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【医療ミステリー】裏切りのメス―第56回―

【前回までのあらすじ】
 チーム小倉のリーダー・下川亨と、妻・佐久間君代は、一連の事件の犯人はチームの吉元竜馬ではないかと、疑い始める。小倉明俊になりすまし、医師として返り咲いた吉元は、自身のなりすましを知る人物を排除しようとしている、と考えた。もう一人のチームメイト・湯本利晴は、なりすましの事情をしらないため、下川と佐久間は2人で事件の真相を探ることにした。二人は事件に巻き込まれたと思われる白木みさおの供養をしてから、弔い合戦へと進む決意を固めた。
  陰謀渦巻く病院ビジネスを舞台とした【医療ミステリー】連載。毎週火曜日更新!
-著者プロフィール-
●田中幾太郎/ジャーナリスト
1958年、東京都生まれ。『週刊現代』記者を経てフリー。医療、企業問題を中心に執筆。著書は最新刊として『歯医者のホントの話』(KKベストセラーズ)、その他にも『本当に良い病院 悪い病院』『三菱財閥最強の秘密』(以上、宝島社新書)、『日本マクドナルドに見るサラリーマン社会の崩壊/本日より時間外・退職金なし』(光文社)など多数。

<白木みさおの弔い>

 2017年5月3日午前9時、私と佐久間君代は山梨県との県境に近い東京多摩地域の白木みさおの実家に向かった。出発する前に、佐久間は安井中央病院に顔を出していた。ゴールデンウィーク中だからといって、入院病棟と救急診療は休むわけにはいかない。佐久間はナースステーションで細かい指示をしてから、病院の正面入口前に止まっていた私のハイエースに飛び乗った。

 以前なら、このあたりで2人が運転席と助手席に並んで座るなど考えられなかった。誰かに見られて、つきあっていると病院の中で噂になっては困ると思ったからだ。つきあっているどころか、すでに結婚していたのだが、佐久間の提案で公にはしていなかった。だがいまや、私たちが夫婦であることは周知の事実となっている。蒔田直也と白木の死がそのきっかけになるとは、思いもよらなかったが……。

 安井中央病院のある埼玉県北部から多摩地域の西方面に行くにはいくつかのルートがあるが、結局、ナビに従って関越自動車道や青梅街道などを乗り継いでいくことにした。距離的には遠回りだったし、かつてナビの指示を信用してひどい目に遭ったことを思い出したが、別のルートだと途中で迷って、もっと時間がかかりそうな気がした。朝は少し肌寒かったが、次第に温度が上がり、開けた窓から心地よい風が入ってきた。

「白木さんのご両親は健在なの?」

「お父さんは彼女が小学校に上がる前に亡くなり、あまり記憶はないと言っていた。幼稚園の年長に上がる前の春休みに、立川の映画館に『風の谷のナウシカ』を一緒に観にいったのをかすかに覚えているくらいだって。それから3ヵ月後に交通事故で亡くなったそうよ」

「お母さんが女手ひとつで育てたということか」

「そんなに苦労した感じはなかったんじゃないかな。お母さんが43歳のときに初めて出来た子どもだったので、目に入れても痛くないような育て方をされたみたい。母方の実家は主に建設業者が長期逗留する旅館で、近くで大規模な護岸工事があったりして、かなり繁盛していたと言っていた。お父さんが亡くなってからは母子でそちらに移り、おばあさんもよく面倒を見てくれたようだし、経済的にも恵まれていたんじゃないかしら」

 ゴールデンウィークの真っただ中なので渋滞も覚悟していたが、道は思いのほか空いていて、白木の実家の最寄り駅に11時に着いていた。最寄りといっても、まだ20㎞はあるが、これから山道が続くとしても、30分程度みておけば大丈夫だろう。先方には12時半ころに着くと伝えてあるので、1時間ほど余裕がある。

「メシでも食っていこうか」

「そうね。じゃあ、そばでもどうかしら」

 佐久間は早く到着しそうなことを見越して、車中でスマホをいじって、このあたりの名物を調べていたらしい。駅の近くのそば屋に入り、佐久間はとろろそば、私は天ざるを注文した。そばは硬めに打ってあり、噛みしめると、木の実のような素朴な香りが口の中に広がる。辛口の純米酒がほしいところだなと思ったが、さすがにいま飲むわけにはいかない。

 腹ごしらえを済ますと、白木の育った旅館に向かった。予想通り、30分弱で到着した。だいぶ前に旅館は廃業したようで、ひっそりとしたたたずまいだ。四方を囲む杉の木に光をさえぎられ、正午をすぎたばかりというのに、夕暮れが迫っているような錯覚を覚える。

 玄関の呼び鈴を鳴らすと、すぐに白木の母親が姿を現した。身長は150cm足らず、かなり痩せている。白木が165cmはあったので、もっと大きな体格を勝手に想像していた。ショートヘアーでボーイッシュな感じの白木と違って、かつてお嬢さまだったのだろうと思わせるような上品な雰囲気を漂わせている。今年1月、不審死を遂げた白木の享年は37。誕生日は6月13日だから、43歳のときに彼女を産んだとしたら、いま母親は80歳か81歳のはずだ。

 まずは線香を上げさせてもらった。仏壇の横に骨つぼが置かれている。佐久間は5分以上、仏壇の前に座り、じっと白木の遺影を見つめ、涙ぐんでいる。

「遠いところをわざわざ、ありがとうございました。ところで、みさおと一緒に亡くなった蒔田さんとはどういう方なんでしょうか」

 私は白木の母親に、蒔田が病院にとって、いかに重要なポジションを占めていたか、説明した。一方、佐久間は白木に看護専門学校時代からずっと世話になってきたと、感謝を込めて話した。かつてレズビアンパートナーだったことは伏せた。母親にカミングアウトしている雰囲気ではなかったからだ。

「みさおは蒔田さんとおつきあいしていたのでしょうか」

 私たちは答えに詰まった。佐久間が私の目を見た。そちらで答えてほしいとうながしているようだった。

「うーん、正直、よくわからないのです。2人が初めて出会ったのは昨年9月ですからね。でも、とても仲はよかったですよ。しょっちゅう一緒に食事もしていたようですし」

「親としては、いい人がいれば、すぐにでも結婚してほしかった。こちらに戻ってくるたびに、早く孫の顔を見せてと言っていたんです。みさおは『そのうちね』とはぐらかすばかり。私も老い先、長くないし、それだけが心残りで……。蒔田さんとはお会いしたことはありませんが、そういうお相手だったらよかった」

 どうも、警察からは不慮の事故と聞かされているようだった。2人の死を私たちは殺人だと確信していたが、埼玉県北部の所轄署の見立ては事故か心中。いずれにしても、白木の母親に殺人や心中の可能性が伝わっていないだけでも、まだましな気がした。ひとり娘をそうした形で亡くしたと知ったら、あまりに気の毒だ。

 帰り際に、用意してきた200万円を「病院からの弔慰金です」と言って、母親に渡した。実際には、勤めだして5ヵ月足らずで亡くなっていて、しかも業務上の事故ではないので、安井会グループの福利厚生制度を使って支払うことはできない。私のポケットマネーから出したのだ。

 自分の娘と蒔田の不始末によって一酸化炭素中毒事故を起こしたと思い込んでいる母親は、「お気持ちだけちょうだいします」と固辞したが、無理やり受け取らせ、白木の実家をあとにした。運転しながら、気丈に振る舞っていた母親の姿が脳裏によみがえった。助手席で黙ったまま、顔を上げない佐久間に、「本当はこんなもんじゃ許されるはずないよな」と語りかけた。

「吉元竜馬が犯人だとしたら、種をまいたのは私だ。あの母親にはもっと何か、してやりたいな。このままじゃ、悔恨しか残らない」

 佐久間は小さくうなづいたが、すぐには返事をしなかった。さまざまな思いが頭をよぎっているようだった。3分ほどたっただろうか。佐久間はやっと口を開いた。

「下川さんだけのせいではないわ。チーム小倉に白木さんを誘ってくれと言われたとき、私は心底うれしかった。だから、積極的に彼女を口説いたんだわ。私も同罪よ」

「吉元をモンスターにしたのは私なんだ。君には一切、責任はない」

「でも、私だって吉元先生のなりすましは知っていたわけだし、その内面におぞましい何かがあるのも早くから気づいていた。罪がないとは言えないわ」

「ありがとう。そうして罪を分かち合おうとしてくれるのはうれしいよ。だけど、やっぱり私なんだ、責められなきゃいけないのは」

「言い合いをしても始まらないけど、とにかく、白木さんのお母さんには精一杯のことをしてあげたい。私に何ができるか、考えてみる」

「それがいいね。ところで、これからちょっと寄りたいところがあるんだけど、かまわないかな」

<小倉明俊の死への疑念>

 この近くには、いまから5年半前に私をいわれなき罪で逮捕した多摩地域西部の警察署があった。取り調べにあたったベテラン刑事の友部隆一とはその後、懇意になっていた。携帯に連絡を入れると、急な事件も入っていないし、当直もないので、こよみ通り休みをとっているという。警察署から30㎞ほど離れた街道沿いのファミレスで落ち合うことにした。

 車で移動する間、友部の素性や、会う理由を佐久間に説明した。

「これまでちゃんと話していなかったが、吉元がなりすます小倉明俊という医師はすでに、この世にはいない。4年前の3月に東京・山谷の路上で亡くなっている。警察では身元不明の遺体として処理されているんだが、死因については特定されていない。亡くなった日は相当、寒かったし、小倉のアルコール依存症もかなり進んでいたから、警察は凍死と判断したようだ。これから会う友部という刑事には、この身元不明遺体に関し、いろいろ情報をもらっていたんだ」

「身元不明ということは、本物の小倉明俊さんだとはわかっていないというわけね。いまもそうなのかしら」

「だろうね。もし、小倉と特定されれば、チーム小倉も安井会グループにも捜査の手が入るはずだから」

「じゃあ、あまりつついて、真相がわかるのはまずいんじゃないの? 警察は事件性はないと見ているわけでしょ。放っておけば、本物の小倉さんまで行き着かないんじゃないかしら」

「その通りなんだけど、私は小倉の死因に不審を持っている。実は、殺されたのではないかと。私は警察の霊安室で遺体と対面しているんだが、薬物の香りがしたんだ。それに、遺体から指紋が採取できなかったことも、友部刑事からの情報でわかった。サンドペーパーで削り取られた可能性もあると言っていた」

 なぜ、友部と会おうと思い立ったのか。ここ数日、私は再び恐ろしい考えにとらわれだしていたのだ。小倉は吉元によって殺されたのではないかと──。
(つづく)


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