どんなセレブも簡単には食べられない、忘れられない地方料理とは?【ミシュラン三ツ星グルメ紀行】
『ミシュランガイド』は毎年、新しい三ツ星レストランを誕生させます。この新情報が「気になって放っておけない」と語るのは、「世界のミシュラン三ツ星レストランをほぼほぼ食べ尽くした男の過剰なグルメ紀行」の著者、藤山純二郎氏。新しい名店が生まれるたび、世界中のどこへでも可能な限り食べに行くのがモットーなのだそう。まさに「猫にマタタビ、藤山に新三ツ星」ですね。 そんな藤山純二郎氏の舌が記憶する、忘れ得ぬ逸品、最高に贅沢な料理とはどんな料理なのでしょうか?
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グルメたちを唸らせる絶品の野菜料理とは?
もし、世界一の野菜料理を食べてみたいという方がいたら、ぜひ、次の料理をぜひ味わってほしい。
それが「ミシェル・ブラス」という店の「野菜のガルグイユ」である。
ただし、最初に断っておくが、この料理はいくらお金持ちでもそう簡単に食べられない。
その理由の第一は、この「ミシェル・ブラス」という三ツ星レストランは、フランスといえども、かなり辺鄙(へんぴ)なところにあるからである。
藤山は二度ほど行っているので、店の場所を紹介できるが、普通の観光客はきっと二の足を踏むと思う。ともあれ、行き方を説明しよう。
最初に行ったのは、いつだったかよく覚えていないが、まだ二ツ星の時で、山本益博氏と吉野建(よしのたてる)(1952~)シェフ夫妻の4人連れだった。吉野シェフは、その後、パリで一ツ星を獲得後、帰国し、東京を中心に大活躍中だ。ただし、この時いっしょだった奥様は、亡くなられている。
さて、行き方だ。
まず、パリ・オルリー空港から国内線で、ロデスというところまで飛ぶ。はじめての時は山本益博氏とふたりだった。
ちなみに、パリでフランス人タクシー運転手に聞いてみたが、
「ロデスって、どこだ?」と逆に聞かれた。つまりそのくらい、フランスでも無名の地なのだ。
実際、飛行機を降りて驚くが、なにしろ、「え、ここもフランス?」と思わず叫んでしまいそうな、超ローカル空港だ。オーベルニュ地方の人口約2万3000人の地方都市。空港にタクシーは並んでいない。わずかに、呼出タクシーの掲示はあった。幸い、レンタカーの窓口はあったのだが、オートマ車はなかった。
そして、パリから車でフランス各地の食べ歩き旅行をしていた吉野シェフ夫妻と、ロデス空港で待ち合わせて、吉野夫妻のレンタカーに同乗させてもらい、ロデス空港から、60キロ走って、僕たちはようやく店にたどり着いたのだ。もちろん、パリから夕食の日帰りはできない。昼食の日帰りで最初は訪れたのだ。
オーベルニュ地方はヴォルヴィックで有名な名水の産地で知られる
冬季はたどり着けないレストラン?
お金持ちでも食べられない理由、第二。
この「ミシェル・ブラス」という店、なんと、毎年11月中旬から3月末まで、完全休業である。雪で道が通行できないのだ! もちろん、雪深いフランスの田舎だということもあるけれど、そんなところに三ツ星レストランがあるのだから、藤山も、行って食べてみたいと思うわけだ。
ちなみにミシェル・ブラス(1946~)とは、この店のオーナーシェフの名前。彼は、地元の中学を卒業すると、両親の経営する地元の小さな食堂を手伝い、その後、店のあとを継いだ。したがってパリに修業に出たこともなければ、師匠もいない。先生をあえて挙げれば、母親かもしれない。
そんな三ツ星レストランの名物料理が「野菜のガルグイユ」だ。冒頭で「この料理はいくらお金持ちでも、そう簡単に食べられない」と言った理由がおわかりだろう。
さて、やっとの思いでたどり着いた「ミシェル・ブラス」で、僕たちはさっそく、噂の「野菜のガルグイユ」をオーダーした。
「ガルグイユ」とは、この地方独特の郷土料理で、基本的にはジャガイモと生ハムを煮込んだこの地方の郷土料理だが、シェフは、それをもとに、50種類以上とも言われる四季折々の香草や若野菜、野の花やキノコなどを茹ゆで、バターと生ハムで見事にまとめ、大皿に乗せて出す。
僕たちもさっそく、味わってみた。
「うーん。なんだ、この野菜本来の深い味は……」
サラッとしたソースとバターにやさしく包まれた、それぞれの茹で野菜の微妙な味のちがいが、生ハムの肉汁と見事にからんで、口の中で炸裂する。次の野菜を口に入れれば、また、異なる野菜がその本来の持ち味を発揮する。
「地元の新鮮な野菜って、こんなにおいしいんだ!」
本当に野菜のピュアな味がする! まったく、文句なし。健康にもよし! これまで僕が食べた最高の野菜料理がそこにあった。
なお、平成14(2002)年に北海道洞爺湖畔の「ザ・ウインザーホテル洞爺リゾート&スパ」内に唯一の支店「ミシェル・ブラス トーヤ・ジャポン」(『2017北海道特別版』では二ツ星)を開店したから、日本でもこの料理は食べられる。(※注)
だが、可能であれば、わざわざ現地まで出向き、食べてみることをおすすめする。なぜなら、フランス本店の味を100%再現しているとは言い難いからである。
できれば、パリからの昼食の日帰りではなく、1泊して最高クラスの朝食もぜひ召し上がってください。
※注:「ミシェル・ブラス トーヤ ジャポン」は2020年4月30日、閉店しています。
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ベルナール・ロワゾー氏「水のソース」に泳がされて舌の上で踊る絶品の川魚
ブルゴーニュ地方はワインの名産地で、一面ブドウ畑が広がる長閑な場所だ
三ツ星を獲る極上の魚料理がフランスの田舎町にあった
地方料理が登場したので、もうひとつ、藤山の忘れられない地方料理を紹介しておく。
残念ながら、『2016年版』から、二ツ星になってしまったが、僕が食べた時は正真正銘の三ツ星レストランだった「ラ・コート・ドール」(現「ルレ・ベルナール・ロワゾー」)の名物料理がそれである。
この「ラ・コート・ドール」という店も、パリから248キロ、ブルゴーニュ地方のソーリューという人口約2500人の片田舎にあるから、かなり遠い。僕はレンタカーを飛ばして行ったが、パリから電車で行き、ソーリュー駅からタクシーで行ける。
シェフの名は、故・ベルナール・ロワゾー(1951~2003)氏。現在は、未亡人のマダム・ドミニク・ロワゾーがオーナーで、ロワゾー氏の愛弟子のパトリック・ベルトロン氏がロワゾー氏の名物料理を出している。
その料理名は、「皮付きサンドルの蒸し焼き、エシャロットのフォンデュと赤ワインソース」。メニュー名は「サンドル・ソース・ヴァン・ルージュ」。
「ラ・コート・ドール」は創業時と変わらないクラシックな外観
はじめて店に行った時、レストランに併設されたホテルのロビーで、ばったり会ったロワゾー氏に、拙いフランス語で、一生懸命、この「サンドル・ソース・ヴァン・ルージュ」を食べたい旨、説明した覚えがある。なぜなら、ロワゾー氏には一切、英語が通じなかったからだ。
片言ながら、僕のフランス語が通じた時の、ロワゾー氏の笑みは、いまでも忘れられない。それに、僕にとっては、この料理、これまでに食べた料理の中で5本の指に入る、素晴らしくおいしかった料理でもある。
そう、「サンドル・ヴァン・ルージュ」……。
サンドルというのは、すずきに似た味の川魚で、日本には生息していない。ここでは、川すずきとでも言っておこう。
生臭いはずの川の魚がシェフの手で生まれ変わった
赤ワインソースが一面に敷かれた大皿の中央に、カリカリに焼かれたこのサンドルが大皿に乗せられて出て来た。
ナイフとフォークで、その断面を切り裂くと、サンドルの白い身がソースの赤に映える。湯気がまだ出ている身を取り出し、赤ワインソースをたっぷり浸して口の中に。
「え?」
一瞬、驚いた。なぜなら、白身魚独特のもっと淡白な味を想像していたからだった。
それが……。いや、このカリカリに焼いたサンドルの身の味の良さ。脂が乗っていて、そのうえ、魚独特の臭みはまったく感じない。むしろ、川魚の真のうまさを蒸し焼きにすることで、ここまで、その味をじっくりと閉じ込めた料理の腕に感心してしまった。
一般的に魚料理に赤ワインは合わないものだが、この赤ワインソースは、ロワゾー氏の一世を風靡した「水のソース」的で、コクがあるのに軽く、かつすっきりしてサンドルの良さを引き出したもので、あまりのうまさに絶句したことをよく覚えている。ロワゾー氏本人にこの料理をぜひ食べたいとアピールしたので、気合が必要以上に入っていた可能性もあるけれど。
さすが、伝説の三ツ星シェフ、ベルナール・ロワゾー氏のスペシャリテ中のスペシャリテだ。
この「サンドル・ソース・ヴァン・ルージュ」に代表されるように、ロワゾー氏には、ある料理哲学がある。
それは、従来の伝統的なフランス料理からバターやクリーム、オイルなどを排除し、肉の焼き汁、野菜のピューレなどを水でデグラセ(調理に使った鍋やフライパンに付いた煮汁にワインを加えて溶かして作ったソース)して、自分のオリジナルのソースを作り出すことであった。
それを「キュイジーヌ・ア・ロー(水の料理)」と名付けた。
この創造的な料理哲学を学ぼうと、彼の店「ラ・コート・ドール」で働きたいという志願者が1年に数百人も出たらしい。その料理哲学が、この「サンドル・ヴァン・ルージュ」に見事に生かされていたことは言うまでもない。
ベルナール・ロワゾー氏との貴重な2ショット
ちなみに、ベルナール・ロワゾー氏は03年2月14日、銃で自らの命を絶った。
原因はいまだに不明だが、ガイドブックの『ゴーミヨ』で、20点満点で19点を獲得していたが、03年版で17点に降格して、ミシュランでも三ツ星から二ツ星に降格するのでは、と気に病んでの自殺と言われているが、自殺後発表された『03年版ミシュランガイド』では、「ラ・コート・ドール」は三ツ星のままであった。
『ミシュランガイド』の星をめぐる事件は、これだけではない。
藤山 純二郎(ふじやま じゅんじろう)
会社員/料理評論家
東京出身。幼稚舎、普通部、高校、大学と慶應義塾で学ぶ。
祖父は日本商工会議所会頭や初代日本航空会長も務め、岸信介内閣の外相で大活躍した藤山愛一郎。純二郎は普通のサラリーマン。
料理評論家の山本益博の薫陶を受け、89年から『ミシュランガイド』(ミシュラン社)を片手に現在まで28年間、世界の三ツ星レストランを食べ歩き、全119店中、114店を制覇(2017年9月現在)。現在も、会社に長期休暇をとっては、三ツ星の美食を「胃袋に」収める。執筆は、91年『東京ポケット・グルメ〈1992-93年版〉』(文藝春秋)、95年から『東京食べる地図』(昭文社)、『ダイブル−−−−山本益博の東京横浜近郊たべあるき』(昭文社)を95年版から01年版まで記者として参加。
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