自分の趣味をラノベ風に書いてみたら 第9回『ドールさん』
テキスト:金澤流都 https://twitter.com/Ruth_Kanezawa
イラスト:真藤ハル https://twitter.com/shindo_hal
今回は、わたしの趣味でいちばんお金のかかっている趣味である、ドールさんの話をしようと思う。「ドール」に「さん」をつけてしまうのは、なんというかモノ扱いするのが嫌だからだ。
ことの始まりは中学生時代にさかのぼる。どうにも中学生時代から始まった趣味が多すぎる気がするが、しかしそれだけ多感な時代だったということだろう。そのころわたしはゴスロリファッションに憧れていた。中学生だから仕方がない。誰もが異質なものに憧れる時代なのだと思う。
保健室にたまりながら友だちから借りたゴスロリファッションの雑誌を見ていたところ、美しい面立ちの、上等な仕立てのスーツを着た少年の人形の広告が挟まっていた。
なんだこれは。すごくすごく美しいぞ。
友達になにこれ、と訊ねると「球体関節人形だよ」と言われた。
これがわたしの人生を大きく変えた。わたしは一瞬で、その「球体関節人形」という耽美な響きを気に入り、どうにかしてこれを手に入れることはできないか考えた。しかし、球体関節人形はとても高価なもので、中学生の財力ではとてもじゃないが買えるものではなかった。
その広告は京都にあるボークスという会社が出しているもので、その人形は商品名をスーパードルフィーと言う。当時ネットをさまよっていたら「ドリフとアルフィーが合体したみたいで間抜けな名前」という文章が目に入ったことを記憶しているが、本当のところはドールとフィギュアの合成語なのであった。
高校をドロップアウトしたころに、「モニョモニョ万円くらいの小さいのだったら買ってやっていい」と、家族からお許しを得た。
そのころ我が家はネット環境が整っていなかったので、わざわざ伯父の仕事の事務所まで行ってミニスーパードルフィーをぽちっと注文した。本当のところは、モニョモニョの倍万円くらいの値段の、ミニじゃないスーパードルフィーが欲しかったが、買ってくれるのであれば贅沢は言えなかった。家族の善意を否定したくなかったのである。
それからしばらくしてミニスーパードルフィーが届いた。
しかしフェイスメイク(要するに眉毛とかまつげとか唇の塗装)はされておらず、眼球はアクリル製で、思っていたスーパードルフィーとずいぶん違った。それでも自分なりに眉毛を書いたりしたが、「何か違う」という感じしかしなかった。そして、顔をいじれば違和感も消えるだろうと、幼い顔の鼻筋やまぶたにエポキシパテを盛ったり、模型用塗料などで塗装したり、口元を削って口を広げたりといじくりまわした結果、ミニスーパードルフィーのヘッド、つまり顔を壊してしまって、体は少年なのに頭はモアイ、みたいなことになった。祖母が手ぬぐいで作った甚平を着せていたが似合わなくなった。自分でやったことなのに、すごくショックだった。
ボディが無事なので通販で頭だけ買って取り付けたが、やっぱり「なんか違う」は収まらず、結局大人になってからフリマアプリに投入して処分してしまった。あとには虚しさが残った。
ドールさんをこれから「お迎え」、要するに購入しようと思う人には、本当に欲しいドールさんをお迎えするのをオススメしておく。どんなに高くついても、ドールさんにジェネリックは存在しない。本当に好きだと思える子をつれてくるべきである。フリマアプリでは有名なファッションドールであるブライスのコピー品や球体関節人形を模した怪しい人形が当たり前に売られているが、ああいうものに手を出してはいけないと思う。ちゃんとしたところから、ちゃんと欲しいものを買うのが、正しいドールさんとの出会い方だと思う。本物が高いからコピー品を買おう、では、絶対に物欲は満たされないのだ。
そんな紆余曲折もありつつ、コツコツ貯めたお年玉やらお小遣いやらバイト代やらで、二十代前半くらいで球体関節人形を五体並べるに至った。三分の一スケールの、少年少女、といった感じの大きな子が四体、六分の一スケールの幼児、といった感じの小さい子が一体、というのが我が家にいる球体関節人形のみなさんである。大きい子はボークス製で、セミオーダーである「フルチョイス」でお迎えしたのが二人、完成品である「スタンダード」でお迎えしたのが二人。六分の一スケールの子は韓国のブルーフェアリー社製で、日本の代理店からお迎えした。
球体関節人形は韓国でとても盛んに作られていて、韓国製ドールは韓国の美意識の高さを感じるクオリティである。スーパードルフィーに引けを取らないクオリティだし、むしろ韓国のほうがデザインが凝っている。だから日本と韓国はなるべく仲よくしてほしいと思う。
この「市販の球体関節人形」つまり「キャストドール」は、主に写真を撮って遊ぶドールである。髪はウィッグになっていて、頭のフタを開ければ眼球も取り換えられる。洋服も、メーカー製のものから個人製作のものまでたくさん売られている。つまり洋服や髪型でシチュエーションを演出し、写真を撮るのである。
本当のところはちゃんとしたカメラが欲しいのだが、さすがに一眼レフには手が出ないし、安いコンデジよりならスマホのほうがよっぽど性能がいい。ドール友だちなんていないし、自分のドールさんしか写真は撮らないので、スマホで写真を撮っている。
すごい服を着せてすごいカメラですごい写真を撮っておられる方もたくさんいるが、わが家のモットーは「庶民派」である。ロリータや王子様スタイルの服はほとんど持っていない。普段着でも似合う、庭の花や木と写真を撮るのが好きだ。夢は一面のポピーが広がる野原で写真を撮ることである。
↑キャストドール 三分の一スケールが四体、六分の一スケールが一体
球体関節人形のほかにも、大人の体形をした六分の一スケールのドールさんもいる。ざっくり言えば「よく動くジェニーちゃん」といった印象の、モモコドールというドールや、リカちゃんのボディをアゾンインターナショナルという会社のピュアニーモという可動ボディに変更した子もいて、このようなドールは「ファッションドール」という。モモコドール二体とピュアニーモボディのリカちゃんが一人。この子らは「着せ替えて楽しむ」という感じである。
モモコドールは顔がどうみても江角マキコなのだが、どんな服でも着こなしてくれるスレンダーなおしゃれさんである。リカちゃんも、ピュアニーモボディに変更して自由に手足を動かせるようになった。
モモコドールやピュアニーモボディは型紙本がいろいろ出ていて、下手くそながら服を自作することもある。わたしはすごく不器用なので裁縫というものがとにかく苦手なのだが、それでもなにか作ってあげたいと思う。
ドール服はとにかく細かいし手間が多い。通販で買って高い理由がよく分かる。
でも「ファッションドール」というのは、自分には似合わないであろう服を着こなしてもらうのが楽しい、というジャンルである。こんなの似合ったら楽しいだろうなあ、と想像しながら、おしゃれな服を着てもらうのだ。
わたしみたいに、「自分はブサイクでデブだ」と思いがちな人間の箱庭療法に、ファッションドールはピッタリだと思う。自分の代わりにドールさんが可愛くなるのは見ていてうれしいものだ。このうれしさは自分の服を買ったときとはぜんぜん違って、間違いなく似合う、というのが嬉しいのである。
↑六分の一スケールのモモコドール(真ん中、左)とピュアニーモボディのリカちゃん(右)
ちなみにバービーちゃんもファッションドールの仲間なのだが、ドール趣味が理由でトイ・ストーリーのバービーちゃんとケンが大好きなのであった。ケンというのは要するにバービーちゃんのボーイフレンドで、トイ・ストーリーの中では「僕は女の子のオモチャじゃない!」が口癖だ。そしておしゃれなマンション、つまりお人形のお家的なやつの素敵なクローゼットに無数のレアな洋服を並べている、というキャラクターなのだが、どう考えてもお前は女の子のオモチャでしょうよ……と、トイ・ストーリー3を見るたびに思ってしまうのであった。
さらに小さい、十二分の一スケールのドールさんも五体ばかりいる。こうなってくると、ほぼフィギュアである。一体は武装神姫という、武器と組み合わせることでカッコイイ変形をするアクションフィギュアで、残りの四体はカスタムリリィという、前に書いたアゾンインターナショナルが作っているフィギュアに近いドールである。
この子らは髪が繊維でなくフィギュアのようなヘッドをしているが、服までフィギュアとして作られているわけではなく、好きな洋服を着せることができる。関節がとてもよく動くので、コマ撮りで映像を作る人や、武器のフィギュアと組み合わせる人もいる。食玩のミニチュア食品サンプルなんかもだいたい十二分の一スケールなので、そういうものと組み合わせて写真を撮るのも面白い。関節がしっかりしているので、動かして遊ぶのに向いているのだ。
十二分の一スケールの五体。ほぼフィギュアである
我が家にはかなり前から武装神姫がいたのだが、武装神姫はどうしても「アクションフィギュア」というイメージで、ボディにはいかついネジが使われていたりする。ドールとしてはちょっと異質な感じだ。もともと武器と組み合わせるためにデザインされているので、ボディもエヴァンゲリオンのプラグスーツみたいなデザインの塗装がされていた。いまは肌色素体にボディを取り換えて、洋服を着せている。
もう一方のカスタムリリィというのは、もともとアサルトリリィという「戦うマリみて」みたいな設定のキャラクタードールの拡張パーツとして発売されたもので、アサルトリリィのほうは武器がついてくる。アサルトリリィは演劇やキャラクターが人気で、2020年10月にはアニメ化もされたしスマホゲームも出るらしい。正直アサルトリリィはキャラクターもストーリーも把握していないのだが、純粋に十二分の一スケールで自由に可動するドールというのに興味があって、設定や名前のないカスタムリリィをお迎えした、というわけなのである。
十二分の一スケールドールは小さいしお値段が7000円程度とドールさんとしてはお手頃なので、つい集めたくなってしまう。十二分の一スケールのドールさんは、撮影の小物を百均で漁るのも楽しくて、ミニチュアの土管とかブロック塀とかビール瓶ケースとか、そういうものをぽいぽい買って豪遊気分を楽しむのである。ほかにも粘土をいじくりまわしてケーキを作ったり、つまようじを加工して「ひのきの棒」を作って持たせたりしている。小さいドールさんはやることが尽きない。
そういうわけで、2020年5月に当時の安倍晋三首相がばらまいたお金のわたしのぶん10万円のうち、14000円がカスタムリリィ2体になったのだった。さすがに何万円もする大きなドールさんを買う度胸はなかったのである。
ここまで書いてみてしみじみと思ったのだが、一人お迎えすればもう一人……となるところをみると、やはりドールさんは仲間を呼ぶようだ。
ミヒャエル・エンデの「モモ」のなかに、時間泥棒である灰色の男たちがモモに人形を与えるシーンがある。その人形にはボーイフレンドがいて、ボーイフレンドには友だちがいて、その友だちのガールフレンドがいて、ガールフレンドにも友だちがいて……の無限ループで、モモの住んでいる円形劇場が人形だらけになる、というシーンなのだが、ドール者としては羨ましい以上の答えが出てこない。そして人形には本当に仲間を呼ぶ性質があり、実際に友だち、友だちの友だち、と言った感じで増えていくのである。
フリマアプリなんかを見ていると、「構えなくなったので出品します」とドールさんが売りに出されていることがたびたびある。我が家の現状も、相当「構えない」というものだと思うのだが、それでもわたしは処分しようとは思えない。そのドールさんは、ほかのドールさんの友達なのであるから。
そもそもドールさんというものを知る以前の小学生時代、わたしは友だちの家でぎょっとしたことがある。友だちの妹が遊んでいた人形が、裸で放置されていて、それが目に入った瞬間、すごく見てはいけないものを見てしまった、なにかすごく恥ずかしいものを見てしまった、と思ったのだ。もうこの時点で、人の形をしたものへのあこがれは確実だったのだと思う。
そして成長して、SF大好き人間になったわたしは、サイボーグやアンドロイドというものに興味を持った。そういったものへの興味が、ドールさんへの興味につながったのだと思う。「銃夢」の冒頭、ガラクタの山からサイボーグ少女の頭部を拾い上げる――というシーンは、まさにドールさんと人間の関係を思わせた。
この物言わぬ下宿人(わたしはドールさんたちを下宿人だと思っている)たちも、だんだん古ぼけて、キャストドールたちは見事に黄ばんできた。ウレタンキャストは経年劣化で黄色くなるのである。美白肌のはずの子がすっかりノーマル肌みたいな黄ばみ方をしているくらいだ。
それでもこの下宿人たちがいない暮らしなんて想像できない。顔を見てニヤニヤするだけで充分に楽しい。なんとか変なものが映りこまないところで写真を撮ろうと頑張るのも楽しい。
ドール趣味は人に教えると変態趣味だと思われるし、ドールさんの写真を人に見せて「気持ち悪い」と言われたこともある。でもわたしはこの趣味を手放す気はない。こんな素敵な趣味に巡り合えて、わたしは幸せだと思う。ドールさんがいれば、一人ぼっちではないのだ。
ドール趣味はお金に換算すると莫大な額が出ていくことになる。まさに沼だ。ドール沼だ。あるいはドールさんのATMだ。人からみればすごい浪費でお金の無駄遣いに見えるだろう。
しかしなんでもお金の価値に換算することは寂しいことである。わたしはドールさんからたくさんの幸せを分けてもらった。それはまさにプライスレスである。
そして、ドールさんが劣化し古くなっても、わたしはドールさんに幸せを分けてもらったことはたしかで、仮にフリマアプリの価値にして二束三文だとしても、わたしはドールさんを愛している。
この趣味に出会えて、わたしはすごく充実している。暮らしが寂しいなら、好みのドールさんを一人、お家にお迎えしてみるといいと思う。その顔をみれば、心が安らぐと思うのだ。
Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
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