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【花の怪談】花が美しいのには理由がある

満開の桜、趣深い牡丹、可憐な椿……。人の心を魅了する美しい花にも不思議な話は数多く存在します。そんな花と人間が織りなす怪談話を日本宗教史研究家の渋谷 申博(しぶや のぶひろ)さんに語っていただきます。

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花が教えた殺しの犯人
 

時には花が死者からのメッセージだったりもする。

花をめぐる怪異譚は都市伝説にもある。

とある郊外の住宅地に若夫婦が住んでいた。

夫は都心の会社に勤めるサラリーマン、妻は庭いじりが好きな専業主婦であった。

彼女が毎日のように手入れをするので彼らの家は季節ごとの花で飾られており、道行く人が足を止めて眺めるほどであった。また、妻が庭先で近所の人と立ち話をする姿もよく見られた。

しかし、仲睦まじい夫婦と思われていた2人であったが、すでに愛情は冷めケンカが絶えなかった。腹を立てた妻が家を出て数日帰らないということも一度ならずあった。

そしてその冬、妻は家から姿を消した。春になっても妻は家に戻らず、自慢の庭も荒れ放題になっていった。

そんなある日、数人の男が彼らの家を訪れた。男の一人は夫に1通の書類を示して言った。

「殺人の疑いで家宅捜索令状が出ています。今からこの家の捜査を行います」

夫はあわてて男たちを押しとどめようとした。

「何を言ってるんですか、殺人だなんて。まったく身に覚えがありませんよ。オレが誰を殺したというんですか?」

すると刑事はニヤリと笑って言った。

「最近、奥さんの姿が見えないそうじゃないですか。どこに行ったんです?」

「オレに愛想を尽かして家を出ていって、それっきりです。今どこにいるかなんて知りません」

「違うね」

刑事ははっきりと断言した。

「あんたは奥さんを殺して庭に埋めたんだろ?」

「何を証拠にそんなことを…」

「証拠はあるさ、そこにな」

刑事がそう言って庭の一角を指さすと、夫は驚愕のあまり口もきけなくなった。そこには妻が一番好きだと言っていたサクラソウが、人の形に生えそろって満開になっていたのだ。

サクラソウは妻の屍体を栄養として育っていたのだった。

都市伝説には、アジサイの花の色が変わっていたので根元に屍体が埋められているのがわかった、という話もある。

やはり花は人の命を吸って咲くものなのだろうか……。


怪異を起こす椿・牡丹

某神社の牡丹園。美しすぎる花園にはこの世ならぬものも惹かれるのだろうか。もっとも樹の種類によっては死体は生長の阻害になるらしい。柳田國男は『遠野物語』にこんな話を載せている。

《栗橋村字早栃(わせとち)という処には、実を結ばぬ小柿の木がある。昔源平の戦があって、多くの人がここで討死をした。その屍(むくろ)を埋めて塚の上に栽えたのがこの柿の木であったという。それでその人々の霊によって、花は咲いても実がならぬのだと伝えられている。》

この柿の木はとくに悪さをするわけではないようだが、中には人を誘い命を奪う妖花もある。

山形の城下にあった椿の古木は美女に化けて人に近づき、息を吹きかけて蜂に変えたという。蜂にされた者は椿の花に誘い込まれ、そのまま命を吸い取られるのであった。

浅井山井が正徳6年(1716)に著わした随筆『四不語録』には、山中の牡丹畑で旅人が妖女と出会う話が記されている。

能登の富裕な農家で働いていた手代が加賀の城下へ所用で出かけた際、その帰り道の山中で思いがけず牡丹が咲き誇る場所に出た。

すでに晩春のことで牡丹が咲くには遅い季節であったし、このあたりに牡丹畑などあるはずもなかったので、怪しんで近寄らないでいるべきだったのだが、生来の花好きであった手代は足を止めて眺め入っていた。

ふと気がつくと、向こうの山裾から女が近寄ってくる。ハッとするほどの美人で着物も雅なものを身につけているので、どうしてこのような山中にいるのだろうと訝しんでよくよく見てみると、どうもその女は宙を踏んで歩いているようだった。

「これは狐狸の類に違いない。気をつけねば」

手代がそう思い注意していると、女は彼に向かってこう言ってきた。

「その花を一枝、折ってくださいな」

答えずにいると、女は二度、三度同じことを言ってきた。

「この花は私のものではありませんから差し上げることはできません。欲しければ持ち主に頼んでください」

手代はそう言い捨ててその場を離れようとした。

すると、女は手代のすぐ間近にまで寄ってきて、「何とぞ一枝くださいませ」と言った。

その顔を見るとゾっとするものに変貌していた。叫ぶ間もなく、彼は意識を失っていた。

それからしばらくして、手代は谷間で倒れているのを近在の木こりに発見された。彼が歩いていた街道筋からは7、8町(約7~800メートル)ほども下であった。手代は死んだようになっていたが治療の甲斐あって息を吹き返し、ことの子細を村人に話したという。

実に謎めいた話だ。牡丹の花を所望した〝美女〟はいったい何者だったのだろうか? 牡丹の精だとしたら、どうして旅人に花を手折らせようとしたのか。あるいは花好きの妖怪であったのか。手折れば妖怪であっても命を失うような霊木であったので、身代わりに手折らせようとしたのか。

歌舞伎の「積恋雪関扉(つもるこいゆきのせきのと)」では桜の精が謀反人と戦うが、この手代も実は将軍暗殺を計画した大悪人というわけでもなく、妖女の目的は謎のままだ。


桜の樹の下には……

桜の花の美しさは人の命を吸ってできているのだろうか?

《桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。》

最初から引用で申し訳ない。ご存じの方も多いと思うが、梶井基次郎の「桜の樹の下には」の冒頭の一節である。満開の桜の非現実なまでの絢爛さは、たしかにそんなことを思わせる。あまりに美しすぎて、禍々(まがまが)しささえ感じてしまうのだ。それは女性の美しさにも通ずることかもしれない…。

桜の美しさは人の命を吸って作られているーそう思うのは梶井基次郎だけではなかったらしく、民間伝承の中には桜の精に誘われて命を奪われる話がある。

たとえば、長野県安曇野市には猟師が桜の樹に魅入られる話が伝わっている。

猟師は一度は桜の精の魔手から逃れて里に戻るのだが、その美しさが忘れられず山に戻り命を落としている。伝承によると桜の精は17、8歳ほどの娘の姿で、蝋のような肌とつややかな黒髪をもっているという。

村人に発見された時、猟師は花びらに埋もれて幸せそうに死んでいたとされる。うらやましく思うのは筆者だけだろうか?

小泉八雲ことラフカディオ・ハーンも桜に魅入られた男の話を書いている。
『怪談』に収録された「十六ざくら」という話だ。

主人公は伊予の国(愛媛県)の侍で、十六ざくらはその屋敷に古くからある名木であった。主人公の侍はこの桜を大切にしてきたのだが、彼が老境に至ったある年、とうとう枯れてきてしまった。

なんとしても桜を生き延びさせたいと願った彼は、自らの命を桜に与えることにした。桜の樹の下で切腹をしたのだ。

それは1月の16日のことであった。

侍の命が宿ったのか桜は見事に蘇り、以後毎年1月16日になると花を咲かせるようになったという。

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渋谷 申博(しぶや のぶひろ)日本宗教史研究家
1960年東京都生まれ。早稲田大学卒業。
神道・仏教など日本の宗教史に関わる執筆活動をするかたわら、全国の社寺・聖地・聖地鉄道などのフィールドワークを続けている。
著書は『聖地鉄道めぐり』、『秘境神社めぐり』、『歴史さんぽ 東京の神社・お寺めぐり』、『一生に一度は参拝したい全国の神社』、『全国 天皇家ゆかりの神社・お寺めぐり』(G.B.)、『神社に秘められた日本書紀の謎』(宝島社)、『諸国神社 一宮・二宮・三宮』(山川出版社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 仏教』(日本文芸社)ほか多数。


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