なぜか「生きづらい」君へ 〜隠れアスペルガーという才能について〜
みなさんは「アスペルガー症候群」についてどんなイメージをもっていますか?
発達障害カウンセラー・吉濱ツトムさんによれば、アスペルガー症候群にはきちんと診断がつくいわば「真性アスペルガー」の他に、グレーゾーンに位置する「隠れアスペルガー」の人たちが大勢いるのだとか。
彼ら彼女たちは強すぎる劣等感を抱え、他人とコミュニケーションができない・強い不安や恐怖心がある・病気にかかりやすい・慢性疲労があるなど、さまざまな“生きづらさ"を抱えているのです。
しかし、アスペルガーも隠れアスペルガーも、実は「才能あふれる素晴らしい人材」だという吉濱さん。
枠組みがないために、ただマイナス面だけが目立ってしまって、周囲の理解が追いついていないだけ。そんな“生きづらさ"を抱える「隠れアスペルガー」のために、マイナス面を抑え、プラス面を伸ばす方法を教えてくれる『隠れアスペルガーという才能』(著・吉濱ツトム)を本日から週1(毎週火曜)で章ごとに公開していきます。
今回は『序章』として収録された、吉濱さんの元に集まる「一見普通だけれど生きづらい」人たちの紹介です。
僕のもとに集まる「一見普通だけれど生きづらい」人たち
皆さんは、「アスペルガー症候群」についてどんなイメージをもっていますか?
「まともに社会生活を送れないかわいそうな人」「突拍子もない言動をするKYな人」「理解しがたいこだわりがあるヘンな人」……そんな印象が強いかもしれません。
しかし、実際はそんな人ばかりではありません。誰からもアスペルガーだと気づかれず、そして自分でもアスペルガーだと気づくことなく、一見ごく普通に社会生活を送っている人も数多くいるのです。かく言う僕も、アスペルガーですが、友人たちからは「吉濱はアスペっぽくないよ」と言われます。
僕の仕事は、アスペルガーをはじめとした発達障害の方やそのご家族に個人指導を行い、症状を改善に導くこと。アスペルガー症候群というのは、「広汎性発達障害」の一種で、「高機能型自閉症」「アスペルガースペクトラム障害」と呼ばれることもあります。
僕はこれまで600人以上の発達障害の方を指導してきましたが、その実に8割をアスペルガーが占めています。そのほとんどがごく普通に社会生活を営む常識ある方々で、普通にコミュニケーションをとることができます。超高学歴のエリートサラリーマン、大企業の経営者、芸能人、芸術家……こういった「普通」より秀でた才能豊かな人もおおぜいいます。
なぜこのような人たちが、僕のもとを訪れるのでしょうか?
それは、彼らがとても大きな「生きづらさ」を抱えているから。一見するとごく普通の、あるいはそれ以上の能力をもっているのに、なぜかいつも人生につまずいてしまう。周りの人とギクシャクする。人前に出るとドキドキが止まらず言葉が出なくなる。何をやっても自信がもてず、自分の無能を責めてしまう。このように、何をやってもうまくいかず、「生きづらい」と感じている人たちが、「なんとかしたい」という切実な思いで僕のオフィスを訪ねるのです。
こういう人たちが精神科を受診したところで「アスペルガー症候群」だという診断は下りません。しかし、確実にアスペの症状をもっている。
実は、アスペルガーには診断名がつく人の他に、アスペルガー症候群という診断までは出ないもののある程度の症状が見られる、グレーゾーンに位置する人たちがたくさんいるのです。グレーゾーンの、いわば「隠れアスペ」の人たちは、診断がつくアスペ(本書では「真性アスペ」と呼びます)と比べれば、全体に症状が軽かったり、症状に偏りがあったりします。診断テストを受けると、ある部分はバッチリ合致するけれど、他の部分は当てはまらない。そのため、明確にアスペルガー症候群だとは診断されず、本人もそうとは気づきません。
隠れアスペルガーには繊細で頭の良い人が多いだけに、うまく周りと合わせている場合も多々あります。当然、周りの人もアスペであるとは気づきません。しかし、本人はわけのわからない生きづらさを誰にも言えず、長年苦しんでいるのです。ある意味、真性アスペより悩みが深いのが、この隠れアスペだと言えるでしょう。
僕の経験から言うと、この「隠れアスペ」は、アスペルガー全体の、少なくとも7割を占めています。そんな「隠れアスペルガー人」について、僕のもとを訪れた来談者から例を挙げてみましょう。
【ケース1】東大卒のエリートサラリーマンからニートに転落したAさん(31歳男性)
東大で常にトップクラスの成績だったAさんは、日本で1、2を争う大手広告代理店に入社しました。大学で物理学を専攻していたのですが、物理の研究職では食べていけないと悟り、まったく違うジャンルの広告業界に飛び込んだのです。しかし、僕のオフィスを訪ねてきたときはすでに退社しており、かれこれ2、3年も家に引きこもりニート生活を送っていました。
Aさんは、もともと真面目で勤勉な性格。広告代理店に入社後は早く仕事を覚えようと頑張っていたのですが、どうも学生時代のようにはうまくいきません。
まず、Aさんはたわいもない世間話、雑談というものが大の苦手。営業に行っても接待の席でも何を話してよいのかわかりません。始終だんまりで、周囲から浮いてしまいます。
そして、2つの作業を同時に進めることもできません。事務作業中は電話に出ない。急ぎの仕事を頼まれても「今この仕事をやっているから」と断るのが常。みんなが大至急で重要なプレゼン資料を作成しているときに、一人だけ名刺作成に没頭していたこともあります。
急な予定変更があるとパニックになり、上司であろうと「そんなの無理です!」とキレる。口頭で説明されたことは覚えられず、聞きながらメモをとることすらできない。「あの書類、ざっくり作っておいて」といった大まかな指示をされると、意味がわからずフリーズする。だったら質問すればいいのに、「これってどういうことですか?」のひと言が、恐くて言えない……こういったことが積み重なり、仕事は一向に進まない。それでも、自分ではどうすればいいのか、さっぱりわからないのです。
1年目は「まだ慣れていないから失敗するんだ」と考え、持ち前の勤勉さで乗り切りましたが、2年目になっても状況は変わらず。同僚たちからはしだいに疎んじられ、時には嫌がらせまでされるようになってしまいました。やがてAさんには抑うつ症状が表れ、欠勤が目立つように。4年目にはほとんど出勤できないほどうつ状態が深刻になり、6年目に退社。それ以来、Aさんは外で働くのが怖くなり、バイトの面接にさえ行くことができず、家に引きこもるようになってしまったのです。
***
学生時代までは順調に人生を歩んでいたのに、社会人になってから急にうまくいかなくなり、社会からドロップアウトしてしまう Aさんに限らず、「隠れアスペ」にはこういったパターンがよくみられます。
Aさんはもともと学者肌で、学生時代は物理学の研究に没頭していました。一人で同じ実験を何度も繰り返したり、パソコンや資料で調べたりすることがほとんどで、他者とのコミュニケーションをあまり必要としなかったのです。自分の好きなことを延々と規則的に繰り返すのは、アスペルガーが得意とするところ。しかも研究室には似たような境遇の学生しかおらず、会話といえば物理学の話ばかり。そのため、Aさんは学生時代まで自分のコミュニケーション能力に問題があることに気づかなかったのです。
それが社会人となり、広告代理店の社員となったことで、学生時代には必要のなかったさまざまな人間関係への対応や、複雑な事務処理を求められるようになりました。これまで常に優等生だった彼は、そこで初めて自分の特性を知り、挫折を味わったのです。
そもそも広告代理店というのは、新しいアイデアを出して無から有を生み出す仕事です。隠れアスペルガー人は、既存のアイデアをもとに正確なコピーをつくり出すことは得意ですが、物事をゼロから創り出すことは苦手です。実際、他の人が企画書を10ページ書く間に、Aさんは3行しか書けない。そんな状態でした。つまりAさんは、まったく向いていない業界に飛び込んでしまったのです。
会社を辞め、引きこもりになってから、自分の特性についてあれこれ調べ、アスペではないかと疑うようになりました。しかし、精神科を受診しても「あなたはアスペルガーではありませんよ」と言われるだけ。納得がいかず、いろいろ調べたり試したりしたのち、僕のもとへたどり着いたのです。
僕はAさんから生活環境や生育歴、家族関係などをヒアリングして、彼に合ったアスペ対策のプログラムを組みました。それから3年。真面目なAさんは、僕の指導のもと課題を毎日きちんとやり続けて、アスペの症状をほぼ克服することができました。
続いて、僕はAさんの就職支援を開始しました。Aさんに向いている仕事は何なのか? なるべく自己完結的で同時並行処理がなく、決められたことを繰り返す仕事。そして複雑な人間関係がなく、自分より目下の人間に接する仕事 さまざまな条件を考慮し、僕はAさんに塾講師の仕事を勧めることにしました。
現在Aさんは、小規模な塾の講師となり、平穏な毎日を過ごしています。
【ケース2】デキる女なのに、ダメンズにばかり走るBさん(35歳女性)
Bさんは、一流出版社の雑誌編集者として活躍する独身女性。仕事はテキパキとそつなくこなし、周囲への気配りも完璧。見た目もキレイな癒やし系で、同僚や後輩からの信頼は厚く、男性にもモテる。一見、誰もがうらやむような「デキる女性」です。
そんな彼女は、しかし誰にも言えない悩みを抱えていました。それは、人に対して異様に緊張するというものです。
Bさんは、インタビューをするとき、「こんなこと聞いたら、どう思われるだろう?」と考えてしまい、なかなか突っ込んだ話を聞けません。そして、あとで「もっと聞いておけばよかった……」と後悔します。また、編集会議では、良いアイデアがあっても、発言しようとすると心臓がバクバクして手を挙げることすらできません。周囲の人に対しては必要以上に気を遣い、いつも「嫌われたらどうしよう」とビクビクしている。ちょっとでも相手の返事がそっけないと、「何か気に障ったのかな」といつまでもクヨクヨと考え込んでしまいます。
なぜ自分はこんなに緊張しちゃうんだろう? もっと楽に生きられたらいいのに……そう思っていたとき、取材で知り合った会社経営者に「吉濱っていう面白い男がいるから会ってみない?」と勧められたのです。
僕は、Bさんと初めて会った日にこう尋ねました。
「これまで異性関係で苦労してきたんじゃないですか?」
最初は否定していたBさんですが、3回目の面談で、ようやく語ってくれました。
「確かに、これまでの彼氏はみんな無職で、私が生活を支えていました。でも、私はそんなこと気にならないんです」
聞けば、Bさんが付き合ってきた男性は、10代の頃から揃いも揃って見事な「ダメンズ」。全員、付き合い始めたとたんBさんの家に転がりこんで、彼女の収入で生活するようになるのです。Bさんが結婚を望んでもはぐらかす。一日中セックスに付き合わせる。妊娠したら判で押したように「堕ろしてくれ」と言う。暴力や浮気も当たり前……こんなダメンズたちに殴られても、裏切られても、Bさんは「私が悪いんだ」と思い、「ごめんなさい」と謝っていたというのですから、筋金入りの「ダメンズ好き」です。
そんなBさんを心配した友人から、高収入で生活力のある男性を紹介され、2、3回デートを重ねたこともありました。しかし、Bさんはそういう「デキる男」には魅力を感じず、結局いつもダメンズに戻ってしまうのです。こんな異常なダメンズ遍歴について、Bさん自身は、「私って世話好きだから……」としか思っていませんでした。
***
Bさんのダメンズ好きは、世話好きだからではなく、隠れアスペが原因です。彼女はアスペルガーの影響で重度の恋愛依存症に陥っていました。
「恋愛依存症」と聞くと、「常に恋していないとダメ」という恋多き女のイメージが強いでしょうが、それだけではありません。大まかに言うと恋愛依存症には、セックス依存・ロマンス依存・共依存・回避依存の4種類があります。
セックス依存は、強迫的なまでに性行為を求めてしまうものです。性行為をしているときだけ愛されていると感じる。または、性行為をしないとパートナーに捨てられるという恐怖心にかられてしまいます。ロマンス依存は、恋愛にハラハラドキドキばかりを求めて、安定すると一気に冷めてしまうタイプ。相手を落とすまでは夢中で追いかけて、落としたら即ゲーム終了。あるいは安定した関係になると、わざとケンカをふっかけて、「今から地球の裏側に飛んでいくから、追いかけてきて!」などと叫んだりします。
セックス依存とロマンス依存は、アスペルガーやADHDの人にはあまり多くありません。多いのは、共依存と回避依存です。
共依存は、他者に必要とされることで自分の存在価値を証明しようとするタイプ。回避依存は、せっかく幸せにしてくれる相手が現れても、求められることに恐怖を感じて逃げてしまうタイプです。Bさんは、この両方のタイプを併せもっていました。その根底には、生まれながらの極めて強い劣等感があります。
アスペルガーの人は、脳の構造上、極めて深い劣等感をもっていることが多いのです。Bさんは典型的な隠れアスペであり、「私なんて、生きている価値がない」という意識が根付いていました。だから、人前に出ると「ダメなヤツだと思われるんじゃないか」と緊張してしまう。会議の場でも、「どうせ自分の意見なんて」と発言を避けてしまう。しかし人間というのは、自分の存在価値を証明し、自尊心を保たなくては生きていけません。
そこで、ダメンズが恋愛対象になるわけです。どうしようもないダメな男の前では、「無価値な自分」でも恥ずかしく思わずに済みます。そして、ダメ男なら「この人は私がいなければ生きていけない」「こんな自分でも役に立てる」と思うことができる。劣等感の強い隠れアスペルガー人にとって、それは自分の存在価値を実感できる最高の相手なのです。
逆に、きちんと定収入があって自分で料理や洗濯もできて、友達も多い……こういった「デキる男」には、自分が助けてあげられる余地がありません。そこで、デキる男を無意識に回避してダメンズに走るという、不可解な行動に出てしまうのです。
さらに隠れアスペルガー人は、基本的に優しすぎるほど優しく、人助けを好む傾向があります。そこに劣等感が加わるため、ダメ男を助けることにハマる、ダメンズ好きな女性になりやすいのです。
僕は、Bさんの「私なんて価値がない」という誤った認知を変えるために、認知行動療法などをプログラミングしました。僕の与えた課題に熱心に取り組んだ結果、2年ほどで過緊張がなくなり、のびのびと仕事ができるようになりました。
しかし、恋愛依存症から脱却するのはなかなか大変でした。「なんであんなダメ男が好きだったんだろう?」と言っていたかと思えば、「やっぱりあの人を放っておけない!」と元カレのもとに走ってしまう。やがて再び目が覚めて、「なんであんな男と?」「でもやっぱりあの人が好き!」……このパターンを3、4回繰り返し、完全に恋愛依存から抜け出すまでに、4年もかかりました。
Bさんは今、雑誌の編集長に抜擢され、前にも増して生き生きと働いています。プライベートでは、高収入の知的な男性と出会い、生まれて初めて穏やかな恋愛を楽しんでいるそうです。
【ケース3】悪徳業者に騙され続けた元地下アイドルのCさん(28歳女性)
Cさんは、かわいらしい顔立ちの天然系の女性。21歳のとき、メイドカフェでバイトをしていたところ、芸能事務所の人にスカウトされました。もともと人前に出るのが好きだったCさんは、ハイテンションでこう思います。
「すごいラッキー! これってスターになる運命!?」
こうして芸能事務所に所属し、アキバ系地下アイドルとして活動をスタートさせたCさん。しかし、これが悪夢の始まりでした。
Cさんのアイドルとしての活動は、小さなライブ会場でのインディーズライブ出演がメインでした。歌ったり踊ったりのステージを、多いときは1日8公演。最終公演が終わると、事務所が経営するガールズバーに向かいます。Cさんをはじめ、所属タレントの多くはこの店で深夜まで男性客の相手をさせられていました。毎日ヘトヘトになるまで働いても、給料はごくわずか。それでさえ、事務所が徴収するレッスン代に消えていきます。
「いつになったらメジャーデビューできるんだろう……?」
所属する芸能事務所は、テレビ局とのつながりがあるわけでもなく、タレントを売り込むノウハウがあるようにも見えません。デビューの見通しがまったくなく、ひたすら酷使される毎日。「もう辞めたい」と何度も思いました。しかし、事務所の社長から「君なら絶対売れる」と言われるたびに、Cさんは嬉しくなって「もう少し頑張ろう!」と思い直すのです。
そんな生活が3年ほど続いた頃、CさんはCDを出すことになりました。「やっとデビューできる!!」と大喜びでレコーディングしたものの、喜びは長く続きません。完成したCDを「全部自分で買い取れ」と言われたのです。
その額、なんと400万円! なけなしの貯金から少しずつ支払っていたCさんですが、ついに貯金が底をつき、社長に「払えません」と訴えました。すると、社長は手のひらを返したような冷たい態度で、彼女にクビを宣告したのです。
多額の借金だけが残り、ようやく悪徳業者に騙されていたことに気づいたCさん。あまりのショックで家に引きこもり、何もやる気が起きない毎日。部屋はぐちゃぐちゃでお風呂もろくに入らず、朝方ベッドに入って夕方に起きる。そんな荒んだ生活を何年も送っていました。
***
普通に考えたら「いや、さすがにそれは……」と言いたくなるような怪しい話でも、いとも簡単に信じてしまうのがアスペルガー。アスペの人は、言葉の「裏」を読み取ることが苦手なので、言われたことをそのままの意味で受け取ってしまう傾向にあります。僕の知り合いにも、しょっちゅう怪しい物を買わされたり、投資話に乗って大損していたりするアスペルガー人が何人もいます。
Cさんは隠れアスペなので、事務所の社長の「君なら売れる」という言葉を真に受けてしまいました。ガールズバーでホステスまがいのことをさせられても、「アイドルなんて、みんなこんなもんだよ。他の子は枕営業しているんだから、君なんてマシなほう」と言われれば、「そうなんだ〜」とあっさり納得。普通だったら途中で「おかしいな」と気づくところを、5年間も騙され続けて、さらには400万円もの借金を負わされてしまったのは、隠れアスペならではの「信じやすさ」ゆえだったのです。
Cさんはもともとカワイイ顔で愛嬌もあり、愛されキャラでした。だからこそ「アイドルになれる」と舞い上がってしまったわけですが、引きこもりになってからは、めちゃくちゃな生活から体調を崩し、うつのような状態に。「このままじゃダメだ」と思い、代替医療を学び始めたところ、アーユルヴェーダ(古代インドの医学)の先生に僕のことを勧められたのだそうです。
話を聞くと、Cさんは典型的な隠れアスペだということがわかりました。昔から精神的な浮き沈みが激しく、ちょっとしたことでプチッと切れて怒り出したり泣き出したりしてしまう。そんなことがよくあったそうです。たとえば「その服よりこっちのほうがいいよ」と言われただけで、ボロボロと大泣きする。ケータイの置き場所がいつもとちょっと違うだけで、「誰が動かしたの!」と叫ぶ。なぜ自分はこんなことでキレちゃうんだろう? どこかおかしいのかな……そう悩んでいたところ、僕から「それはアスペルガーの症状だよ」と指摘され、長年の疑問が晴れたそうです。
そこからは話が早かった。僕の指導のもと、生活改善に取り組んだCさんは、すぐに昼夜逆転のだらけた生活から抜け出し、規則正しい毎日を送るようになりました。体調はみるみる良くなり、情緒もしだいに安定。人の言うことをそのまま受け入れるタイプなので、僕が言ったとおり素直に取り組んでくれたのです。「騙されやすい」というアスペの短所が、長所に転じた例と言えます。
また、若いので学習能力が高かったということもあります。僕のセッションは脳の神経系を新たに構築しなおしていく作業なので、若いほうが成果の出るスピードが速い。若い人のほうが英単語を早く覚えられるのと同じです。
1年7か月後には、Cさんは絵を描く仕事で生計を立てられるようになりました。彼女には独創的なボールペン画を描く才能があり、僕はそれを究めることが彼女のためになると踏んだのです(のちほど詳述しますが、アスペには芸術的才能が突出している人が多くいます)。人に邪魔されずマイペースで自分の才能を伸ばす作業は、隠れアスペの人にぴったりです。
現在、Cさんは新進気鋭のアーティストとして、企業から毎月のようにコラボのオファーを得るまでになりました。月30万円ほどの収入を得て、立派に自活しています。
【ケース4】勉強はできるけれど、友達と遊べないD君(11歳男児)
D君は小学五年生の男の子。特に目立った行動もないおとなしい子ですが、少し変わったところがありました。それは、「友達とまったく遊ばない」ということです。
ときどき家に友達が誘いに来ると、お母さんから「〇〇君が遊ぼうって言っているよ」と呼ばれます。でもD君は、「居ないって言って」の一点張りで、けっして家から出ることはありません。
学校の昼休みも、みんなが校庭で遊んでいるのに、一人だけ教室でじっとしています。普通だったらいじめの対象になりそうなものですが、幸いなことにそれはなく、たまには友達が遊びに誘ってくれることも。しかし、誘いに応じるのは2週間に1回がせいぜい。担任の先生も心配して、みんなの輪の中に誘い出すのですが、D君は見るからにつまらなそう。そして気づけば、一人で教室に戻っているのです。
そんな我が子のようすを先生から聞き、お母さんは心配になりました。しかし、D君は学校のテストではいつも高得点で、特殊学級に入るような知能障害とは思えません。
一方で、D君はときどき、理解できない行動をとることもありました。ある日のこと、学校へ行く前に突然震え出して「怖い」と泣き出したのです。なぜ怖いのかと聞くと、「学校が怖い」。学校の何が怖いのかと聞くと、「みんなといるのが怖い」。そんなことが何回かありました。
また、突然かんしゃくを起こすこともありました。突然テーブルをひっくり返したり、妹を叩いたり……普段おとなしい子なのに、なぜ? お母さんには理解できません。
クラスの子と話しているところを見ると、異様にたどたどしい話し方で顔が引きつっています。家族と話すときは普通なのに、他の子と話すときは、まるでロボットのようでした。
なぜ普通の子と同じようにできないんだろう? この子は将来、大丈夫なの……?
お母さんは悩んだ末、発達障害の専門家がいることを聞きつけて、D君と一緒に僕のもとへやってきました。
***
僕のセッションには、アスペルガーのお子さんをもつ親御さんが、子どもと一緒にやってくることも珍しくありません。
ひと昔前まで、「子どもの発達障害は親の育て方や愛情不足が原因」という誤った認識で語られていました。今でもときどき、「私の育て方が間違っていたのでしょうか?」と言う人がいますが、そんなことは断じてありません。アスペルガーを含む発達障害の多くは「先天的な脳の器質障害」であり、成育歴は一切関係ないことがはっきりしています。
その器質障害の原因は、95%以上が遺伝だと言われています。つまり子どもがアスペなら、親もアスペである確率が非常に高い。ですから、子どものケアを行うときは、親御さんにも一緒に取り組んでいただく必要があるのです。
さて、D君の「友達と遊ばない」という奇妙な性質は、隠れアスペの子どもによく見られるものです。アスペルガーの子どもの場合、友達と遊ばない理由は以下の4つです。
1 そもそも友達と遊びたいという欲求がない。
2 対人恐怖や緊張、怒りなどの否定的な感情が激しい。
3 遊び方が理解できない、覚えられない。
4 遊んでいる集団への入り方、会話の仕方がわからない。
1の「そもそも友達と遊びたいという欲求がない」であれば、改善の余地はほとんどありません。最初は僕も、「D君は1かな?」と思ったのですが、よくよく話を聞いてみると、本当は友達と気兼ねなく遊びたいと思っているようす。それを邪魔しているのは、2の「対人恐怖や緊張」でした。「学校でみんなといるのが怖い」と泣いたり、クラスメートと自然に会話ができなかったりするのは、アスペ特有の強い対人恐怖があったからなのです。
同時に、D君は3と4も併せもっていました。遊びたい欲求は確かにあるのに、おおぜいの子どもと混じって遊ぶにはどうすればいいのか、お友達とどんなふうに話をすればいいのか、さっぱりわかりませんでした。そんなストレスが、ときどきかんしゃくとなって爆発していたのです。
僕は、D君が友達の輪の中にスムーズに入り、おしゃべりや遊びを楽しむためのロールプレイを考えました。子どもの場合は、自分で自分を管理するのが難しいので、親の協力が不可欠です。僕はお母さんにやり方をこと細かく教え、自宅でD君に繰り返しトレーニングを行うよう指導しました。
同時に、食生活の改善にも取り組んでもらいました。D君のお母さんは健康志向で、マクロビオティックにハマっていました。しかし、ほとんどのアスペルガー人に玄米菜食は禁物です。僕はお母さんに糖質の弊害を説明して、「ローカーボ」の食事に切り替えてもらいました。
すると、わずか1、2か月ほどでD君の対人恐怖による情緒不安定が治まりました。子どもは総じて結果が早く出るものですが、D君の場合は栄養面の問題が大きかったので、食事療法の効果がてきめんに出たのでしょう。このローカーボは、アスペ対策の要となる食事療法なので、第4章でくわしく説明します。
さて、ローカーボによって対人恐怖がかなり軽減し、トレーニングの効果もどんどん出てきました。4か月後には、D君はこれまでが噓のように活発になり、毎日昼休みは友達と校庭へ飛び出していくようになりました。中学生になった現在も、「学校が怖い」と言うことはなく、多くの友達に囲まれて楽しく過ごしているそうです。
【ケース5】東証一部上場企業社長なのにうつ状態だったEさん(55歳男性)
Eさんは、東証一部上場企業である医療機器メーカーの社長。技術職として採用され、機器の開発に携わること20数年。副社長に就任してからも、基本的に技術畑でアドバイザーを務めていました。仕事熱心で会社思いなEさんは、部下たちから「理想の上司」と慕われ、充実したサラリーマン生活を送っていたのです。
それが50歳を目前に、社長に就任したことで一変します。技術畑にいたときは、自分のテーマを自分で追求していく自己完結的な業務が多く、黙々と仕事に向き合っていればよかったのです。しかし、社長になったことで、突然おおぜいの人間を相手に政治力を発揮する必要が出てきました。
東証一部上場企業ともなると、トップが独断で物事を進めることなどできません。大企業の社長にとって、社内の複雑な人間関係に配慮しながら、おおぜいの人の意見を調整するのは重要な仕事のひとつです。しかし、ずっと技術職だったEさんに、そういった政治的なはからいができるはずもありません。それでも周囲の期待に応えるべく、社長に就いたEさん。その心身に異変が現れるまでに、それほど時間はかかりませんでした。
重役会議の最中に緊張して何も言えず、ひたすら下を向いてやりすごす。ひどいときは、緊張を通り越して居眠りをする。あるいは、取引先との大事な会食の約束があるのに、どうしても気が進まず、結局ドタキャンする。株主総会の前はパニック状態に陥り、嘔吐してしまう。やがて仕事に対してやる気が出なくなり、慢性的なうつ状態に陥ってしまいました。
もともと責任感と愛社精神の強いEさんは、それでも精神科に通院しながら、歯をくいしばって社長業を3年ほど続けていました。診断名は、「適応障害」。常に強い恐怖心にかられ、精神安定剤が手放せない毎日だったといいます。
***
Eさんが診断された「適応障害」という病名の裏には、軽度のアスペルガーが隠れています。アスペルガーの人は、「真性」であろうと「隠れ」であろうと、適応障害やうつ病、パニック障害などの精神疾患を併発する可能性が高いのです。しかし、困ったことに一般の医療機関では、そういった精神疾患が発達障害によって引き起こされていることになかなか思い至りません。
Eさんは隠れアスペですが、技術職のうちはマイペースに仕事ができていたので、症状が目立ちませんでした。しかし、社長になってからはアスペが苦手とする人間関係の調整をしなければならず、精神的に緊張を強いられるようになったのです。普通だったら時間とともに慣れるものですが、アスペの人は、生まれたときから強い緊張とストレスを抱えているため、苦手なものについてはなかなか慣れることができません。そのためEさんは、適応障害と言われる心身の異常が表れるまで追い詰められてしまったのです。
社長職を降りようか、それともいっそ会社を辞めようかとも思ったそうですが、Eさんの責任感の強さがそれを許しません。病院に通ってはいたものの、薬を処方されるだけ。これではらちが明かないと、カウンセリングも受けはじめましたが、なかなか根本的な改善に至りません。他に何かできることはないか?といろいろ模索しているうちに、僕のセッションにたどり着いたそうです。
僕はEさんに、アスペの症状を抑える認知療法や体質改善のためのプログラムを組み、徹底的に取り組んでもらいました。Eさんは代謝が非常に悪かったので、ビタミンB群やたんぱく質の摂取も重点的に行いました。
同時に、忙しい中でも自分の好きなことをして、好きなところへ行く時間をもつようにしてもらいました。Eさんはもともと写真と音楽が好きで、かつてはカメラ片手に一人でフラッと旅に出たり、コンサートに行ったりして楽しんでいました。しかし社長になってからは、忙しくて全部できなくなってしまった。アスペルガー人にとって大事な「自分だけの時間と空間」を確保できず、Eさんはリラックスする場を失ってしまったのです。
そこで僕はEさんに、「好きなことをする時間を、真っ先にスケジュールに入れてください」と告げました。どんなに忙しくても、自分の時間をもつこと。自分の好きな場所に身を置くこと。これを最優先にし、仕事のスケジュールはあとで入れるように指導したのです。
大企業の重役を長年務めてきたEさんは、さすがに根性の据わった人でした。僕の提示した課題を黙々とやり遂げ、1年後には適応障害の症状がほとんど見られなくなりました。先のCさんの項で僕は、「若いほうが結果が早く出る」と言いましたが、50代でも、熱心に取り組めば早く改善する例があるのです。
Eさんは代謝異常が特にひどかったので、肉体面へのアプローチの効果が大きかったとも言えます。うつや適応障害といった心のトラブルには、感謝や許しのように精神的なアプローチをする風潮がありますが、僕に言わせれば、体を変えるほうが断然早い。実際、Eさんは精神科やカウンセリングに3年通っても改善が見られなかったのに、僕のところへ通い出したら1年で結果が出ました。
Eさんは現在、かねてより希望していた会長職に就いています。プレッシャーから解放され、もう適応障害の症状に苦しめられることはありません。社長職の頃より仕事に意欲的で、毎日20〜30個のアイデアを出しては事業展開に生かしているのだとか。そして相変わらず、カメラ片手の一人旅を続けています。
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5人の「隠れアスペ」の例を見ていただきましたが、いかがでしょうか? 「自分はこの人に似ている」「職場のあの人は、この部分に当てはまる」などと思うところが、ひとつはあったと思います。それもそのはず、真性アスペはともかく、隠れアスペはけっして珍しい存在ではないのですから。僕の実感では40人に1人、場合によっては20人に1人が隠れアスペだと言ってもいいでしょう。
みなさんがまだ知らない「隠れアスペ」とはどんなものなのか、どのように対処すればいいのか。次章(7月9日公開予定)から詳しく解説していきます。