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アラサー女が将棋始めてみた 第11回

第11回 好きな棋士の話

 今回は好きな棋士の話をしようと思う。

 もちろんわたしはまだ初心者なので、棋士の先生ひとりひとりの棋風だとか得意戦法だとか、そういうことには詳しくない、というか分からない。でも、棋士の先生がたというのはとてもリスペクトできるし、人柄の話をきくとなかなかユーモアのある人種だということがわかる。アベマTVの将棋チャンネルで大盤解説に出てきた棋士の先生があまりにおもしろくて夢中になってしまうこともある。

 棋士の先生がたは、熾烈な奨励会の三段リーグを勝ち抜けてプロになったひとたちである。

 そこにたどり着くにはすさまじい努力がある。それだけですでに尊敬できるのだが、そこからさらに努力を重ねて、昇段したりタイトル戦を戦ったり、とにかくとんでもなく努力している人たちである。

 だというのに「どうしてそうなった?」というような、強烈な個性を放っている人が多い気がする。努力は人に見せるものではないのだな、と思うほどに。

 たとえば、佐藤紳哉先生である。

 佐藤先生と言えば「豊島? 強いよね、序盤中盤終盤隙がないと思うよ」というセリフが有名だけど、これは2012年4月のNHK杯で豊島七段(※当時。いまは名人位を持っておられる)との対戦前に意気込みを訊かれた際のセリフである。わざと煽るような答え方をして笑いを誘ったが、このセリフを橋本崇載八段などさまざまな棋士が真似するようになり、一躍ブームになった。その当時、将棋に興味がなかったわたしも知っているくらい有名なエピソードである。

 佐藤紳哉先生もこのフレーズが名刺代わりになっていて、2018年の将棋フォーカスで「エンジョイ将棋」という講座を教えておられた際にも、公開収録の会場で「藤井聡太? 強いよね、序盤中盤終盤隙がないと思うよ」と発していて、あまりに癖が強くて笑ってしまった。

 また、佐藤紳哉先生は端的に言ってハゲており、カツラであることをウリにしている。気分によってカツラを変えるらしい。そして、将棋フォーカスのなかの特集コーナーで、一分切れ負けで指したとき、熱くなってきてぺろんとカツラを外してしまった。かぶってきた意味ないじゃん……。

 ホカホカのカツラを手渡された当時のMCの伊藤かりんちゃんの気分はどうだったのだろう。

 そういえばNHK『エンジョイ将棋』の最終回はカツラなしだった記憶がある。男性の顔というのは髪型ひとつでずいぶん印象が変わるのだなあと思ってしまう。これも大伯父の言った通り「ハゲは頭がいい」というやつなのだろうか。

 木村一基先生は2019年9月に王位のタイトルをとったベテラン棋士だが、このひとは「将棋が強いおじさん」というあだ名をつけられている

「おじおじ」とも呼ばれている。その理由は、指導対局でキッズ相手に自分のことを「おじさん」と言うからだという。おもしろすぎる。

 さらに、たぶんニコニコ動画の視聴者がつけたのだろうと思われるあだ名で、「俺たちの一基」というのもあって、それも随分と癖の強いあだ名である。我が家ではこれを母がもじって「俺たちのノンアル」とか言いながらノンアルコールビールを飲んでいる。

 木村一基先生がわたしより若いような棋士と戦う様子を見ていると、素直に「おじさんがんばれ……!」と思ってしまう。

 豊川孝弘先生は解説に出てくるとひたすらダジャレを言っていて、それでずいぶん好きになってしまった。対局者が銀を使った手を繰り出すと「シルヴィー・バルタン!」と言ったり、垂れ歩の手筋を使うと「歩をタラちゃん」と言いだしたり、大駒を切ると(つまり捨てると)「キリマンジャロ」と表現したり、とにかくダジャレがダダ洩れなのである。

 中年男性がダジャレを言いたがるのは脳のストッパーが壊れているから、という話をテレビで見たことがあるが、この先生の場合脳のストッパーが将棋の勉強のしすぎで壊れたのではなかろうか。というか最初から壊れているのではなかろうか。
 
 先崎学先生は、文章が面白い先生である。将棋監修をなされている『3月のライオン』のコミックスにコラムが載っていて、将棋界のいろいろなことを楽しく説明してくださる。

 ちょっと前までうつ病で休まれていて、そのときの様子を「うつ病九段」というエッセイにされていたのだが、それもとても面白かった。うつ病は心の病気でなく脳が壊れているのだ、と、うつ病患者本人の書いた文章で見るのはなかなか興味深かった。

 総じて棋士の先生がたは常人とは脳味噌の構造が違うのだなあ、とよく思う。頭がいいとかそういうレベルでなく、脳味噌の構造が違うのだ。異次元である。公民館のおじさんたちですら尋常でなく頭がいいのに、そのおじさんたち以上に知識や経験を蓄積している。何手も先、なんてレベルでなく先を読んでいるのである。

 NHK杯戦を観ていたら、藤井聡太先生がぜんぜん負けていないように見える状況で投了された。どういうことだろうと思ったら、大盤解説の先生は「攻めが続かないとみて投了です」と仰られた。攻めが続かないから投了するという発想が私にはそもそもなくて、そうかあの状況は負けていたのか、と、しみじみ思ったのであった。おそらく、そのまま将棋を続けていたら、次第に藤井聡太先生のほうが負けていく形になったのだろう。

 三手先を読むのでヒイコラしているアラサー女とは頭の出来が違うというか、異次元なのである。

 ちなみにその藤井聡太先生が負けたNHK杯戦の日に道場に行ったら、おじさんたちは藤井聡太先生を「藤井ちゃん」と呼んでいて、なんだかとてもおかしかった。

 おじさんたちの見立てによると、藤井聡太先生でもトップの棋士数人にはかなわないのではないか、ということだった。よくよく考えたらおじさんたちからしたら「藤井ちゃん」は子供か、下手したら孫くらいの世代なわけで、それが活躍していたら不思議な気分になるだろうなあと思った。

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 そもそも藤井聡太先生の語彙の豊富さはどういうことなのだろうか。

 子供のころから歴史経済小説『海賊と呼ばれた男』など、大人が読むような本を読んでいたそうだが、それにしたって「セツモク(節目)」だの「ギョーコー(僥倖)」だの、普段耳にしないような言葉を次々発するのはどういうことだろうか。

 わたしが17歳のころはひたすらくだらない小説まがいの変な文章を生産するばかりで、語彙の豊かさなんて考えたこともなければ読書もまともにしていないというありさまだった。

 藤井聡太先生なみの語彙があれば、いまごろベストセラー作家になっていたような気がする。脳味噌の構造が違うのだ。やはりそういうところが天才なのだろうなあと思う。

 なにかで藤井聡太先生とゲーム理論学者の対談を読んだのだが、藤井聡太先生は「特定の数字を言ってはいけないゲーム」で先手後手どちらが必勝かを数字を言われただけで当てていて、このひと数学に強すぎるだろ、とぞわりとした。こんな人生二周目みたいなのが高校で浮いてしまわないんだろうか、とその対談を読んで思った。

 一方で、別の対談で藤井聡太先生とタモリが話しているのを読んだら、タモリのギャグに普通に「うははは!」と笑っていて、そこはまだ少年なのだな、と思った。うははは、と笑えるなら普通に高校生もできるのではあるまいか。昔グーグルで「藤井聡太」と入力したら「付き合いたい」とサジェストされたことがあったが、藤井聡太先生と恋愛したい女子、いっぱいいるんだろうな……と思ってしまった。

 もちろんわたしが将棋を始めるきっかけになったのが、藤井聡太先生のデビュー戦の相手である加藤一二三先生であるのは第一回から言っているわけだが、その加藤一二三先生もこれまた尋常でない。いままでの対局をすべて覚えているというのだから驚きである。何十年もやってきたことをばっちり覚えているというのである。

 でも加藤一二三先生は数学や物理は得意でない、と仰っていて、自分は文系であるとも仰っていた。事実、喋ると「頭がよすぎて頭に口がついていかない」喋り方になり、それが面白いとネットやテレビでいじられているわけだが、加藤一二三先生の文章は読みやすく分かりやすいと思う。NHKの番組で加藤一二三先生が自らを「文系」と仰ったときは、わたしもずいぶんと励まされたのであった。

 しかしやっぱり加藤一二三先生は人柄について調べていくと面白い話が続々出てきて、常人とは脳味噌の構造が違うのだと思う。

 加藤一二三先生は熱心なカトリックの信者で、バチカンから「聖シルベストロ騎士勲章」なるものをもらっているのだという。それについて加藤一二三先生は「わたくしは棋士ですが騎士でもあります。バチカンに何かあったら馬に乗ってはせ参じなければなりません」と言ったとか言わないとか、というエピソードが一番好きだ。「対局の休憩中に讃美歌を熱唱する」こともあったらしく、揺るがぬ信仰! という感じがする。

 ほかにもタイトル戦のホテルで庭の人工の滝がうるさいから止めたとか、寒い日にストーブを持参して相手を温めすぎて「あの、暑いんですけど!」と言われたとか、加藤一二三先生は愉快なエピソードに事欠かない。

 加藤一二三先生のすごいところは、対局の日はいつも同じスーツにネクタイ、食べるものは昼も夜もうな重と、「余計なことを考えない」ことに徹したところだと思う。

 わたしなんか公民館に持っていく飲み物のことを考え、対局中は汗でメイクがはげないかと考え、余計なことを延々考えている気がする。もっと「余計なこと」を省けば将棋の精度も上がるのではなかろうか。しかしいまさら公民館でおじさんたちに妖怪みたいなすっぴんを見せるのもなあ……と思うのであった。

 プロ棋士の先生というのは、そもそも脳味噌の構造が違うと何度も言っているわけだが、将棋が強い、努力できる、それだけでご飯を食べていけるのだから当然だよなあと思ってしまう。

 わたしもいつか文章で食べていけるようになりたい。だから、努力を続けようと思う。

イラスト:真藤ハル

アラサー女が将棋始めてみた 第1回

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Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
Twitter https://twitter.com/Ruth_Kanezawa

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