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【医療ミステリー】裏切りのメス―第43回―

【前回までのあらすじ】
「チーム小倉」のリーダー下川亨は、妻でありメンバーの佐久間君代に、警察は蒔田直也と白木みさおの死が事故死であるという方針で捜査していることを話した。そして、自ら調査に動くことを告げる。チームの湯本利晴の捜査も進捗が上手くいかず、下川は自ら尾方と直接会うことを考えていた。
 陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!

-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<天才赤ひげ先生>

 蒔田直也と白木みさおの死が殺人によるものだと断定できない段階にもかかわらず、尾方肇が犯人だと決めつけるのはあまりに乱暴だとわかっていた。だが、このままでは出口のない袋小路である。私は尾方自身に確認するしかないという気持ちに傾いていた。

 しかし、自分ひとりだけで決断する自信はなかった。警察は事件性なしと判断している。なのに、私の勝手な思いから突っ走ることは許されるのか。唯我独尊ではないか。何様なのだという声がどこからか聞こえてくる気がした。弱気の虫を吹き飛ばすために、誰かに背中をひと押ししてもらいたいのだ。

 私はチーム小倉のメンバーを徴集することにした。これは、6人のうち2人もの大事な仲間を失ったチーム小倉の問題なのだ。しかも、今年に入って、一度も会議を開けていない。プロジェクトは拡大する一方なのに、その中枢を担っていた蒔田、看護師体制のかなめの白木がいなくなり、早急に陣容を立て直す必要にも迫られていた。

 2人の死から3週間がたった2017年2月11日(土)午前10時、私、安井会グループ理事長の小倉明俊(吉元竜馬)、佐久間君代、湯本利晴の4人が安井中央病院の理事長室に集まった。この日は建国記念日で、救急を除いて外来は休み。祝日の入院病棟の面会時間は午後1時からとなっているので、院内はとても静かだった。

 小倉になりすます吉元と会うのは昨年12月の会議以来だから、2ヵ月ぶりになる。天才脳外科医として知られる吉元だったが、その本来の姿は完全に封印している。最後に脳神経外科手術を手がけたのは4年前。襲われた前理事長の安井芳次の執刀に当たり、外傷性脳内血腫をいとも簡単に完治させた。だが、脳外科医として目立つのは困る。「吉元竜馬」という名前がよみがえっては、チーム小倉が崩壊してしまうのだ。私は吉元に暗に、脳神経外科手術をやらないように示唆し、「小倉明俊」に徹するように求めた。チーム小倉の結成以来のメンバーである私と佐久間は、小倉の正体が吉元であることを知っているが、新たに加わった湯本はいまだ、その事実を把握していない。

 安井を執刀して以降、吉元が脳領域の手術にタッチすることはなくなった。その代わりに、生前の小倉が専門としていた肝胆膵の手術で頻繁にメスを握るようになっていた。外科医としての本能がうずくのだろう。吉元にとって専門外にもかかわらず、すぐにこの分野の知識と手技を自分のものとした。そして、肝胆膵手術でも超一流レベルに達してしまったのである。やはり、外科医になるべく生まれた人間なのだ。

 病院長を兼任する安井中央病院だけでなく、安井会グループの9病院すべてで執刀を重ね、吉元が担当する手術は年間100件にも及んだ。その結果、今度は「肝胆膵外科医・小倉明俊」としてクローズアップされるようになってしまった。本物の小倉がどれほどの外科医だったかは承知していないが、すでにそのレベルははるかに超えているように思われた。

 私の勧めで変装のために生やしだしたひげも、すっかりトレードマークになっている。「安井会の天才赤ひげ先生」というニックネームまでついてしまったのである。その素性をくわしく洗われたらと思うと、こちらは気が気ではないが、本人はどこ吹く風で、プライドを大いに満足させているようだ。

 この日、姿を現した吉元も、そうした精神状態が反映されているのか、快活な雰囲気をいっぱいに漂わせていた。東京拘置所の運動場で最初に出会ってから6年がたつ。そのころの端正で耽美な面影はもうなかった。4年前に安井会グループの理事長職に就いたばかりのころは、いろいろプレッシャーもあったのか、顔色が優れなかったが、いまは血色も良く、肌がつるつるしている。

「小倉先生、最近、調子はどうですか。理事長、病院長、執刀医と、3つの重責をいっぺんに担うのはたいへんでしょう」

「まったく、そんなことないです。体調はこれまでにないくらい、すこぶる良くてね。昨日も腹腔鏡下肝切除をやってきたばかりです。手術時間が5時間を超えたのが僕としてはやや不満ですが、無事成功しました。それにしても、蒔田さんと白木さんは気の毒でしたね。まだ、くわしいことは知らないんだけど」

「今日、緊急に会議を開いたのは、その報告と、今後をどうするか。それと、事件の対応について、みんなの意見を聞きたかったからです」

<チームの立て直し>

 私は湯本に事件のあらましを報告するようにうながした。といっても、すでに私と佐久間はその中身をよく知っているので、現実には吉元ひとりのために説明をするようなものだった。湯本は2人の死因から、亡くなった現場である蒔田の部屋の様子まで、警察から聞き出した内容を、ほとんどはしょることなく、ていねいに話した。さらには、私が主張する尾方犯行説についても、湯本が説明してくれた。それが終わると、私は「尾方が犯人だという証拠はないのですが」と前置きして、こう続けた。

「ただ、これが殺人だとして、蒔田君や白木さんを恨んでいる者を思い巡らせても、該当する人物が見当たらないんです。白木さんはともかく、蒔田君のことは昔からよく知っていますが、プライベートで彼を殺したいほど憎んでいる人物は思い当たらない。となると、犯人の狙いは個人ではなく、チーム小倉ではないかと。私たちを一番恨んでいるのは誰か考えると、必然的に尾方が浮上してくる」

「向こうはトンビに油揚げをさらわれたと思っているだろうからね」と吉元は相槌を打った。

「安井先生を籠絡し、安井会グループを掌中に収めたと思った途端、チーム小倉が現れて、すべてを奪っていった。ただ、小倉(吉元)先生もご存じの通り、実際に安井先生に話を持ちかけたのは、こちらが先なんです。向こうから言わせれば、ずいぶん前から安井会グループに狙いを定め準備をしていたら、突如、私たちが登場してきたということになるのでしょうが……」

「あとさきはともかく、最終的には安井先生は僕らを選んだ」

「いずれにしても、一度は尾方の申し出に安井先生は合意しているわけですから、それをひっくり返したチーム小倉への恨みは大きい。しかも、この一件で怒りを爆発させた尾方は、手下に安井先生を襲わせて、4年も塀の中に閉じ込められることになった。その元凶であるチーム小倉をぶっ潰してやると、実力行使に出ても不思議ではありません」

 ここで、私は今後をどうするかを切りだした。

「昨年9月、湯本さんと白木さんにチーム小倉に加わってもらって6人体制になったわけですが、今回の事件で再び4人体制に戻ってしまった。私たちが安井会グループにかかわるようになって4年。この間に、傘下の病院も7施設から9施設に増えた。しかも、4月からは医療モールも稼働する。このすべてを4人で見ていくというのは無理があります。今回亡くなった蒔田君は財務状況を判別して、すぐ改善点を見いだせる事務方のスペシャリスト。白木さんも看護師のネットワークを持っていた。この2人の穴を埋めるのはたいへんなのです」

「9病院の看護師体制は、これまで通り佐久間さんに統括してもらって、おいおい、右腕となる看護師をスカウトしていくしかないんじゃないかな。看護師の問題に医師があまり出しゃばると、こじれることが多いんで、佐久間さんに任せたいと思う」

 吉元は大学病院時代、看護師にはめられた苦い経験を持っていた。彼の人生を狂わせたその一件がトラウマになっているのだろうか。看護師体制に対しては、アンタッチャブルの構えだった。

「事務長候補については、公認会計士で医師の資格も持っている知り合いもいたんだが……」

 言葉を濁す吉元の態度に、「あっ、そうだった」とすぐに事情を察した。小倉になりすます吉元は、かつての自分の人脈を活用するわけにはいかないのだ。最近の彼のプライベートがどうなっているか、細部までは把握していないが、昔の知己との関係はほぼ断っているのだろう。これだけ、手術現場に立ちたがるのも、吉元竜馬という人格を捨てざるをえない現在の状況を少しでも忘れたいからに違いない。

 これまでのやりとりを黙って聞いていた佐久間が「事務長が女性でも構わないのなら、当たってみますけど」と口を挟んだ。

「看護師から税理士に転職した昔の仲間がいるんですが、当然、医療系に強いし、数字にも明るい。白木さんほどじゃないけど、リーダーシップもとれる。受けてくれるかどうかわからないけど、一応、聞いてみましょうか」

「それはありがたいね。小倉先生、どうですか」

「もちろん、事務長が女性でもOKですよ」

<決意>

 会議の最後に、私はこの日、メンバーたちに一番、聞いておきたかったことを口にした。

「蒔田君と白木さんが亡くなったのは非常に残念ですが、チーム小倉の今後のためにも、いつまでも引きずっているわけにはいかない。どこかでけじめをつける必要があるのです。そこで、私は犯人かもしれない尾方肇に直接、そのことをぶつけてみようという思いが強くなっている。警察が動いてくれない以上、自分たちで行動を起こすしかないという気がしているのです」

 それに対し、懸念の言葉を口にするのではと予想していた元刑事の湯本を含め、3人とも押し黙ったままだ。私はさらに続けた。

「このままじっとしていては2人に申し訳ない。真相をつきとめることが彼らに対する供養になるのではないでしょうか」

「わかりました」

 湯本が重い口を開いた。

「この中で尾方と面識があるのは僕だけです。直撃するときは、僕も同席します」

 尾方との対決が刻々と近づいていた。
(つづく)



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