アラサー女が将棋始めてみた 第4回

第4回 きまずい空気

 まずは報告をしたいと思う。将棋の腕前は相変わらずで勉強もあまり進んでいないのだが、この「アラサー女が将棋始めてみた」の連載がきっかけで、わたしのツイッターアカウントをフォローしてくださる人が増えた。

 7月10日に掲載されたときに、どんどん将棋関係の人にフォローされ、将棋ブログをやっている方の記事にこの連載を取り上げていただいたりもした。

 そして驚いたことに、なんと憧れの加藤一二三先生にフォローしていただいたのである。わたしの将棋熱の原点の人にフォローされて、喜ぶより先に混乱してしまった。以前よりこちらからフォローしているので、なんと相互フォローである。送る気になればダイレクトメッセージも送れるのだ。やべえ、と思わず変な声が出た。リビングレジェンドにフォローされると変な声が出るのだとしみじみと思った。

 それはさておき、今回は、公民館で気まずい思いをした話と、自分の病気の話をしたいと思う。

 将棋はアナログでやろうとすると人間が二人いないとできないゲームである。それゆえに気まずいことも多々起きる。人間同士なのだからやっぱりどうしようもなく座りの悪い状況が発生する。

 最初に気まずく思ったのは、とあるおじいさんと六枚落ちで指していた時だ。

 そのおじいさんとの対局は、駒落ちながら教わるというよりわりと真剣勝負だった。特に好手を教えてもらうわけでなく、わたしが悪手を指したらなにが悪いか説明してもらう……といった感じだ。

 第2回で説明したとおりの六枚落ち定跡で一筋を突破し、わたしの竜と成香がおじいさんの王のそばにいたのだが、その時おじいさんは笑顔で困りながら、

「あいー。投げてえなやー。投げてえなやー……」

 とぼやいていらした。投げる、というのは「投了する」つまり「負けました」と宣言することである。投げたい、のに続けるということは、わたしを育てるべく勝負がつくまで指してくれるらしい。だけれどおじいさんの王を追いかけても「王手は追う手」で、決定的な局面、つまり「詰み」に持って行くことができず、つい

「なにかヒントありますか……?」

 とスマホの将棋アプリのヒントボタンをつつく感覚で尋ねてしまった。おじいさんはきょとんとした顔で、

「将棋にヒントはねえよ?」

 と答えられた。当たり前である、相手の方が自発的に教えてくださるならともかく、こちらからヒントを聞こうなんてトンチキ極まりない。

 そんな当たり前のこともわからない自分のあさはかさが恥ずかしくて、その日はその勝負を終えた後、大急ぎで帰った。とても気まずくて、心がズキズキした。

 でも気まずい状況を放置してはならない。たとえ前回失敗しても、もう一度行って楽しければ上書きされるし、それは早ければ早いほうがいいとなにかで読んだ。

 昔、図書館で騒いで叱られたことがある。友達と出くわして、ついおしゃべりの声が大きくなってしまったのだ。それを知らない男の人に叱られて、そのあとしばらく図書館を避けたせいで、大好きだった図書館が怖くなってしまった。

 だから図書館で自業自得とはいえ怖い思いをしたのを放置して、それが定着してしまった反省から、将棋で気まずい思いをして恥ずかしくても公民館に通い続けることで回復することにしている。処置は確実・迅速に、である。

 事実、結構な回数気まずい思いをしている。

 うっかり自分の駒を取りそうになるとか、銀を真後ろにひっぱりそうになるとか、そういう反則で待ったをさせてもらったことも多々あった。それからたとえば角道を開けるつもりで、7六歩と指すべきところを間違えて8六歩と指して、おじさんたちに「新手か!」とからかわれて待ったさせてもらうこともあった。ついこの間も二歩をしそうになった。「二歩」、というのは、同じ筋に歩が二枚並ぶことで、反則である。

 おじさんたちはみなとても賢い人たちなので、わたしの失敗をからかいはしても馬鹿にはしない。おじさんたちはわたしを一人のビギナー将棋ファンとして扱ってくださる。だから反則をしそうになると注意して待ったをさせてくれるし、明らかな悪手や敗因を教えてくださる。

 きっと「新手か!」とからかうのだって、失敗したと落ち込まれるのを防ぐつもりなのではなかろうか。

 それから、前回登場の高校生の女の子が来た時も、実はだいぶ気まずい状況が発生していた。

 高校生の女の子と指していると、横から支部長さんが見に来て、解説と指導を始めた。そうしていると、もう一人おじさんがやってきた。

 支部長さんは解説・指導するのに夢中で、そのおじさんに気付いておらず、そのおじさんは所在なげに立っている。気まずい。

 高校生の女の子とわたしの対局が終わった後、支部長さんはその高校生の女の子と対局を始めた。やっぱり後進が育つのが嬉しいからなのだろうけれど、しかしあぶれているおじさんは支部長さんと指すつもりだったらしく困った顔をしている。

 一方で、プロフィールにあるとおり、わたしは統合失調症である。

 結構な量の薬を飲んでいて、疲れて具合が悪くなると副作用で目が上を向こうとする。だんだんと、高いところに目線がいくので、それで具合を悪くしたことに気付くのである。

 公民館の二階は冷房がないため、道場として使われている部屋はひどく蒸し暑い。これ以上続けたらさらに具合を悪くすることは明白だったので、帰ろうとして立ち上がった。するとあぶれていたおじさんが、「指しませんか?」と誘ってくださった。だけれどもう具合が悪い。目が勝手に、壁の高いところに掛けてある時計を見ている。そういうふうに限界だったので、指したいけれど家に帰る時間だ、と半分くらい嘘を言って帰らせてもらった。気まずかった。

 そのおじさんに、とても申し訳なく思った。どうしても将棋というものはじっと考えて一時間経つものである。自分の体力だと真夏の公民館では一局が限界だ。

 というかそもそも、駒落ちで相手してもらうのも、おじさんたちだってもっと強い人同士でヒリヒリしながら指したいのではと思って申し訳ないくらいに思っている。

 申し訳ない、気まずい、という状況は毎回のように発生するのだから、なるべく慣れようと思う。人間同士の付き合いが下手くそなわたしに必要なのは鈍感力である。

 だからこれから、あぶれている方がいたらぜひ教わろうと思うし、なるべく早く健康体になりたい。統合失調症は一生付き合うかもしれない病気だけれど、うまく付き合って病気と仲よくすることはできるのではあるまいか。

 将棋に限らず、人間同士だから気まずい事態が起きるわけである。

 そしてやはり将棋に限らず、人間相手でなければ学べないことがたくさんある。

 わたしはそれを、将棋から、ちょっとずつ学んでいる。

 ツイッターで、将棋好きでアマ二段のフォロワーさんが久々に浮上したとき、公民館に将棋を指しに通っている、と書いたら、盤を挟んで対局できるっていいなあ、というようなリプライが来たことがある。そのフォロワーさんは、ネット対戦を主にやっているそうだ。

 人と人が疎遠になるこの現代社会で、人と人が向き合って将棋を指せるというのは、とても素敵なことだ。人間同士でないと学べないことがたくさんあるし、気まずい思いだってある意味人間生活の学びである。

 なるべく健康体になりたいとか、なるべく人と親しくしたいとか、将棋というのはどこまでも人間にポジティブな影響を与えるのだなあ、と最近よく思う。

 事実始める前よりメンタルが強靭になった気がする。ちょっとやそっとのことで落ち込まなくなったし、ショックなことに出くわしても昔ほどうろたえなくなった。

 余談だが、健康体で思い出したことがある。

 プロ棋士は対局が終わると二キロ体重が減っている、みたいな話を聞いたことがある。

 脳は、人体でいちばんブドウ糖を消費する器官なのだそうだ。だからプロ棋士の先生は、考えている間脳がブドウ糖をどんどん使うわけである。だからか、ずっと座って考えているにも関わらずわりとスマートな体形の先生が多い気がする。加藤一二三先生はともかく。

 そういうわけで、わたしも将棋を指したら痩せるかな、などと思ったものの、そもそも集中の度合いも考える速度や緻密さも指している時間も全然違うわけで、「下手の考え休むに似たり」状態では痩せるどころか、行く途中自販機で買った休憩用のコーラで太るのであった。

 プロ棋士の先生たちは、局面を脳内の盤面に構築し、その脳内の盤面で予測される手を何手も先まで何種類も考える。それを朝から深夜までやる。昼の休憩で食べるものだって「麻婆丼ご飯少なめ」「寿司セットシャリ小さめ」みたいなものを選ぶのである。そりゃあ痩せるってものだ。

 最初はこのエッセイのタイトルも、「将棋で痩せるダイエット」にしようかと思ったけれど、結果痩せていないし、ミーハーが過ぎるので改題したのであった。

 将棋は、痩せはしないけれどとても健康的な趣味だとわたしは思う。日曜の午後を、昼寝に使わなくなっただけでも上等だ。それに家で家族といるだけでは学べない他人との付き合いを体験し、人間同士の付き合い方の基礎を理解できるわけだから。

イラスト:真藤ハル

アラサー女が将棋始めてみた 第1回

アラサー女が将棋始めてみた 第2回

アラサー女が将棋始めてみた 第3回

Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
Twitter https://twitter.com/kanezya

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