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ものづくりの現場には、どんな思いが。~文具メーカーで働く人たちの真実~

ものづくりの現場では、どんな思いのもとで

 白物家電やオーディオ市場は海外メーカーに惨敗を喫してしまった日本の製造業。一方で文房具は日本旅行のお土産ものとして外国人旅行者に人気を博すなど、ジャパンメイドの品質と信頼性からまだまだ諸外国と比べて一歩先を行っているジャンルだ。
 そのものづくりの現場では、どんな思いのもとで開発がおこなわれているのだろうか。普段使ってはいるものの、そこに込められた思いやアイデアはあまり知ることはない。
 そこで今回は大正時代創立の老舗文具メーカーであるトンボ鉛筆を訪れ、まずはプロダクトプランニング部の加来千勢子さんに日本製文具の特色についてお話していただいた。

 文房具はPCやスマホの普及によってハンドライティングの機会は減りつつあるが、まだまだビジネスマンや学生にとって必需品でもある。もともと筆(ふで)と硯(すずり)で字を書いていた日本に、明治時代の開国によって西洋文具が日本に入ってくることになり、見よう見まねで作りはじめたのが日本における文具の歴史の始まり。加来さんは日本文具の歴史と市場状況について、こう語る。

トンボ鉛筆プロダクトプランニング部・加来千勢子さん(以下:加来さん)「1970年代から80年代にかけて欧米の文具市場は大量生産によるコストダウンへと舵を切ったのですが、日本は技術革新と品質向上を突き詰めていった。その結果として、現在では日本の文房具は技術的にも機能的にも一番優れたモノ作りが可能になりました。筆記具に関してはドイツをはじめとした欧州のメーカーは伝統あるブランドでデザインがしっかりしたものを得意としていますが、日本ではよりユーザーのニーズにフィットするためのアイデアを盛り込んだ文房具が人気を博す傾向にありますね。」

ユーザーのニーズを反映した製品とは 

加来さん「私も開発に関わったエアプレスは、もともと工事現場などオフデスクの環境で文字を書かなくてはいけない人に向けて企画をおこなった商品です。立った状態でボールペンを使用するとペン先が上を向くことがあり、従来商品ではインクが流れずに使えなくなることが多かった。それを解消するためにノック加圧式と言ってノックをするたびに圧縮した空気をインク芯に入れる機構を搭載しています。開発の際には様々な工事現場などに赴いて実際にどんな風にペンが使われているのか調査しました。 実際にリサーチを進めると、たとえば工事現場でも内装施工や電気設備、現場監督まで様々な役割の人が存在し、それぞれの役割によって必要な筆記用具や求められる機能が異なることがわかりました。“立ち仕事中でも書けるボールペン”という機能に関するニーズは加圧式にすることでクリアが可能だったのですが、全体のデザインやディテールに関しては、現場でリサーチした経験が活かされています。大型で開閉角度の大きなペンクリップや短めのボディも作業着の胸ポケットや袖ポケットに入れやすいように配慮したものですし、太めでラバー製のグリップを採用したのも手袋をしたままや濡れた手でも筆記しやすいように配慮したものなんです。」

我々が想像していた以上にハードな環境

加来さん「実際に工場で使われているケースもありますし、登山家から“何気圧まで筆記可能ですか”というお問い合わせをいただいたり、我々が想像していた以上にハードな環境でも愛用いただいているようです。」

だんだんと筆記する機会が減っている時代に 

加来さん「約20年ほど前にデスクワークでPCが普及したタイミングと、近年になってスマートフォンが普及して出先でのメモ書きもスマホで済ませるようになってから、やはり文房具の需要は減少傾向にあることは否めません。しかし、筆記用具を1本も持たずに打ち合わせに出かけるのは、財布を持たずに出かけるのと同じぐらい心細いものです。そういった意味で、筆記用具自体には安定した需要がありますし、どうせ選ぶなら、自分が気に入ることができる1本が欲しいというニーズも根強く存在しています。もちろん100円のボールペンでも構わないのですが、もっと持ち物に対して美意識やこだわりを持った方に対して提案しているのが、Zoomシリーズです。 Zoomシリーズは1986年に誕生したのですが、日本の文具市場において比較的早い段階からデザイン性を重視したプロダクトとして知られています。当時はバブルの絶頂期でブランド志向が非常に強い時代だったのですが、他のブランド名を借りるのではなく、使いやすさに配慮しながら、独自のデザイン性と質感の高さで勝負しています。」


時計や靴などにこだわるビジネスマンは、文房具もキチンと選んだものを

加来さん「最新作のZoom505ではフルブラックの金属ボディを新色として追加していますが、実はビジネスマンのなかでフルブラックの時計が人気ということも参考にしています。Zoom505は金属ボディにラバーグリップという海外メーカーではほとんどおこなわれない素材の組み合わせを採用しており、キャップ式ならではの高級感と相まって、使いやすくてエレガントな筆記具が欲しいという方々から好評です。」


知られざる商品パッケージデザインの世界

 文房具でもうひとつ気になるのが、パッケージデザイン。数々の名作文具の裏には優れたパッケージデザインが存在するもの。その製作舞台裏について、クリエイティブデザイングループでデザインを担当する金井知広さんに教えてもらった。  

 お店を眺めていて不思議なのが、文房具では同じ商品でもパッケージ入りのものとそうでないものの2種類があるようです。  その理由はこうだ。

デザインを担当する金井知広さん(以下:金井さん)「もともと文房具はパッケージに入れずに文房具店で販売されていたのですが、コンビニなどの量販店でも取り扱われるになったときに、パッケージに入れる必要が出たんです。やはりパッケージ付きのほうがよく売れるようで、他の人が触っていないものが欲しいという需要の他にも、パッケージに書いてある機能説明やパッケージを通じたブランディングが販売促進に役立っているのではないかと推測しています。」

 相反するふたつの要素の落としどころを探る

金井さん「パッケージのデザインにおいて機能の説明はもちろん重要ですが、ブランドの品位を保つことや商品が並んだ時に店頭で目立つことも重要です。いずれもデザインにおいて相反する要素なので、その落としどころを見つけるのが難しいですね。並べた時にどのように見えるかをチェックするために、社内に仮設で売り場を作って他社の製品と一緒に並べたりもやりますし、色ブレを防ぎブランドカラーを統一された視覚イメージにしていくために可能な限りカラーを特色(シアン、マゼンタ、イエロー、ブラックのインクと版の掛け合わせではなく、専用インクと版で印刷すること)で印刷しています。」

 トンボ鉛筆のロングセラー・MONOシリーズをはじめ、商品は数多く存在する。歴史を踏まえたデザインをしなくてはならない難しさがそこにはあるという。

 金井さん「MONO消しゴムは1959年発売で、今年で50周年を迎えるロングセラーアイテムです。デザインを担当したのは、私の部署の大先輩にあたる井出尚さんという方で、当時から弊社ではインハウスデザイナー制(※1)を採用していました。開発に当たっては“消しゴムという小さなものがより大きく存在感を持てるように”という理由から、横縞様式の三色旗(※2)をイメージして青・白・黒で構成したそうです。 長年の間に小さなアップデートはおこなっていて、ケースの角を丸くカットすることで消しゴムがケースとぶつかって切れてしまうのを防いだり、受験生向けに文字を一切省いたケースを開発したりしています。 また、MONOはトンボ鉛筆でも屈指のロングセラーではありますが、消費者への意識調査ではMONOの消しゴムは知っていても意外とトンボ鉛筆のプロダクトブランドであることを知っている人は多くありません。そのため、パッケージの中でもプロダクトブランドとコーポレートブランドのブランド連想の強化をおこなっています。」

※1 企業に直接採用され、その企業専属のデザイナー(社員)として働く人のこと。
※2 ドイツやフランスの国旗が代表的

 パッケージデザインの分野だと、営業や開発側からのリクエストが多くて自身のクリエイティブを100%発揮できないといったジレンマも抱えがちなのでは? という疑問が浮かび上がってくるが、金井さんの答えは違った。 

金井さんいかにデザイナーの意識が見えないデザインをするかがキモかもしれませんね。MONOがロングセラーになったのも、長年の使用に耐えうる完成度の高いデザインという大前提がありつつ“MONOのアイデンティティとはなにか”という社内意識がしっかりと共有されていたからこそ、ブランドのテコ入れやモデルチェンジのタイミングでも井出さんのデザインから大きく変更されることなく生き続けてこれたように思います。個人的には担当者が変わるたびにデザインも変わってしまうのはブランディングのために良くないと考えていて、ブランドの確立のためにクリエイティブを発揮することはあっても、ブランドを変えるための我は必要無いと思っています。」

 ジャパンメイドの特徴である「細かなところまで気配りの行き届いたモノ作り」を体現するのが文房具。その開発の舞台裏には、やはり綿密なリサーチによるニーズの掘り起こしと、それを製品にまで落とし込む技術力があるようです。 次はその文具を使ってデスクワークを効率化するコツを教えてもらいます。


写真/木嶋光雄  取材・文/廣田俊介


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