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アラサー女が将棋始めてみた 第5回

第5回 三度の飯より好きになりたい

 今回は、おじさんたちが新たな将棋ファンを育てようとしていることについて書こうと思う。

 将棋は、かならず負けか勝ちかが決まるゲームである。引き分けは基本的にないし、負けたと思ったら自分から「負けました」と言わねばならない。

 負けました、と自分の側からいうのはなかなか苦しい。藤井聡太さんが小さな子供のころ大会で負けて大泣きしたとか、いまでも負けると悔しさのあまり感想戦が始まらないとか、やっぱり強ければ強いほど負ければつらいのだな、と思う。3月のライオンのセリフでそのものズバリ、「『強く』なればなる程負けた時くやしくなります」というのがあったけれど、ヘボのわたしだって負ければ実力差を痛感しつつギギギ……となる。

 ある日、支部長さんと指して、当然わたしが負けて感想戦という名の指導を受けているところに別のおじさんが通りかかった。このおじさんは人を育てるのが好きな人で、詰将棋の本なんかをよく貸してくださる。

 支部長さんはそのとき盤の上に「こういうふうに攻めるとうまく行くよ」の例を展開していた。そのおじさんはそれを見て、

「おー! 六枚落ちでアマ四段の支部長さんに勝ったってばアマ初段くらいの……」

 と、わたしの勝利だと勘違いして盛り上がっていた。すると支部長さんはものすごく冷静な声で食い気味に、

「いや俺は負けてない」

 と言った。事実なのだがなんとなくおかしくて、いまでもはっきり覚えている。支部長さんも当然負ければ悔しいわけで、負けたと思われたくなかったようだ。

 支部長さんの指導は丁寧で、わたしの手のなにが悪かったか“ぱぱぱ”と戻して教えてくださる。まずはその「ぱぱぱと戻して」というのがすごい。わたしが悪手を指した局面を正確に記憶しているのだ。どうすればそれだけ覚えていられるのだろう。脳みその力無限大である。

 別の日、公民館につくと支部長さんは帰るところで、そこにいた幹事長さんに、

「六枚落ちで気持ちよく負けてあげて」

 と言って帰っていった。わたしはいつも、なすすべもなく負けるか、たくさんヒントをもらって勝たせてもらえるかで、要するに「気持ちよく負けてあげて」というのは「楽しく指して勝たせてあげて」ということだ。「楽しい」という体験がなければ、がんばろうとは思わないからだ。

 相手をしてくださることになった幹事長さんは、一見した感じでは学校の先生とか、そういう仕事をしていそうな感じの、眼鏡をかけたおじさんで、指しながらいろいろなことを質問してきた。

 質問されたなかでいちばん印象に残っているのが、
「なにがきっかけで始められたんですか? やっぱり支部長さんの女性向けのイベントですか?」

 という質問だった。わたしは正直に答えた。
「いえ……おととしの冬にテレビ見てたら、チーズを食べているおじいさんが……」

「あぁあの先生は伝説に事欠きませんからね、チョコレートを重ねて齧ったとか……」

それにしても「チーズを食べてるおじいさんを冬に見た」という情報だけで「加藤一二三先生に影響を受けて始めた」のだと通じてしまうというのはどういうことなのだろうか。

 そんな話をしつつ、幹事長さんはコビン攻めといって王や飛車の斜め前を攻める作戦とか、六枚落ち1筋突破定跡の弱点とか、そういうことを教えてくださった。そして事実、気持ちよく負けてくださった。

 こういうことがあるから申し訳ないんだ……と思ったけれど、この人たちは自分たちのあとに続く人を育てるのが好きで、それで後に続く人の「楽しい」という体験のために、負けてくださるのだろうな、と、そう察した。

 その象徴とでも言えばいいのか、ある時たまたま来ていた小学生たちを相手に、とあるおじさんがこう言うのを聞いた。

「そのうち三度の飯より将棋が好きになるど~」

 三度の飯より将棋が好き、というのは定型文でありながらなかなかのパワーワードではあるまいか。この人たちは、自分が「三度の飯より将棋が好き」だから、その楽しさを、小学生やこのアラサー女にも教えて、新たなる「三度の飯より将棋が好き」な人間を育てようとしているのである。

 わたしはいまでもときどき支部長さんに訊くことがある。

「わたし、強くなってますか……?」ということだ。自分が強くなっているかどうかは、自分ではよく分からないからだ。
 そしてそう訊ねると支部長さんは「うん、ちょっとずつ強くなってる」と言ってくださる。それを聞くと、じわりと自信がわいてくる。

 この人たちは、本当に、あとから育ってくる人がいるのが嬉しいのだと思う。小学生が来た時も、ルールをほぼ知らないらしい女の人が来ていたときも、いつも歓迎ムードだった。小学生たちが駒を雑に扱えば正しい扱い方を教えるし、ルールをほぼ知らない女の人が「えっ、金には裏側がないんですか」と言ったときも、馬鹿にしたりせず丁寧にルールを説明していた。

 おじさんたちは初心者が相手でも馬鹿にしないしなめてかからないし、分からないと訊ねられたことはちゃんと教えてくださる。

 行く前はもっと偏屈なおじさんの集まりかと思っていたけれど、みなさん明るくて楽しい人たちだ。そしてみなさん、相当な教えたがりなのである。

 ある日、お医者様だというおじさんが来た。
 相当強い人らしく、六枚落ちで相手をしていただいたとき、ハメ手を使われるかもしれないと思い、普通に定跡で1筋突破できるかわからず棒銀を試したらあっさり負けた。

 あまりにあっけなく勝負がついてしまったのでもう一回指そう、ということになり、素直に1筋突破定跡を試したら、

「お、将棋らしい将棋指せるじゃないの」

 と、わたしを叩きのめしながら、お医者様はそういうふうに感心した。「将棋らしい将棋が指せる」と言われて、心がぱああーっと明るくなった。まあひどくやられていたのだけれど。

 ほかのおじさんに「加減してあげたらどうですか」と言われたそのお医者様は、

「俺は患者に優しいぶん将棋は厳しいんだ」

 というよくわからない理屈で、わたしの玉をいじめにかかるのであった。そして、見事に負けたわたしに、

「今日のNHKの将棋フォーカスみた? かりんちゃんすごかったよ」

 と話しかけてきた。
 その日の将棋フォーカスは、当時司会をしていた乃木坂46の伊藤かりんちゃんがアマ初段になった認定試験の様子が特集で、帰ってから録画を見てとても勇気づけられたのだった。

 お医者様はただわたしをけちょんけちょんにやっつけるだけでなく、応援してくれたのである。この手厳しいお医者様も、わたしを育てようとしてくださったのだ。

 公民館の将棋道場に集まってくるおじさんたちは、ふだんは働いていたり定年退職して家にいたりする、普通のおじさんなのだろう。
 しかし普通にしているだけでは分からない強さと優しさを持っていて、前に書いたとおり盤面をぱっと見て「お、これ七手で詰みでねが」と言えるだけの教養を持っている。

 それぞれどんな暮らしをしていて、どんな奥さんやどんな子供さんがいるのかは、道場に来ているおじさんたちを見るだけではわからない。けれどきっと家でも、将棋世界とかNHK将棋講座テキストとかを読んでこつこつ勉強しているのだろうな、と想像できる。そうでなければ強くなれないし強さも維持できないだろうからだ。

 わたしも、その姿勢を見習わねば、と、詰将棋の本を一冊買って、カバンにいつも入れて心療内科の待ち時間に解いたり、家では風呂あがりに髪の水気をタオルに吸わせながら解いたりするようになった。

 わたしも強くなることを楽しむことで「三度の飯より好きになる」ことができたらいいなと思う。

 たくさん勉強して、新しい作戦や定跡を覚えそれを実戦で使えたら、きっと楽しいからだ。


イラスト:真藤ハル

アラサー女が将棋始めてみた 第1回

アラサー女が将棋始めてみた 第2回

アラサー女が将棋始めてみた 第3回

アラサー女が将棋始めてみた 第4回

Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
Twitter https://twitter.com/kanezya

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