アラサー女が将棋始めてみた 第2回

アラサー女が将棋始めてみた 第1回

第2回 きっかけ

 今回は、わたしが公民館で将棋を指すようになったきっかけや、通い始めたころにあったことについて、ちょっと説明しようと思う。

中学生のころ、小学生の息子さんのいる数学の先生に、

「金澤、カードゲームやったらどうだ? 息子とやってるんだが金澤に向いてると思うぞ」

 と、なぜかカードゲームを勧められたことがある。

 でもカードゲームはルールを把握するのも大変だし、カードショップにも入りづらいし、正直そんなこと言われてもなあ……と思った。

 二十歳くらいのころには、中学以来の付き合いだった友人からポケモンの育て方を教わって、技の構成について書いたネットの記事を読んでいた時期もある。ポケモン自体は赤緑から遊んでいたけれど、いわば定跡のようなものがあるのはそのころ知ったのだった。

 しかしポケモンの育成というのはとんでもなく面倒で、その友達と喧嘩別れすると同時にやる気を失った。

 わたしはなんだかんだ言って、頭を使って勝負のつくゲームが好きなのだと思う。先生や友人に勧められるということは、周りからもそう見えていたのだろう。

 ポケモンで遊んでいた友達と縁が切れて、たまたま勝負事から遠ざかっていた、そんなときに大ブームになったのが、将棋だったのだ。

 空前の将棋ブームが巻き起こったころ、加藤一二三先生と藤井聡太さんと3月のライオンに影響され、やっぱりミーハーな母と家でいちいち駒の動きを確認しつつ指すうちに、なんというか「強くなりたい欲」というのが湧いてきた。母に負かされっぱなしだったからだ。

 なので、入門書を買って読んだ。いちばん分かりよくて勉強になったのは、やっぱり加藤一二三先生の「ひふみんの将棋入門」という本だった。すごくシンプルな、図のついた読み物という感じで、すらすら読めた。

 加藤先生はテレビでいじられているときは考えるスピードに口がついていかない、みたいな喋り方をなさるけれど、文章はとてもきちんとしていて、読みやすい。

 その本を読んだ後、母と指したらおどろくほど自信をもって指せるようになった。ずっと負けっぱなしだったのに、いきなり落ち着いて勝てるようになったのである。ちょっと勉強して、駒同士を紐づけするとか、小駒から使うとか、そういう方法を覚えるだけで勝てるようになるというのは、驚きだった。

 そうやって何度か勝つと、母は「あんたとはもう指さない」と言いだした。薄情だ。代わりに母は近所の文化施設で開催される「女性のための将棋入門」だったか、そんなイベントのチラシをもらってきた。

 行ってみると、参加者は子供と指すのだろうか、若いお母さん世代の人が主だった。そこに講師役で来ていたのが、公民館最強のおじさんである支部長さんだったのである。支部長さんは将棋の歴史や楽しみ方を、参加者にざっと説明した後、

「指したい方は毎週日曜の午後に公民館で道場をやってますから」と言い、わたしはそれに行ってみようと決めた。もうゲームはどうぶつの森くらいしかやっていなかったので、こころの中ではヒリヒリする勝負を欲していたのかもしれない。

 初冬のある日曜日、勇気を出して公民館に行ってみた。暖房が入っているのか、将棋道場として使われている部屋のふすまは閉まっており、中から、

「女性の人や子供さんにも来てもらわねばねえな」

「んだな、ホームページ作ったらどうだべ」

 みたいな話し声が聞こえた。なにやら会議をしているみたいで、開けるのにもこれまた勇気が必要だった。

 どうにかこうにか自分を奮い立たせ、ふすまをがらーっと開けると会議していたおじさんたちは「うわ本当に来た」みたいな顔をした。

 さっそく、じゃあ初めて来たのだしどれくらいの棋力があるのか確認しよう、となり、支部長さんと平手で指した。支部長さんはアマ四段だそうで、当然簡単な知識しかないわたしはあっという間に負けて、それでも「とりあえずルールは把握している」という認識だったのだろう、六枚落ちがちょうどいい、ということになった。

 それから、毎週のように公民館に通い、六枚落ち※で指すようになった。しかし、六枚落ちですら、勝つにはどうしたらいいのかがわからない。定跡というものの存在を知らなかったわたしに、とあるおじさんが「これがいい形だよ」と、1筋突破の定跡を並べてみせてくれた。

 六枚落ちの1筋突破定跡というのは、盤のいちばん右側の筋、つまり1筋を、香車と飛車の連係プレーでぶち破る、というものである。六枚落ちではこの定跡を使うと、ハメ手を使われないかぎりほぼ確実に飛車を成ることができる。

 しかし盤面をみただけで覚えられるほど性能のいい脳みそでないわたしは、とりあえず「いろいろやったら飛車の上に香がいた」くらいのことしか覚えておらず、帰って「六枚落ち 定跡」と検索してその定跡を調べた。

 いろいろなサイトが出てきたけれど、そのとき参考になったのは、なぜか「小説家になろう」だった。なんでそんなところで将棋の定跡について投稿している人がいるのかは分からないが、とりあえずありがとうと言いたいと思う。ありがとうございました。

 手順をノートにとり、スマホアプリ相手に何戦もして、どうにか1筋突破定跡を覚えた。それを、次の公民館で指してみると、おじさんたちは「お、覚えてきたな?」と嬉しそうだった。わたしが勉強していくと、おじさんたちはもれなく喜ぶのだった。

 突破するまでは定跡でなんとかできるとして、突破したあとから悩むようになると、詰将棋を勧められた。「詰将棋過激派」のおじさんというのがいて、たまに備品らしい将棋世界付録の詰将棋の冊子を貸してもらう。

 そうやって、だんだん公民館の将棋道場に慣れてきたある日、わたしが心の中で「七手詰め事件」と呼んでいる事件が起こった。事件というほどたいそうなものではないけれど、名前をつけて呼ぶほど印象深く覚えているので紹介したいと思う。


 ある日、わたしは若いお兄さんと指していた。

 お兄さんはわたしよりずっと年下で、才能にあふれていて地元の将棋大会でとても優秀な成績を残している。いつも通り六枚落ちで相手をしてもらい、わたしがなんとか勝勢になってくると、横から見ていたおじさんが、

「お。これ七手で詰みでねが?」

 と言いだした。それを合図におじさんたちがぞろぞろ集まって来て、わたしと対局相手のお兄さんの周りを取り囲んで、

「んだんだ七手で詰みだ」

「十一手でも詰まさるばって七手のほうがきれいだな」

 とかなんとか言いだした。ど、どういうことだ、と心の中がざわついた。七手で詰み、と言われたってまだ三手詰めがやっと解ける程度だったので、そんなのできるかと思っていると、おじさんたちは「ふつうの手だよ」と、助言を始めた。

 そして本当に七手で、おじさんたちのアドバイスを聞きつつ、お兄さんの王を詰ませたのである。詰め上がりの瞬間、おじさんたちはわあっと拍手した。なんだかすごく、嬉しかった。あまりに嬉しくて、わたしはこの出来事を心の中で「七手詰め事件」と呼んでいる。

 そのとき、このおじさんたちはすごい、このおじさんたちは心の底から尊敬できる、とそう思った。だって七手も先のことがわかるのだから。
わたしは将棋が強い人をリスペクトする。公民館に集まってくる人たちは、一見ふつうのおじさん、おじいさんに見えるような人でも、とても頭がよく記憶力も思考力もすごい。わたしも続ければいつかこうなるのだろうか。そうなったらいいなと思う。


イラスト:真藤ハル

アラサー女が将棋始めてみた 第1回

Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
Twitter https://twitter.com/kanezya

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