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アラサー女が将棋はじめてみた 第19回

第19回 働き者の手

 わたしはうまく駒をつかめない。

 将棋といえば人差し指と中指に駒を挟んで勢いよく盤にべちんと叩きつけるイメージだし、実際公民館にやってくるほとんどの人が、小学生(ただしとても強い)も含めて盤にべちんと叩きつけることができる。

 わたしもそういうふうに「べちん!」と鳴らしたいのだが、家にある駒で練習してもどうしてもできない。家にある駒は木製なので公民館のプラスチック製のそれよりずいぶん軽いが、それでもできない。

 いちど「駒ってうまく掴むにはどうすればいいんですかね?」と訊いてみた。

 支部長さんは「まあそれは練習だから。公民館の駒は重いし滑るしね」とかわしてきたが、幹事長さんからは「局面によってはうまく掴めるときとそうでないときがあって、駒が密集していると掴みづらいですよ」と言われた。

 駒の持ち方は、ネットで検索して出てきた「人差し指と親指でつまみ上げてそれを人差し指と中指で挟んで打ち付ける」のほかに、幹事長さんから聞いた「人差し指と薬指で駒の横を挟んで持ち上げ打ち付ける」というやり方もあるそうだ。どっちも指がプルプルして無理だった。

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 そもそも手に力がないのだと思う。思えば小学生のころちょろっとピアノを習ったときも、大きな音を出すことができなかったし、日ごろ手をつかってやっていることは、パソコンのキーボードを叩くことくらいである。そもそも力いっぱい手でなにかする、ということはいままでの人生でそれほどなかったのだ。

 むしろそれどころか、いろいろな人に「爪の形がきれい」だとか「小さくて可愛い」だとか言われていたくらいで、以前はマニキュアを集めまくっていた。ドラッグストアに行ってすぐ見たくなるものはマニキュアだし、爪をカラフルに塗り分けたりシロップネイルだドットネイルだ、緑と白のグラデーションで大根ネイルだ、と家でできるレベルでいろいろなネイルアートを楽しんでいた。

 そんな女々しい手をした人間なのだから、べちんと駒音を鳴らせるわけがないのである。

 ひとつ言い訳をさせてもらうと、将棋に出会う前のわたしにとって、マニキュアを塗った可愛い爪は「武装」だった。そうすることで自分は人より優れた人間になれるのだと思っていたのである。

 まさしくポケモンブラック・ホワイトが流行っていたころ、第14回で書いたポケモン友達と仙台のポケセンまで遊びに行ったとき、ポケモンブラック・ホワイトの伝説のポケモンであるレシラムとゼクロムをテーマに、爪を白赤黒青に塗り分けていったりしたし、ヘンテコな色にしてフェイスブックにUPしたら中学の数学の先生に「肝臓は大丈夫か」と冗談を言われて笑ったりしたこともある。

 そういうわけで、二十代前半のわたしは、九号の指輪をつけられる「可愛い手」をした人間で、その「可愛い手」が自分にとって「優れたところ」だったのである。

 そんな自慢の手であるが、公民館に通いだしてから、急に「可愛い手」をしていることが恥ずかしくなってしまったのだ。

 将棋道場に集まってくるおじさんたちの手が「働き者の手」だったからである。

 公民館に集まってくるアマチュアのおじさんたちは、どういう職種かは知らないが、定年まで、あるいは現役で働いている手である。指はがっちりとして、爪はつぶれ、いかにも労働してきた、という手をしているのだ。しかもおじさんたちはだいたい爪をきれいに切っている。

 その手から「べちん」と繰り出される駒音は力強く、たくましい。労働のかたわら将棋を勉強したのかもしれない。その指にはエネルギーがぎっしり詰まっている。

 一方のわたしはというと、なまっちろくてまともな労働をしていないことが明らかな手をしている。そんな手の、形がいいと褒められる爪に、マニキュアを塗ることは、おじさんたちの働き者の手を見てしまうとなんだか猛烈に恥ずかしいことだった。

 別に気にすることではないのだろうとは思う。もしマニキュアを塗っていっても、おじさんたちは気にしないだろう。いっそ、「おっ、おしゃれしてきたな」とか言われるかもしれない。

 でも恥ずかしいのである。

 女流棋士の先生の中には、ネイルアートをしている方もいるだろう。それは駒に触るのが仕事だから、きれいな手をしていることは恥ずかしくもなんともないし、女流棋士というものになるためには手のことになんか構っていられない修業時代があるわけで、だから許されているのだろうとわたしは思う。

 しかし、駒をべちんと鳴らせないのに手ばかりきれいにしているというのは、要するにポケモンで例えるとマサラタウンを出たばかりなのにミュウツーを連れているようなものだと思ったのだ。分不相応だ。

 だからわたしは、マニキュアを塗るのをやめた。

 わたしは爪に関しては最低限の手入れだけすることにしている。
丁寧に切る。それだけだ。

 爪を飾り立てて立派になった気分でいるのはくだらないことだと分かったので、いつかなにも塗っていない爪でも、自分は立派にやっているのだと思える確証が欲しいのだ。

 定跡すらおぼつかないわたしのような人間が、駒をべちんと鳴らしたところでぜんぜんかっこよくないし、形から入りました感がすごいのだが、それでも駒を鳴らしたいと今は思う。

 小学生(ただしとても強い)だってカッコイイ手つきで大きな音を鳴らしている。わたしだってそうしたい。だってそれだけでカッコイイではないか。

 ライターをやっていても働き者の手になることはないと思うが、いつか自分に恥ずかしくない手と棋力を手に入れて、もっと、力いっぱい駒をぶつけたいと思う。例えば若いころの加藤一二三先生が、盤に何度も駒をべちんべちんと叩きつけてから指したような、そういう将棋を指したい。

 ちなみに加藤一二三先生は、あれは威嚇ではなくリズムを取っていたのだと仰るが、どう見ても威嚇だと思う。

イラスト:真藤ハル

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Profile/金澤流都(かねざわるつ)
平成ヒトケタ生まれ。統合失調症を拾い高校を中退。その後ほんのちょっとアルバイトをしただけで、いまはライトノベル新人賞への投稿をしながら無職の暮らしをしている。両親と猫と暮らしている。
Twitter https://twitter.com/Ruth_Kanezawa

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