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アラサー女が将棋始めてみた 第7回

第7回 夏の日の道場

 今回は、いつも道場はどんな感じなのかを説明したいと思う。

 日曜の道場がどんな塩梅だったかというと、支部長さんともちろん駒落ちで勝負して、いいとこなしで負けてきた。情けないくらいギッタンギッタンにされて、ムギギ顔で公民館から帰ってきたのだった。

 負けて悔しかったが、エッセイのネタに、と、ふだんあまり見ない対局相手の顔を観察してみた。すると支部長さんはなんというか、梅干しでも食べているような顔をしながら指していて、それが妙に面白かった。ただ「最近膝が痛む」と言っていたので、単純に膝が痛かっただけかもしれない。

 かくいうわたしも正座はあまり得意でなく、スカートをはいている手前女の子座りで座っているのだが、勝負と感想戦が終わって立ち上がろうとすると猛烈に膝が痛い。どんどんおばさんになっていくのだなあと悲しくなる。

 将棋には「感想戦」というものがある。以前も触れたと思うが、決着がついたあと、ここでこの手を指したらどうなったか、とか、こうなっていたら勝敗は変わっていたか、とか、そういうことを議論することを「感想戦」という。

 わたしの場合議論するのではなく「ここでこういう手がある」というようなことを教わる、といった感じである。おじさんたちはみな基本的に教えたがりなので、下手すると勝負がつくまえに始まってしまうこともある。

 それで分かったのだが、どうも、わたしは傾向として(こういう手はどうだろう……でも怖いな……もうちょっと無難な手……)と考えて、結局悪手を指してしまうようだ。感想戦ではときどき、「こういう手もある」と、その(こういう手はどうだろう)と最初に考えた手を示される。そのときの悔しさは尋常でない。

 感想戦の途中で、支部長さんの携帯電話に電話がかかってきた。支部長さんはガラケー持ちであることは知っていたのだが、相当な年代物らしく電池パックのところにビニールテープが巻かれていて思わずガン見してしまった。いま携帯電話ショップで機種変したいといったら確実にスマホを勧められるが、電話とメールだけで用が足りるなら、ガラケーを使ってもべつになにも問題もないのだろう。

 最低限で用が足りる、という考え方は将棋のそれに少し似ているなあと思った。

 支部長さんの電話はわりとすぐ終わったが、感想戦はとりあえず休憩、といった感じになった。

 当時、このエッセイのもとになった作品がカクヨム内のエッセイの週間ランキングで上位に食い込んでいたことを、そのタイミングで支部長さんに伝えた。言い方は悪いがネタになってくれた支部長さんたちにお礼を言いたかったのである。カクヨムといっても通じないだろうと思ったので、「ネットにUPした」というような言い方で伝えた。

 支部長さんの反応はというと、まさしくバカうけであった。支部長さんがおかしそうに笑うというのはなかなか珍しい。ときどきおじさん同士で真剣勝負をしているときに「読めねーなー!」「わかんねーなー!」と愉快そうにしていることはあるが、将棋の内容以外のことを面白がるのはあまり見ない。

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 支部長さんは面白い話を聞いた、というような顔で、

「近くプロ棋士の先生がいらして、子供将棋大会のあとに指導対局をしていただくから、時間があったら来てみるといいよ、エッセイのネタに」

 と、ネタになりそうなことを教えてくれた。

 さっきかかってきた電話は、そのプロ棋士の先生から、子供将棋大会の当日は駅からは何で行けばいいか、というようなことの連絡だったのである。

 それから、おじさんたちが、「この間来た女の子、駒組みもしっかりしてて振り飛車で」みたいな話をしていたのを聞いた。以前平手で指したとても強い高校生の女の子が、高校生将棋大会の女子部門で優勝したのだそうだ。やっぱり実際に強い子だったんだ、と納得したのであった。

 そう言えば道場について言っておきたいことがある。

 公民館、あっちいんだよッ!

 公民館の一階は冷房が効いているのだが、二階はえらく暑い。なんとでっかい扇風機が一台あるだけなのだ。この猛暑の夏にそんなお粗末な設備で大丈夫なんだろうか。いや、ここは東京などの関東圏やもっと南の地方に比べればそれほど強烈に暑いところではないけれど。

 これを書いていた2018年は日本中とんでもない猛暑で、暑さで救急車で運ばれたとか死人が出たとかそういうことが連日ニュースになっていた。我が家は古い日本建築で、リビングはほぼ陽が当たらず涼しいつくりなのだが、ツイッターを見ると、
「暑くないと思ってたら熱中症になった」
 とか、
「熱中症になって夜間救急からの入院で七万円かかった」
 とか、そういうことがタイムラインに流れてきて、昨日も道場に出かける前に、
「暑かったらすぐ冷房つけるんだよ! 帰ってきたら熱中症でぶっ倒れてたとかシャレになんないんだからね!」
 と、口を酸っぱくして父に言った。父はもう高齢と呼べる歳だからである。

 帰って来ても冷房はついていなかったが、父はとりあえず熱中症ではなかった。

 むしろ、暑い公民館に歩きで行って将棋を指してオーバーヒートしてきたわたしのほうが暑かったかもしれない。

 ちなみに2019年になっても公民館のエアコン事情は変わらず、将棋道場をやっている和室はひたすらジメジメ暑くて、でっかい扇風機がぐるぐる頑張っているだけなのであった。そしてなぜか、将棋道場をやっている部屋以外の部屋はどこもおおむね涼しいのである。解せない。

 公民館から帰ってきたらすぐ、好手として教えてもらった手や小技、気付いたことをノートにすることにしているのだけれど、わたしは局面を正確に覚えられるほど賢くないので、どうあがいてもうろ覚えでの作業になる。
いつだったかテレビでプロ棋士の先生が指導対局の相手である子供さんに「自分で指した手は覚えなきゃだめだよ」と言っているのを見て反省したことがあるのだが、反省したところで記憶力がよくなるわけではないのだった。

 それを後日、道場に来る将棋青年と話していたら、「まあ小さい子供は頭がやわらかいから、それくらいのころから勉強していれば、という話じゃないですか。僕もあんまり覚えられないですし」という話になった。いや青年よ、きみはいつも局面をちゃんと覚えているじゃないの、と思うなどした。

 さて、何日か後にはプロ棋士の先生による指導対局だという。プロ棋士の先生なんてなかなか現実では見ないので、こんな田舎にまで子供将棋大会の審判長として来てくれるというのは驚きだった。てっきり、子供将棋大会にプロ棋士の先生がくるというのは、3月のライオンのなかでの創作だとばかり思っていたのだが、現実だったのである。

 こういうのを「普及」というのだろう。おじさんたちに限らず、プロ棋士の先生がたも、競技人口の増加を望んでいるのだ。

 しかし子供将棋大会のあとの指導対局ということで、参加者は子供を想定しているのだと思われた。確か以前わたしが高校生と思われて「まさか! 三十前ですよ三十前!」といったとき支部長さんはいなかった気がする。
やっぱりまだ一部のおじさんたちには中高生だと思われているのかもしれない、と思った。けっこうきっつい口紅塗って、アイシャドウもこってり入れていったのだが。

 将棋を指しに集まってくるおじさんたちは、将棋が大好きすぎて、ほかのことがフワッとしていることがよくある。わたしの年齢に気付かなかったのもそうだ。

 でもそれは、将棋盤を挟めば対等である、ということとイコールである。
盤を挟んで対等であれば、年齢も性別も見た目も関係ないのだ。なんて尊い世界だろうか。


イラスト:真藤ハル

アラサー女が将棋始めてみた 第1回

アラサー女が将棋始めてみた 第2回

アラサー女が将棋始めてみた 第3回

アラサー女が将棋始めてみた 第4回

アラサー女が将棋始めてみた 第5回

アラサー女が将棋始めてみた 第6回

Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
Twitter https://twitter.com/Ruth_Kanezawa


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