自分の趣味をラノベ風に書いてみたら 第6回『この石みたいなやつに祝福を!』
テキスト:金澤流都 https://twitter.com/Ruth_Kanezawa
イラスト:真藤ハル https://twitter.com/shindo_hal
第6回『この石みたいなやつに祝福を!』
わたしは基本的に植物というものが好きなのだが、特に好きなものは、やはり可愛い花の咲くものである。花は植物の命の顕現である、見ているだけでうれしくなる。
多肉植物やサボテンは花が咲いているところを想像しづらいが、どれもとても愛らしい花が咲く。こと、多肉植物の「メセン類」と呼ばれるものは、だいたいが華やかな花をつける。だからつい集めてしまう。多肉植物に興味をもったころにホームセンターで見つけた帝玉もその一つで、花の見事さは前回書いたとおり、原初の太陽であった。
メセン類はツルナ科に分類される植物で、南アフリカ原産である――と、手元の多肉植物図鑑に書いてある。メセンというのは昔、メセンブリアンテマム科に分類されていたかららしい。今はツルナ科に分類されている。
メセンを日本語風に書くと「女仙」となる。サボテンを「仙人掌」と書くのに対して、つるりと滑らかな姿をしたものが多いことから、「女仙」と書くようになったそうだ。
わたしの好きなリトープスやコノフィツムがこの仲間で、石ころに擬態したりてっぺんを透明にして地面に埋もれたりして動物を欺く。多肉植物の中でも特に珍奇な姿だが、その姿に似合わず花はとても清楚で、無限にニコニコして見ていられる。
難点は、鉢物に関して言えばホームセンターでめったに売っていないことである。田舎ではそんな珍奇植物の需要は小さいのだ。たまにホームセンターで見つけたとしても、だいたいヒョロヒョロになっている。ホームセンターの園芸コーナーの店員がどう認識しているか知らないが、こいつらにはあんまり水をやっちゃいけないのだ。なんせアフリカの砂漠の植物だ。わたしも数か月にいっぺんくらいでしか水をやらないが、それでもリトープスは元気である。
リトープスというのは見た目が尻である。人間の尻の形なのである。そして、尻の割れ目から新しい尻がでてめりめりと脱皮し、尻の割れ目からポッカァンと花をつける。イシコロギクとも言うらしい。リトープスは確かに石ころみたいなグレーや茶色が多いし、花も黄色や白の菊の花のようだ。
こいつに花を咲かせるのがまあ難しいのである。買ったとき花芽をつけていたもの以外で、こいつを咲かせたのはいっぺんだけだ。しかも花芽が出ているのに気付いて水をやったら、花芽が育ちすぎてボディがぱっかーんと身割れした。地味にショックだった。トリブラ(※「トリニティ・ブラッド」。ライトノベル)がもし続いていたらカテリーナさまとトレスくんが裏切っていたと知ったときのようなショックである。
花を咲かせるのは難しいが、リトープスというのは陽に当てて乾かしてさえいれば、わりとほったらかしでも元気である。肥料をやった記憶もない。アフリカの砂漠で生まれた植物だからだろうか。
↑我が家のリトープス。赤茶色のやつや緑色の平べったいやつなどいろんな種類がある。
同じくメセンのコノフィツムという植物は、やっぱりヘンテコな、丸や足袋の形で群生する植物で、緑の着色料がドバッと入ったグミみたいな見た目である。コノフィツムはリトープスと同じく乾燥を好み、脱皮する。こいつはわりと簡単にぽんぽん花をつける。しかし、こいつの本体を元気なまま育てるのが難しいのだ。
ちょっとした傷から腐るし、風通しが悪くても腐るし、水をやり過ぎても腐る。映画「ハムナプトラ」の、とってもジューシーなミイラみたいである。本体を育てる難易度で言ったらリトープスよりはるかに難しい気がする。リトープスを咲かせる以上に、コノフィツムが腐るのを防ぐのが難しいのである。
そのため、チャレンジしたコノフィツムはだいたい腐らせてきた。その例にもれずオペラローズという園芸品種のコノフィツムを腐りかけて干からびてカピカピにしてしまい、しかし枯れてしまったからと捨てるのも忍びなくてほったらかしにしていたら、可愛い花をぽんとつけた。それを見た時は仰天した。お前まだ残機あるのかよ! とゲームっ子くさいことを考えた。
コノフィツムは花がピンクや赤や紫など、白か黄色のリトープスよりカラフルだし、種類によっては花びらが縮れていたりととても花が可愛らしい。なにより群生してたくさん花を咲かせるのは見ていてとても見事だ。これが野生で咲いているアフリカの砂漠はさぞやきれいだろうなと思う。
コノフィツムには昼咲きと夜咲きがあり、夜咲きのほうはいい匂いがする。たまたまホームセンターで見つけた模様入りのコノフィツムが夜咲きで、そいつはなぜかわりと元気である。今のところ腐る気配はない。
↑カピカピで咲いたコノフィツム
メセンにはほかにもいろいろなのがあって、棍棒型と呼ばれるフェネストラリアを通販で手に入れたこともある。こいつはまさしく棍棒、あるいは野球のバットのごとき姿で密集していて、やっぱり太陽みたいなオレンジ色の花をつけた。
こいつも、植え替えに失敗して腐らせてしまった。どうにもわたしは植え替えが下手だ。植え替えたものはかたっぱしから腐っていく。ちゃんとハウツー本を読みながら、植物の様子を見ながら、コツコツやっているのに、である。
やっぱりハウツー本以上に参考になるのは自分の感覚かもしれない。育ててみないと分からないのだ。本においてはだいたい関東が基準なので、秋田県では本通り育てるということが難しい。
↑棍棒型のフェネストラリア
メセンはこのように気難しいものが多いのだが、よく道路の近くとかに植えられているマツバギクもメセンである。こいつは雨がざーざー降っても太陽がカンカンに照って蒸れても雪が降っても枯れずに元気で、夏に紫の花を咲かせているのをよく見る。近所でも何軒か植えているお家があって、夏にみるたび「いいなーどこにいけば苗売ってるのかなあ」と思う。庭に植えて庭を花だらけにしたいのである。花の写真を撮るのが好きだからだ。
でもどこのホームセンターを見ても種や苗を売っているところを見たことがない。アフリカからの侵略者であるマツバギクはきょうも街角ですくすく育っているというのに。
そういえば、この連載の前にやっていた「アラサー女が将棋をはじめてみた」を始めたころ、サボテンが咲いた。それは初めて編集者さんとやり取りをして緊張しきっているわたしの心を大変なごませた。
その花の咲いたサボテンというのはペンタカンサという丸サボテンで、丸いサボテンを書いてくださいと小学生にクレヨンを渡したら描きそうな、ステレオタイプな見た目のサボテンである。丸い体にところどころトゲを生やし、ぼんやりとたたずんでいる、そういうサボテンである。
2019年の春ごろに、謎のかさぶたのようなものがてっぺんにぽんとできた。「なんだろうこれ病気?」と思った。自分の手入れでなにかミスったのかと思ったのである。しかし病気にしては色がサボテンなので放っておいたのだが、そのかさぶたのようなものはすくすく育ってアスパラになった。そこでようやく、「あっこれ花だ!」と思ったのだ。ポケモンが進化したときのような喜びである。
花がいつ咲くかわくわくして見て毎日を過ごした。ググってどんな花が咲くかうっかり調べてしまった。でも調べて画像で見るより、実物のほうが圧倒的に美しかった。その可愛さを説明する例えとしてはちょっと野暮だが、まどか☆マギカのまどかのスカートのような、ボリュームがあってふわりとした花である。
やっと咲いたその花は薄ピンクの可憐な花で、バレリーナのチュチュのような乙女チックな花だった。レースを重ねたような美しいピンクの花びらがみっしりと並んでいて、とてもとても可愛らしかった。
自分でサボテンを咲かせてとても嬉しかった。リトープスと同じく特に肥料もやっていないし、水もたまにしかやっていないのだが、そんなの関係なく花は堂々と美しかった。
↑ペンタカンサ
今年も、サボテンは堂々と花をつけた。去年より一か月遅れてだったので心配したのだが、去年とおなじくピンクのひらひらした花だった。そのうえサボテンの根本からぽこぽこと小さなサボテンも生えてきた。子株である。嬉しすぎてスマホで毎日写真を撮りまくった。
ほかにも、ハオルチアという多肉植物の仲間である「十二の巻」というやつの根本からも、子株が出てきた。元気がよくて大変よろしい。
ただ、わたしは植え替えが死ぬほど下手くそで、サボテンにせよ十二の巻にせよ、本体から切り離したら枯らせる気しかしない。多肉植物の代名詞である葉挿しすら成功させたことがないのである。無理ゲーである。詰みである。きれいな詰みあがりである。
実を言うと植え替えても生きている植物はいる。ハオルチア・オブツーサという、ハオルチアの一種でとても有名でとても人気の多肉植物だ。こいつは体がガラス細工のように透明だ。その美しさを本で見て、思わず欲しくなって買ってしまったのだ。
ハオルチアというのは美しい見た目のわりに育てるのが簡単、と、たいていの多肉植物の本に書かれている。うちにいるのは一鉢千円しないくらいのごくごくふつうのものだが、それを、百均の多肉の土に植え替えたら、またしても水はけが悪すぎてヒョロヒョロのエッフェル塔になってしまったのである。何をやっているんだ本当にこのバカ、と自分に悪態をつきたくなる。
ヒョロヒョロになってしまったハオルチアを見て、わたしは猿回しの猿のように反省した。当時無職の収入を思うと大ダメージである。懺悔である。無念である……。しかしハオルチアは、頑張ってヒョロヒョロながら生きようとしている。そこがけなげで愛おしい。
わたしはヒョロらせてしまった後悔から、いずれハオルチアをちゃんとした用土に植え替えよう、と思っている。しかしボーっと生きているうちに植え替えの適期を逃してしまうのだ。それくらいわたしは植え替え作業というものが苦手である。
ちなみに、ハオルチアの一部の品種にはマニアがいて、目玉の飛び出るような額で取引されていることも知られている。もちろん買えるわけがないので、インスタで生産者をフォローして「きれいだな~」と眺めている。
植え替えがもうちょっと上手かったら枯らさないで済んだ植物がたくさんある。枯らせてしまうのはやはり悲しい。NHKのドラマ、「植物男子ベランダー」には「死者の土」というものが出てくる。枯れた植物を突っ込んでおいて放置し土に還らせるための植木鉢だ。とても潔い、枯れた植物との別れ方だと思う。
「植物男子ベランダー」の主人公はなにか枯れればなじみの花屋から別の鉢を買ってくるタイプの植物オタクだが、わたしの家の近所にはドラマに出てきたような大きな花屋はなく、ホームセンターの片隅でひっそりとヒョロヒョロになっている植物しか手に入らない。
多肉植物ファンの間では、多肉植物を買いに行くことを「多肉狩り」と表現する。しかし、私の場合、無茶な狩猟をする財力がない。ほかの趣味にもお金が引っ張られていくからだ。
無責任な多肉狩りは枯らして死なせてしまうことにつながる、と自分を戒めつつ、それでも欲しい植物は本やSNSを見て「いいなあ……塊根植物……」などとニヤニヤすることで我慢している。植物がやっぱり大好きなのである。
植物は言うことを聞いてくれないから楽しいのである。予想外の事態が発生するから楽しいのである。ずっと都合よく咲いていてほしいなら造花を買えばいいのである。
だから腐って枯れかけたコノフィツムが花をつけたときはびっくりして申し訳ない気持ちにもなったし、サボテンが花をつけたときは嬉しすぎてニコニコが止まらなかった。
わたしは花が見たくて、石ころみたいなやつに水をやるというヘンテコなことをしている。それはとても楽しい。石ころに水をやるのと違って、石ころみたいなやつは脱皮するし花をつけるからである。
Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
前連載『アラサー女が将棋はじめてみた』
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