稚舎関係者)

 金子氏がインターネットを積極的に活用する中で注目されるのは、舎長自ら、メーリングリストの導入によって、生徒の父兄とやりとりをしたことだろう。情報の共有が容易になったというメリットに加え、父兄の側に対しては、幼稚舎のトップとつながっている安心感と、子どもを日本で一番の名門校に通わせているというプライドを喚起させる効果をもたらした。

 舎長が伝えたいことはこのメーリングリストによって、ほぼすべて賄えたが、メールの活用はそれだけにとどまらなかった。父兄の側では、情報を受けるだけでは飽き足らず、個別案件についても、メールを積極的に使いだしたのだ。その結果、インターネットの持つ怖さも顕在化してくる。

「主に担任とのやりとりでメールを使うのですが、その際、CC(カーボンコピー)で舎長にも送る父兄が増えたんです。その多くは生徒同士のトラブルだったり、ある父兄への不満、授業への注文というように、クラス内の問題についてのメールです。幼稚舎では、生徒の教育は担任に全面的に任されているので、父兄との対応に舎長が出てくることはない。にもかかわらず、担任を飛び越えかねないメールの使い方が目立つようになってきたんです」(同)

 あからさまな言い方をすれば、担任にとっては非常に面白くない事態になっていたのである。担任からすれば、「父兄からの信頼はそんなものなのか」と、がっかりするのも当たり前だった。メールの内容が舎長にも対応を求めるような文面であっても、金子氏は「担任に任せてあるので」と返し、自らが前面に出てくることはなかった。

「ただ、メールの中身が相当深刻な場合、舎長が表に出てくることはなくても、担任と金子さんで対応策が話し合われることはありました。越権行為ではありますが、それで難局を乗り越えることができたケースもあるので、いちがいにマイナスとばかりはいえず、ケースバイケースで判断していました」(同)

 しかし、状況は徐々にエスカレートしてきた。担任を完全に飛び越えるケースも出てきたのだ。担任へのメールをCCで舎長にも送るのではなく、ダイレクトに舎長宛てに、クラスのトラブルや不満を伝えるメールを送りつける父兄が現れたのである。第2章で触れた教員の自殺も、そうした中で起こった。


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